9 リーダー

 女性の顔が酷く腫れているのが、遠方から近づきながらでも目視できる。アザまみれで、涙を流しながら意識を失いかけていた。

 瓶を用いて殴っていたこちらの男性もまた、見慣れない格好をしている。歳は高め。


「すぐに瓶を置くんだ!」


 僕は一メートルほど離れたところから銃を構えて、瓶の男に言った。しかし聞いている素振りもなく、女性を殴り続けている。

 女性の命が危ない。そう思い、瓶の男の元へ俊足で駆け寄って、首を目がけて、下から蹴りを入れた。瓶の男は後ろに体勢を崩したので、一気に片をつける。倒れようとしている男のうなじ部分に、銃のグリップで殴りを入れるようにして、気絶させた。


「大丈夫ですか!」


 すでに女性の意識は無い。心臓に手を当てると動いているようなので、ここは救急隊員を待つしか無いようだ。

 この間にも、他の通行人が次々と犠牲になっていて、キリがない。とりあえず、死にかけている人を優先に助けにいくしかない。僕が次に選んだターゲット。その男は、通行人の男性を壁に追いやって、素手で殴り続けている。今ここで銃を向けて叫んだところで、その男は殴り続けるはずだ。確かに、死人が出そうなくらい激しい事件のときは銃使用を許されている。しかし、僕が思う正義に銃殺は無い。肉弾戦に持ち込み、あわよくば気絶させる。それが僕のやり方だ。


 百メートルほど走って、男の元にたどり着く。

 対象の男性は痩せ型で、すでに対抗する力も残っていないと見た。殴っている男はというと、拳が紫色になりながらも、なお殴り続けている。


「ごめんなさい!」


 僕は謝りを入れて、男のうなじに銃をぶつけて、先ほどと同じように気絶させた。

 殴られた男も同様、意識が朦朧としている。悲しいが、ここは救助を待つしかないようだ。

 一度ため息を吐いて周りを見渡すと、六人くらいの男や女、年齢で言うと五十過ぎの人間が、また通行人を暴行している。僕一人じゃ、到底間に合わない。せめて、東さんがいてくれれば……。

 そんな事を考えてもしょうがない。鎮圧を続けなければ。

 三人の男がが固まって一人の女性に暴行している。遠くからではたまり識別出来ないが、それぞれが鈍器のようなものを持っている。ここが一番被害が大きそうだったので、とりあえず走って向かった。


「ハンマーにバール、それからスコップか……」


 近づいていくに連れて、三人が所持していたものが明らかになる。ハンマー、と言うよりは木槌だ。そしてバールのようなもの、農業用スコップ。服装も決まって小汚く、年齢層も高い。一体、どういうことなんだ。


「アァァァ!!」


「うっ……! 後ろにもいたのか!!」


 前ばかりを見て少し考えていると、後ろからビール瓶を、僕の背中に向かって投げられていた。


「まずはこいつから、ということなんだな」


 背後の、まだ顔も知らない敵を先に排除しようと思うや否や、正面にいる三人の男性たちが僕の方に走り寄ってくる。

 前の三人と、後ろの合計四人。完全に僕のキャパオーバー。白旗があったら、高々と掲げてもいいくらいの劣勢。

 ここで意識が落ちたとしても、8係は優秀なので、僕を死なせるなんてことはないだろう。だから、後は音門巡回官や白鳥さんに任せる。いつものように失望されて、吉野さんにからかわれる。その覚悟は出来ている。だから、皆さんごめんなさい────


「ごめん、ちょっと遅れたようだね」


 鼻腔全体に広がる火薬の匂い。それをかき消すように鳴る、四発の銃声。


「り、リーダー!」


 発泡主は、リーダーであった。五十メートルほど先にある建物の影から、こちらに銃を向けていたのに全く気付かなかった。

 そして、如何なるときも、笑顔を絶やさないリーダー。どこか恐ろしさも感じるのだが、余裕の表情からにじみ出る安堵感の方が今はまさっている。


「さ、さっきの銃声は!」


 リーダーが銃殺を実行したのだと思って、急いで周りを見た。しかし三人の命は、未だ健在だ。


「彼らの持つ武器を破壊したまでさ。それより、ケガは無い?」


「擦り傷程度なので、無いも同然です」


 銃をも自在に操ってしまうのか。一体全体、どこまで超人なのか非常に気になってきた。

 そしてリーダーが僕を気遣ってくれたことで、僕の心の中にゆとりが生まれ始める。


「了解。じゃあ、そろそろやるよ」


 と言って、リーダーは銃を地面に置いてから、三人を一人で相手にする。巧みな技法を用いて、また時にはストレートに拳をぶつけて戦闘している。

 後ろから僕を襲ってきた一人がリーダーの方へ向かって行ったので、情けないが僕がその一人との戦いを買うことにした。


 僕の右腹部を向かって相手が蹴りを入れる。僕はわざとこれを受けて、そのまま足を掴んで、相手のバランスを崩させた。


「くそっ……ここまでか」


 さすがに力尽きたのか、仰向けになって倒れ込んでしまった。


「そう来るんだ。ほーほー、今度はそっちね。あ、この状況で足を掛けようとしちゃうんだ。欲張りさんたちだね」


 後ろを振り返ると、三人を相手に至極冷静なリーダーの姿がそこにはあった。右と左、両方から飛んでくる拳を両手で掴む。残った最後の一人が、正面から足をかけようとするも、その足を狙って、リーダーも思い切り蹴りを入れることによって、三人目の攻撃が中和される。


「君たち、よく頑張った。これが君たちにとっての、最高のご褒美だよ。お疲れさま」


 リーダーはそう言って、右手と左手を素早く地面に近づけて、二人を地面に叩きつけた。続けて残りの一人には、膝蹴りをお見舞いする。リーダーは加減がとても上手いので、やりすぎることなく気絶に持ち込んでいた。さすがはリーダー。見習うところしかない。


「あと四人だね。早く終わらせて、東くんの加勢をしなきゃね」


 最後に、笑顔で怒気を交えて言うのだから、誰もリーダーには敵わない。


「小月くん、君はあの人を頼むよ」


 遠くを指差すと、リーダーは走り去ってしまった。

 僕が任されたのは、またしても包丁を持った男性。まだターゲットを見つけていないらしく、虚な目をして通行人のいる大通りへと、移動している。

 ちなみに、リーダーが向かった方には、残りの三人がいた。三人で一人の男性を、ローテーションを組んで殴っているようだ。ここはリーダーが適任のようなので、僕はあの男性の元へ近づいていった。


 男性の服装はタンクトップで、歳は音門巡回官と同じくらい。とてもじゃないが、中心部に住んでいる風格とは思えない。

 相手がターゲットを見つける前に、片付けよう。


「すいませんっ」


 まだ危害を加えていないため、近づいて手錠をかけることにした。


「警察にしては、甘いですねぇ……」


「えっ? ちょ、ちょっと、危ない!!」


 男性は突如包丁を向けながら僕に突進をしてきたのだ。僕はかわしきれずに、地面に尻を打ち付けてしまった。


「刺されなかっただけ、マシだと思いなさい……」


 ニヤリ、と唇を潤してから、不気味な顔をして言った。倒れる反動でホルスターに入れていた包丁が飛び出してしまい、それが相手の手に渡ってしまった。


「そうですか、手に銃を持っていたのですね。てっきり、ホルスターに入ってるのかと思っていましたよ」


 銃目当て、なのだろうか。そしてこの男は、他の敵とは違う点がある。


「その、銃が欲しいんですか?」


 尻もち状態からとっさに起き上がって、銃を構えながら話しかけた。


「脅しの道具と言ったら、私は銃だと思った。ただそれだけさ……」


 下を向いて、淡々としゃべる目の前の男性。違う点とは、会話をしてくれる点のことだ。


「脅し……? 一体、何が目的なんですか?」

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