彼と彼女のお話 1
三宅雨音。それが彼女の名前だ。
気づけば教室の隅で静かに本を読んでいる。そんな女の子だった。
僕は彼女の声を聞いたことがなかった。
教師に当てられた時には黙って首を振るだけ。体育ではいつも見学。芸術選択では美術を取っているため歌声を聞くことも叶わない
。授業中に話しかけられてもただうなずくだけ。友人がいるのかは定かではないが少なくとも僕は見た事がない。
「ねぇ?佐々木。君はみたことあるかい?あの子──三宅の喋ってるとこ。」
「おいおい勘弁してくれよ。俺はお前みたいな物好きじゃないんだから」
確かに地味で基本喋らないクラスメイトについて詳しく知っている方が気持ち悪いだろう。だがこれで引く訳にもいかない。
「クラスの様子をしっかり確認して報告するのも室長様のお仕事じゃん?
職務怠慢は許されないよ?」
この学校──朝生第一高校(朝に生きると書いてあそうと読む。テストに出るから要チェックだよ!諸君!)では、毎年高校2年生に割り当てられる特別な役職がある。
それが「室長」である。
正式名称 「朝生第一高校生徒調査室室長」
名前はとてもややこしいのだが要するに
生徒会長と風紀委員長とストーカーを足して2で割ったようなそんな役職である。
室長、と名が付いている通り
「朝生第一高校生徒調査室」
なるものも存在する。
要するにほかの学校の生徒会とほぼ変わらないのだが。
いくつか異なる点はあるけれど割愛。
「そしたらさ──」
その時ピンポンパンポンと鳴る。
校内放送の合図だ。
「高校二年生佐々木。高校二年生佐々木。今すぐ職員室にいらっしゃい。」
あ、この声は...と思う。
確か去年1年生の現代文を教えていた女性教師のはずである。
40代くらいで、眼鏡をかけていたと思う。
「前にメガネを新調してきたのよ。そしたらそこの店員がまた酷いひとでね。
私の顔を見るなり、
老眼鏡をお探しでしょうか?
ですって!そんな歳じゃないわよ!
貴方の節穴のような目の方が老眼鏡にするべきだわ!とか言いそうになっちゃった」
なんて話をしていたのが記憶に残っている。
「あ、俺呼ばれたからそろそろいくわ!」
走り出す佐々木。
なにか声をかけなければ行ってしまう。
なにか。
「佐々木!ひとついい?」
思わず声が出た。
「ん?どうした?」
彼は振り返る。
「あんまり女の子に手を出し過ぎないようにね。格好いいし物腰柔らかだからモテるのは分かるけど。寝不足気味みたいだしさ。」
──違う。僕が言いたかったのは。
多分ここに来る前に見かけた女子生徒たちが話していた内容に影響されたのだろう。
佐々木センパイがバスケ部の○○先輩と歩いてるの見ましたよ、と可愛らしい女子生徒が言う。
まさか、そんなわけ...と言葉を濁す先輩らしき生徒。
なんでそう思うんですか?先輩。と後輩が尋ねる。
...。 先輩は黙り込む。
ショウコとかあるんですか?あ、もしかして
先輩も佐々木センパイが好きなんですか?
なるほど、可愛い〜!
いや、別に と否定しながらも満更でもなさそうな先輩。
くだらない、と吐き捨てて彼女らを横目に来たけれど。
何故あんな気持ちになったのかと言われればそれはうまく言えない。
「心配してくれてんの?ありがと。」
いつの間にか近くまで来ていた彼は僕の肩をぽん、と叩きながらそう言った。そして続ける。
「別に女の子と遊んでるわけじゃないよ。
家に呼んだことないし。
…ん?あいつは女の子扱いでいいのかな...?いやあれはノーカンか。
まあともかくそういうのじゃないからさ。」
そして笑顔でこう言った。
「嫉妬すんなよ、はるか。
まあ、俺ってばモテモテだから?モテないお前がカリカリするのも分かるけどさ。
おっと呼ばれてるからほんとにそろそろ行くわ!じゃあな!」
途中で僕の表情が曇り出すと慌てて走り去って行った。
まったく、不器用なんだから。
僕もまた気をつかってくれたことに気づけないほど子供ではないがどう対処すればいいか分かるほど大人でもない。
けれど少し微笑ましい気持ちと
佐々木に対するなんとも言えないような
後ろ向きな気持ちが胸の中で渦巻いていた。
きっとその声を覚えてた i & you @waka_052
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