辻政信による後始末
「そこでだ、辻大尉。これだけの死者が出た事を、どう胡麻化せば良いと思うかね?」
東條中将は、そう切り出した。
この頃の帝国陸軍では、同じ部隊の兵士であれば、出身地が近い事が多かった。
つまり、部隊が丸ごと全滅すれば、同じ地域の複数の家に、同時に死亡通達が行く事になる。そうなれば、嫌でもその地域内で「満洲で何かが起きた」事が噂になる。
かと言って、いつまでも死を隠蔽する事も出来ない。兵隊に行った子弟が、徴兵期間が終ったのに帰って来ないなどと云う事が、同じ地域の複数の家で起きれば、やはり同じ結果になる。
東條英機にとっても、小賢しさだけの危険人物か、一本筋の通った男か、未だに判断が付きかねる辻政信に、このような事態の収拾を頼むのは、更なる惨事の引き金になりかねないが、関東軍参謀部には、この手の事に頭が回る者は、辻以外には、そうそう居ない。
「小職に1つ腹案がございます。時に、東條閣下、支那駐屯歩兵第1連隊の連隊長である牟田口廉也大佐を御存知でしょうか?」
「牟田口……? ああ、聞いた事は有る」
東條は不機嫌そうな表情を浮かべた。口では「聞いた事は有る」と言ったが、良く知っている男だ。同時に、あまり良く思っていない男でもあった。
牟田口廉也は元々、皇道派だったが、2・26事件により、陸軍内で皇道派の勢力が衰えて以降、東條と同じ統制派に媚を売っている男だ。
しかし、流石の東條でさえ、ここまであからさまなお調子者は信用していなかった。
「小職に北支への出張命令を発令いただければ、牟田口大佐を利用して……」
「何か手が有るようだな……。では、貴公に任せよう」
この時、東條は、牟田口と辻と云う組合せが、何かとんでもない事態を引き起すのでは? と云う若干の不安を覚えた。
お調子者の小人と、小人か大物かさえ不明な変人の組合せなのだ。
そして、この年の7月8日、東條の不安は的中した。
「辻‼ 貴様、牟田口のタワケに何を吹き込んだッ⁉」
前日の夜間、北京市付近の盧溝橋において、牟田口廉也率いる部隊と中国国民党軍の間で武力衝突が発生した、との報告を受けた東條英機は辻政信が何をやったのか、ようやく理解した。
「東條閣下、御安心下さい。これから死体の山が築かれますので、数ヶ月前の1個中隊全滅など、いくらでも胡麻化せますぞ」
「……し……しかし……」
「陸軍内部でも、支那との戦端を開くべし、との意見が強うございましたので、遅かれ早かれ、こうなったかと。これから起きる戦いで死んだ事にすれば、あの部隊の者達も靖国の英霊の列に加わり、名誉の戦死として遺族には恩給が支給されます。この武力衝突で、誰か不幸になる者は居ますかな?」
「言われてみれば……うむ、極めて合理的な判断だな……。まぁ、支那軍相手なら、そう長い戦いにはならんだろうからな」
もちろん、この2人は、後に日中戦争と呼ばれるこの戦いが、どれだけ長期間に渡る悲惨なモノになるかなど、予想もしていなかった。ましてや、この戦争が、次なる戦争…日本を焦土に変え、数百万の戦死者を出す戦争を引き起す可能性など……。
「それにしても、第2・第3の石原閣下になろうとする御仁が、ここまで多いとは……」
「待て、貴様、先の北支主張の折、牟田口以外にも、誰かに余計な事を吹き込んだのか?」
「まぁ、色々と……。これから面白い時代になりそうですな」
「小職には、貴公こそ、最も『第2の石原莞爾』に成りたがっているように見えるがな」
「はっ?」
「それとも、貴公よりも『第2の石原莞爾』に成りたがっているヤツに心当りでも……」
辻は不思議そうな目で、東條を凝視めていた。
『まさか、辻は、彼自身よりも「第2の石原莞爾」に成りたがっている者に心当りが有り、しかも、それは当のこの俺……そんな馬鹿な……俺は、そんな事など考えて……いや、そう言い切れるのか?』
東條は、しばらくの間、自問自答を繰り返した。
「この男、矢張り我意強く、小才に長じ、
山下奉文による辻政信評
名探偵・東條英機 VS 名探偵・石原莞爾 feat. 宣統帝溥儀 @HasumiChouji
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