9話 結節点
業火時、この場所は即座に遺棄された。
無理もない。
ここは業火のグラウンドゼロと運河を挟んで目と鼻の先なのだ。
発端はシナガウ火力発電所への爆破テロであったが、シナガウの南側にはもう一つ民間運営のさらに大きなワンウェイ火力発電所があり、そちらへの延焼を防ぐこともままならず結果として二つの発電所と燃料供給パイプラインが相乗する炎となってすべてを焼き尽くした。
当時のもっともメジャーな
あの日、悲劇は至る所に存在した。
その日、存在を断ち切られたすべての人生の痕跡はここで燃え落ちた。
そして今は昔と風化した。
地下鉄の廃線路をしばらく歩き警戒されてなさそうな出口を見極めて地上に出ると、かつては展望台だった燃え落ちたボールドームと落ちた橋を背後に海に向かって歩き出す。
アカリはしきりに空を気にしている。
通称『エルフのマント』と呼んでいる電波遮断素材のマントを着せているにしても、地上を行くしか帰る道がなかったユスフ達に空からの
「大丈夫だよ。ユスフ達は。星からの目はこちらには向いてない。」
「・・・何故そう言い切れる?」
アカリの瞳が非難するかのようにすがめられた。
「すまない。心配だったから一時的に中部州の衛星通信につないで確認した。
・・・一瞬だから捜索の手は届いていないはず。そもそも中部州の衛星をハックできる奴なんていない。」
中部州は自前の通信衛星を持っている。それはセントラルから独立した自治州としてのプライドでもある。
「セントラルが手だしをできない通信網を持つ自治州。
・・・あんたたちは一体何をしている?
自分たちだけ、閉じこもって、こそこそと何をしている?」
道州制導入直後、中部州は
州の執務はすべてそちらに移され主要な公的アクセスはほぼ山脈を抜けていく架線式鉄道路線のみとなっている。
道路で行くとすると電化されていないため今は規制されて入所困難なハイブリット車が必要となる。
必然的に州都への限られた出入り口の監視は厳密になり、それゆえに簡単には入っていけない、閉ざされた国、と認知されている。
他では得られない特産物を産出する豊かな自然産業の国、
それ以上に、その産出技術の知的財産権保護のための法整備論や、最新鋭のテクノロジー開発のための研究設備を覆い隠す山と森と海という自然を活かした鉄壁の国境を持つ唯一無二の独立自治州となっている。
今や北の大地は事実上その広大な土地を大国の富裕層に所有され、南は軍事施設の主を替えただけで、そのまま軍事拠点として大国に運用されているような実情のなか、中部州は唯一、セントラルからも大国からも手の届かない真実の自治を成し遂げている。
それゆえに、外側からはまるで見えない国のように思われている実態は否めない。
「独立自治のためにできることをすべてやっているだけさ。
それは間違ったことではない。そうだろう?」
「独立自治・・・。」
「こういう込み入った話、今はやめておこう。」
アカリが納得しているとは言い難かったが、それでもいったんアカリは矛をおさめた。
かつてワンガンのランドスケープのシンボルとしてその威容を誇った五十階建てのノードビルも今はすっかり焼け落ち、巨大なアンテナを支えていた鉄骨が無残に横たわっている。
アカリはうず高く積もった瓦礫を踏み分けていったその奥でフェイクの瓦礫を軽々と取り払うと焼け残った建物の根元のように焼け残った壁の分厚い防火扉を開けた。
扉の奥には薄暗い通路と地下に降りる階段があったが、そこはまるで黄泉の入り口でもあるかのように激しく風が吹き込んでそのまま2人を吸い込んでいった。
「洞道だ。」
「トウドウ?」
「通信や電力のケーブルの引き込みの為のトンネル。
無線通信といったってノードビル間はケーブルが敷設されている。無線なのは端末とアクセスポイントのアンテナの間だけだ。
自然災害を想定して、通信を維持するためにこういうノードビルには蓄電池や非常用の発電エンジンがある。
・・・それから通信会社の収容ルータ。
遺棄されて随分たっているけどうまく当たればルータのIDを欺瞞してハッキングできるものもある。
特にここはAI
業火後の混乱のなかでこれだけの大規模な設備の移管を人の手でコントロールしたとなると、当然抜けや不始末があるはず。
そこがねらい目だ。
私のAIに総当たりチェックをさせる。」
話しながらもアカリは非常時用に設置されていたインバータ式発電機をあっという間に見つけ電源を入れ起動する。
通電できるまで待つ間、暗がりに浮かぶほの白い横顔を見詰めながらタカはついまたいらないことを口にしてしまう。
「・・・あの時、駅長を助けに戻るかと一瞬心配した。」
「駅長は木偶の坊でも馬鹿でもない。
感じ方と考え方の道筋がちょっと人と違うだけだ。善悪の判断は分かっているし、ワンガンのだれよりも危険を感知する方法も、駅長なりの方法でそれを回避するやり方も知っている。
ワンガンの誰もがそのことを知っている。だからこそのハイロードの駅長だ。」
「駅長はすべてわかったうえでやっていた、ってこと?」
「すべてかどうがなんてわかるわけない。そうじゃないか?
けど、駅長は自分の駅の利用者を守るのが自分の仕事だって思っている。
そういうことだ。
・・・けど、あんなにまで捨て身になってくれるとは思っていなかった。
仁さんになんて言ったらいいのか・・・。」
不意にアカリが小さく身を震わせた。
それと同時に発電機のコンソールがオールグリーンになり、フロアに薄暗くではあるが電気がついて一部のネットワーク機器に灯がともった。
「来たわ。」
取り掛かるコアノードを見計らったアカリが
「総当たり?って時間かなりかかるでしょ?」
「見ていて。私のAIは優秀よ。」
「独自エンジン?どこのサーバーつかっているの?」
「それは、言えない。」
そこを押さえられたらそれこそ足がつく。
いやまAIは個人の生活の殆どをサポートしているが、その運営プラットフォームは一部の巨大グローバル企業が世界にまたがり市場をほぼ寡占している。
ただし、この国の場合は、政府の認証をうけた
当然のことながら政府認証のAIを利用するということはすべてのアクセスログは政府に把握されている、ということになる。
どこで、何をいつ、利用したか、どんな問い合わせをしたか、どんな検索をおこなったか、何を食べているか、どんな生活をしているか、全ては国にまるわかり、というわけだ。
もっとも、ワンガンの違法移民は当然そんなものにはハナからアクセスできるわけもなく、性能の劣った野良サーバーを利用しているが、翻訳程度の日常生活にはそれで事足りる。
しかし、通信となるとまた事情が違う。
パブリックキャリアによる通信には加入者、そしてデバイスの特定が必須だ。
セントラルの
一体どうやって?
アカリは自分で作った独自のAIエンジンを利用しているのだろうか?
それは相当な教育とそれを可能にする各種リソースにアクセスが可能な人間にしかできない。
純血の研究機関やそれに相当する開発企業の人間・・・。
あるいは大国の役人や金持ち。
いずれにしろワンガン難民にはアクセスしようのない世界だ。
アカリは一体どうやってそんな環境を手にした?
そして、そのようなスキルと環境を手に入れながらも何故ワンガンで暮らす?
お前は一体何者だ?
防火繊維に覆われ幾重にも束ねらねられた太いケーブルがうねる様に闇の道に消えていく。
時折ケーブルの接続クロージャ―が剥き出しに現れ、そして再び覆われ束ねられ延々と続く。
続く先を見通せないひときわ濃い闇は
どこまで続いているというのだろう。
業火の際にはこの洞道は避難にも使われたようで、通信会社のロゴの入ったヘルメットが欠け割れて転がっているのを見ると、当時の混乱が想像できる。
このヘルメットの持ち主は家族の元へ生還を果たしたのだろか。
何百キロにもなるという都市の地下を這いまわるトンネルのこの先を辿って明るい安全な場所にでられたのだろうか。
渦巻くように深くなる闇のとば口で彼女の顔はコンソールからのブルーライトを受けて青白く輝いていた。
闇に煌めくワンガンの
「侵入完了。ワンガン住民のフェイクのユーザーデータを加入者サーバーのtrueデータとして記録した。これで通信復活。
登録したユーザーの過去の利用履歴のねつ造完了。」
「まじで?」
タカの驚きをよそに灯はAIの実行記録を淡々と読み上げ確認をする。
「データベース操作ログ消去確認、侵入に使ったすべての踏台からの痕跡消去も確認。
チェックリストオールコンプリート。本確認を持って実行命令自体を手動にて消去。
その後IDをマスカレードし、潜航。
潜航後は追跡の可能性の再検討を実施し、チェックリストを更新すること。」
「早っ!」
お前は何故にここにいる?
お前はどこからここに来た。
お前は何者?
「さあ、皆のところに戻ろう。皆が心配だ。」
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