第3話 餓鬼

始祖の吸血鬼。

二千年前から存在する伝説の吸血鬼。

それが、彼女、アイリス=ラミア=フェルトだった。


「名前長いからアイリスってよんでもいいか?」


「よ、呼び捨てじゃと!? 二千年生きてきて初めてじゃ・・・、わしにそんな無礼なことをする奴は・・・」


「いやなら、別にやめておくけど?」


「別に嫌とは言っておらんじゃろ!好きに呼べ、お主は人間をやめてしまっているわけじゃし、それにわしの宿主でもあるのじゃ。儂はお主のことをご主人、とでも呼ぼうかのぅ。」


十数年生きてきて、ご主人なんて呼ばれたことはなかったから、なんともむずがゆい。

それに、憑依前の、あの赤髪美人が僕のことを、ご主人と呼ぶのを想像すると・・・・。


ありだ。

最高だ。


「卑猥なことを考えておるでない!お主の考えはわしに筒抜けだということをわすれておるのか!?わ、儂のメイド服姿を想像するなあああ!」


二千年生きてきた吸血鬼といえど、こういったことには耐性がないらしい。


孤高の存在。


そういえば聞こえがいいが、言い換えるならば、ずっと独りぼっちだった、というわけだ。


「まあよい。話が変わるが、儂とお主の感覚は共有されておる。じゃから、さっさと風呂に入れ。昨日の夜から汗を流しておらぬだろう?汗で服が張り付いて気持ちが悪い。」

それは僕も同感だ。

だが、一つ気になることがあった。


「そういえば、僕が起きたら、自室にいたのは何でだ?」

僕はアイリスに尋ねた。


「儂がご主人の体を操作してこのベッドまで運んだのじゃ。意識を失ったご主人なら足を操作するぐらいならギリギリ可能じゃった。」

と、アイリスは答えた。


そんな会話をして、僕は部屋を出る。

僕の部屋は二階にあり。浴室は一階にある。

両親は海外で働いているから、家にはいない。

だから、血の跡がべっとりと付いた制服で家中を歩き回っても問題ない。

シャワーを浴び、服を替える。着るのは運動着だ。アイリスに、動きやすいものを着ろと言われたからだ。

それを終えるとアイリスは言った、



「ご主人、狩りの時間じゃ。」、と。

***

現在の時刻は午前零時。

僕は今、近所の公園に向かっている。

アイリス曰く、僕は、吸血鬼の血に適応するために、こんなにも眠っていたらしい。

吸血鬼、しかも始祖の吸血鬼に適応した僕は、身体能力が文字通り人間離れしている。

こんな力があっても酒吞童子に瞬殺されるというのだから、その鬼がどれほど強いのか想像もつかない。


「鬼は、夜になると現れる。あれが見えるか?あれは餓鬼がきという鬼じゃ。鬼の中では比較的弱い部類に入るが、すばしっこく、攻撃を当てるのが難しい。最初の敵にはもってこいじゃな。」


「人間の頃は鬼を見たことなんてなかったんだけど、なんでいきなり見えるようになったんだ?」


「鬼や吸血鬼は人間の信仰が具現化したものじゃ。人間の頃のお主は鬼の存在を信じていなかったのじゃろう。吸血鬼は多少信じていたようじゃがな。」


そういえば、小さいころから吸血鬼が出てくる話が好きだったな。

家に置いてあった吸血鬼の絵本を何度も母さんに読んでもらったっけ。


「さてと、ご主人が酒吞童子と戦えるようになるには、吸血鬼の力を使えなければならん。吸血鬼の力を血鬼法けっきのほうという。その中でも今回使えるようにするのは血槍ブラッドスピアじゃ。やり方は儂がご主人の脳にイメージを送って伝える。」


脳内に映像が流れてくる。

なるほど、やり方は理解した。

親指の先を歯で紙切り、首に赤い線を描く。

すると、全身の血が熱く、脈動し始めた。

そして、


「血槍ブラッドスピア!」


と叫ぶと真紅の槍が三本、頭上に出現した。

赤く光っていて禍々しい。

腕を餓鬼の方に振り下ろすと、槍はすべて鬼の頭部に突き刺さった。

そして、僕は鬼に近づく。


「滅」


と告げると刺さっていた槍が霧散した。


「すばしっこいと聞いていたが、あっけなかったな。」


「ま、儂の力を得たご主人なら当然じゃな!」


アイリスは誇らしそうに言った。


「それで、これに血を吸って能力を上げればいいのか?」


「そうじゃ。」


まじか。

頭部に穴が空いた鬼の死体はなかなかにグロテスクであまり近づきたくない。

それを我慢し、鬼の首筋に顔を近づける。

吸血を意識したとたん、八重歯が伸びた。

鬼に噛みつき、血を吸う。

その瞬間、今までに感じたことのないような快感が体中に迸った。


「美味い! なんだこれ! 美味すぎる!」


夢中で貪る。

血の一滴も残したくない。

最後の一滴まで吸血した。


ふと、体中の血が熱くなるのを感じた。

これが能力が上がるということか。


「最初はちゃんとやれるか不安じゃったが、ご主人は吸血鬼に向いているな。」



吸血鬼に向いている。そう言われても、不快感を感じなかった。

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