10 真実のかけら
「目的? 教えたところで、お前たちは動くのか?」
「動くって、どういうことですか?」
謎に包まれた表情から、涙の筋が窺えた。何がなんだか、本当に理解が追いつかない。
「アンタたちのやることは、私には理解が出来ないのだよ……」
「だから、意味が──」
銃を構えるのをやめた瞬間、相手は足元に、右手に携えていた包丁を投げ出した。
下に気を取られた僕は、そのまま突進されて、地面に再度叩きつけられてしまった。改良を重ねられた軽量の防弾チョッキを着ていながらも、背中から全身に、痛みの熱が伝わる。痛みに気を取られていたその時、右目のすぐ横に、鋭い刃が高速で落ちてくるのが、視界に入った。僕にまたがった相手は、そのまま僕の顔横に、さっき盗られた包丁を刺していたのだった。地盤がちょうど緩いところで、見事に刺さっていた。
「このまま刺しても良かったのだが、私にその気は無い。そろそろ引き上げるよ……」
包丁から手を離さずに、近距離で相手は言った。
「それでは、失礼するよ」
そう言って、包丁から手を離した相手は、僕の腹を右足で踏み付けた。首と足が宙に浮くほどの勢いで踏まれた僕は、お腹と背中に残る傷のせいで、男性を逃してしまったのだった。
「う、うぅ……」
「あらあら、大丈夫だった? 少し遅れたようだね、すまないよ」
痛みが少し続いたので地面でうずくまっていると、三人組との戦闘を終えた、無傷のリーダーがこちらに駆け寄ってきた。
「は、はい……もう少しで、行けます……」
痛みを気合で噛み殺して、リーダーについて行った。
「また、東くんが勝手をしたみたいだね。小月くん、すまないね。わたしの教育不足だよ」
東さんのいる路地裏へ向かって歩きながら、リーダーが謝罪をする。
「リーダーが来てくれたので、安心しました」
リーダーが加勢してくれていなかったら、被害はより大きくなっていたはずだ。
「東くんはあとで、タップリとお仕置きしておくよ」
がたいの良さからは想像もできないほど、口角が最大に上がっていた。笑顔から察するに、東さんの命は保証されないような気もする。
三分ほど歩くと、一気に雰囲気が変わった。外灯は圧倒的に少ない。シャッターの閉まっているお店も多く、良くない空気が漂っている。
「チッ、こんなもんかよ、つまらねぇな」
遠くからこちらに向かって歩いてきたのは、東さんだった。僕ほどではないものの、東さんの8係の白いジャケットも、相当汚れてしまっている。
「り、リーダー! お、お疲れさまっす!」
別行動がバレたので焦っているのか、東さんは早歩きで僕とリーダーの横を抜けて行った。
「東くん」
リーダーは振り向かずに言った。
「この後、温泉でも行くかい?」
「すまなかった! 次から気をつけます、許してください!!」
東さんもまた、振り向かずに走り去ってしまった。東さんには、どれほどの恐怖が植え付けられているのだろうか……。
「困ったなぁ。しょうがない、わたしたちも帰るとしよう」
「はい!」
= = = = = =
「坊やたち、お疲れちゃん」
時刻は朝の四時半。すっかり日が登ってしまっている。騒動を鎮圧したあとは、いつもの通り護送トラックを本部に送り届けなければならないので、時間も遅くなってしまうのだ。
吉野さんはサッパリとした表情で、デスクワークをこなしていた。
「吉野、お前はどうして元気そうなんだよ……」
東さんは、珍しく吉野さんのことをニックネームで呼ばなかった。東さんも、疲れる時があったようだ。
「あら、かなむー。頑張ったみたいね、一人で」
皮肉めいた表情を顔全面に出して、吉野さんは言った。
「あ、あぁ。まぁな」
何か言いたげな表情で、吉野さんを睨んでいる。遠くでジャケットをハンガーにかけていたリーダーは、この状況を見て笑顔で去っていった。
「吉野さん、リーダーってそんなに怖いんですか? なんていうか、その……全く怖そうに見えないというか……」
東さんを意気消沈させるほどの、恐ろしい裏の顔があるはずだ。そうでなければ、東さんはもっとリーダーに舐めた態度を取っているだろう。
「ええ、怖いわよ。そんじょそこらの怪異なんかよりもね」
「怪異よりも、ですか……」
「陽夜ちゃんは、リーダーの経歴を調べたのかしら?」
「いえ、8係のメンバーは誰一人調べていないです」
8係の権限でメンバーの経歴を見るのは容易なことであるが、どこか失礼な気がしてならない。それに、知ったところで自分に利益があるわけでもない。
「じゃあ、私が教えてあ・げ・る」
吉野さんは、艶のある紅色の唇に人差し指を当てて言った。遠くからでも、唇のプルプル感が伝わる。最近、吉野さんに慣れてきたせいか、その色気を受け入れる余裕が、自分の中に出てしまっている。
「お、お願いします」
「三十年以上も前の話になるかしら。信条リーダーが中学生だった頃、親が逮捕されたのよ」
パソコンのキーボードを華麗にさばきながら、話を続ける。
「どうしてリーダーの親は逮捕されたんですか?」
「リーダーの親は、暴力団の団長だったの」
「暴力団ですか……?」
漢字こそ分かるものの、意味が分からない。三十年ほど前の世界では使われていたのだろうか。
「あら、知らない? 警察なのだから、こういう知識は入れておいて損ではないと思うわ」
字面からして、言葉の意味の想像は付くのだが、ここは教えてもらうことにしよう。
「すいません、教えて下さい」
「そうね。簡単に言うと、政府と結託して麻薬の密売とかを行っていたグループのことよ」
「政府と結託、ですか?」
「ええ。もちろん、表沙汰にはされていないわ」
政府と裏で繋がっている組織、ということか。恐ろしいな。
「だけどね。それも、ある事件を境に終焉を迎えたの」
マウスをしなやかに動かしながら、吉野さんは言った。
「見て」
モニターに映し出されていたのは、新聞の記事であった。新聞自体、実物を見たことはない。紙媒体の中でも、最期まで粘ったものらしい。今も新聞保存委員会や一部マスコミなどがデジタル新聞を作成しているが、朝刊がポストに届くことはない。
「あ、これ聞いたことあります」
見出しには、『令和最後の大事件』と書いてあった。事件の内容は、主に麻薬の密売だ。大麻は医療用として大きな効果を期待出来るものの、日本では使用が一切認められていない。そこに目をつけたのが、信条さんの親だ。税関を避けるために、海外から自家製ドローンで薬物を大量輸送。それを、啓発として東京の一角などで配っていたらしい。
「リーダーの親御さんは、かなり
「そうだったんですね……」
「薬物使用時の活性感とか、興奮、快感を他の人にも伝えたかったみたいなの」
医療用大麻を掲げて、国民に配ることで社会が変わるのではないか、と考えてたらしい。その時には相当ロレツが回っておらず、ぶっ飛んだ思考にも陥ったのだろう、と吉野さんは言う。
「このことがきっかけで、警察が変わったんですよね」
「そうね」
1係から10係が全国に配置されたのは、この時かららしい。各係は決められた区画内の土地調査を徹底して行い、五年も経たないうちに暴力団などの裏勢力が鎮圧された、と言うのは聞いたことがある。
「ところで、リーダーはどうなったんですか?」
そうそう、と逸れた話を戻すように吉野さんは僕に目を合わせた。
「親が捕まったあと、残された子供──信条リーダーをどうするのか、警察の中でも話し合いがされたらしいのよ」
「児童養護施設に送還することが義務でしたよね」
ええ、と言って二、三度頷く吉野さん。こんな話だからなのか、色気を抑えているので非常に話しやすい。
「リーダーは、暴力団の息子ということもあって、イジメや暴力を日常的に受けていたの」
ライトオアノット ヨネフミ @yonefumi
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