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 父は言った。

 この海には何でもある。

 考えることなく漂っていればたちまちその指先には何か、が触れて、それを手繰りよせて貪っているうちに他のものも次々に、そして延々と切れ目なくつながっていく。

 そんな事をしていると、空腹でないのにただ貪る日々に陥るだけだ。


 この海に潜るときは本当に必要なもの、欲しいものがあるときだけでいい。


 探し物が明確な時は自分で探す必要はない。

 それはAIにやってもらう仕事だ。

 大量のデータの間を散策し目ぼしいものをより分ける。

 そんなことで体力リソースを消耗するのは愚の骨頂だ。

 お前のリソースは考えること、それだけに集中させろ。


 父がいなくなってもいつでもそれは肝に銘じていた。


 それでも孤独に耐え兼ね、寂しさを紛らわすために何の目的も持たずに潜らずにいられない日もあった。


 彼女を見つけたのは耐えきれない寂しさから微かでもいいからと父の痕跡を求めて深く遠く潜った時だった。

 AIには任せられないまったくランダムな思い付きの探索だった。


 を見て始めに感じたのは軽蔑ではあったが、次第に憐憫れんびんを覚えるようになった。

 求めているものは自分でわかっているのに、それを明らかにして探すことができないから、ただ漂っている。漂っていればいつかほしいものに偶然、本当に偶然に触れることができるかもしれない、と思っているのだろうか?

 いつか王子様が迎えに来るって、昔のお伽噺を信じる少女のように。

 それは・・・、まったく今いま自分がしていることとおんなじだ。

 強く願っていれば、いつか神様が願いを叶えてくれる、って。

 いまだに神社にお百度を踏むみたいに。

 それはあまりにも痛々しくて胸がちくちくした。

 でも、そのうちにそんな彼女から目が離せなくなり、見つめ続けるようになってしまった。

 彼女が本当に望むものとは違うものを手にしてそれで自分をごまかそうとしているのを

 埋まらない穴をはまらない形のものでなんとか埋めようとしているのを。

 そして、その穴がどんどんちぐはぐな形にひろがっていってしまうのを。


 彼女は縦横無尽に広い海を潜行し、深い隘路に潜り込み、危険な場所で探し物をする。

 しかしそれでいて相当に用心深い。


 どうしてそんなに深く潜れるのか?


 驚くほどどこにでもするすると入っていける彼女が不思議で慎重に悟られないように彼女の仮面の下の素顔を探ると、とんでもない人物だった。


 ・・・彼女だったら父親の行方を知る手がかりにたどり着けるのかもしれない。


 少し考えて、自分の持っているもので彼女のほしい物を埋めてあげられると思った。

 だから、それを餌に彼女に近づいて、その代わりに彼女を使わせてもらうことにした。


 案の定、彼女はこちらの提案にすんなりと乗った。


 それは蛇にとってもイブにとっても禁断の果実だった。


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