6-4 いつか三途の川で
「でも、あれはちょっと誤算だったね。
だから、自分から動かないではいられなくなるよう仕向けてやったのだと、
こっちはつまり、あれだ。ベッドから引きずり落として無抵抗な尻を暴きながら、佑に自ら求めるよう身体で脅迫した、あの一件だ。
(アンタの作戦って全部、下半身頼みなのな)
佑の生きる意義もそこにあると、思われているなら心外だ。たしかに生は性にも通じるかもしれないが。叶馬とともに在りたいと佑が願う理由は、真実、そんなところにはない。
「作戦は大成功。狙いどおり佑が乗ってくれて、ホントよかったよ」
このまま本当に昇天でもされたらどうしようかと心配した、死体とエッチしたことになっちゃうじゃない…と、叶馬は今だから言える軽口を飛ばす。
「でも、本当に『死体』になっても、一念でよみがえりそうだよね、佑って」
「言ってろよ」
(はいはい、思いこみ激しい奴だしな、俺は)
おかげで今回は危うく命すら落としかけた。思いこみも才能の一種とはいえど、それだって命あっての物だねだ。
「けどさ、つくづくドライだよねぇ、おまえは」
「はい…?」
「けっこうそのまま死をすんなりと受け入れてたでしょ。オレを残して簡単に
叶馬のその言いざまには、なんだか頷けないものがある。
佑は首をもたげ、むくりと頭を起こした。
「あのさ、アンタは知らないだろうけど。俺はさ、俺はもっと――…」
生死のはざまで、叶馬が考えるよりもっとずっと、佑は深い愛の誓いをたてていたのだ。叶馬の一生を、陰から支える決意をかためていた。完全なる自己犠牲にのっとった、例を見ない内助の功だ。こんな崇高な愛のかたちは、そうそうお目にかかれるものじゃない。
けれど復活した今となっては、それは叶馬にだけは知らせないほうが、賢明な気もした。
「もっと、なに?」
「…――別に、なんでもない」
佑は起こした頭をぱたりと戻す。
「何か言いかけたじゃない」
「何も言ってない」
しつこい奴だと、叶馬の胸元から逃れて、ごろりと寝返りを打つ。
「…ね、佑」
転がった先へ、叶馬の手が追ってきた。肩口に伸ばされる叶馬の手を、佑はうるさいと振って払いのける。だがいくら振り払っても、こりもせず叶馬は腕を伸ばしてくる。挙句には佑の背中へ指先を滑らせて、くすぐったいいたずらをしかけてきた。触れるか触れないかぎりぎりの距離へ唇まで寄せ、小さく息を吹きかけられる。
「ねぇ、なんなの、言ってごらんよ、佑ぅ」
「あぁ、うざっ、アンタうざいって」
叶馬が、追及することよりも、佑とこうしてじゃれあうのを楽しんでいるのだとは、容易に知れる。他愛もないこんなひとときが、とてつもなくいとおしい。
背骨にそって吐息だけで撫であげられて、くすぐったさに、佑は身をよじった。
「もうよせ、やめろって」
思いどおりに動く首と、手足と。
「くすぐってぇ…!」
笑いがこみあげてくる腹から喉元とか。鼓動を刻み上下する胸や。吸う息、吐く息、ひとつひとつが。今はとても特別なことのように感じられる。かけがえのない一瞬、一瞬だ。けれどこんな新鮮な感覚も、残念ながらすぐに日常にまぎれてしまうのだろう。
それでも、また明日が今日と同じようにつづき、同じ相手とこうして憩えるとはかぎらないのだ。この温もりを不意に失ってしまう日が、近い将来こないとは断言できない。過去に、身をもって佑はそれを経験し知っている。
命はなんと不確かなのか。だからこそ、こうして互いにまさぐりあって、いつも存在を確認せずにおられないのだろうか。
「なぁ叶馬、アンタは、死後の世界ってあると思う?」
何気なく思いたち、佑は訊いてみたくなった。
「ん~、どうだろ」
叶馬の声が背中から体内を伝わって聞こえる。いい響きだ。
「ま、もしあるとしたら、佑と一緒だったら、移住してもいいかなぁ」
「…!」
思ってもみなかった回答に、佑は無意識に身じろいだ。
うしろから腋の下をくぐって胸元へ叶馬の腕がまわされる。その腕に力が入り、生じたふたりのあいだの隙間を埋め戻す。叶馬の鼓動を佑は背中で聞いた。
首筋に唇の温かみを感じる。情欲をはらまない穏やかな熱だ。
「いつか三途の川でふたりで舟遊びってのも、なかなかオツなもんでしょ」
「……」
なんだおいおい、以心伝心ばっちりではないか。これは目と目で通じあう、恋人の特権か。案外、佑の知らないところでテレパシー能力なんぞを会得して、叶馬は佑の心の声を読んでいたのではないか。
「…あ、言っとくけど、たとえお爺ちゃんになっても、俺はピチピチだからね」
「……おい、叶馬」
絶対、読んでいやがっただろ、心の声っ!
おあつらえむきの至近距離に、片腕をうしろ手に大きく振りあげて。佑は今度こそ、叶馬の頭めがけて一気に振りおろした。
お粗末さまです。お読みいただき、ありがとうございました。
死がふたりを別ちても 小梅 @xlao
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