撮影の秘密

@HasumiChouji

撮影の秘密

 画面には、ぶつかり合いながら、かなりの速度で走る2台の車が写っていた。

 それを撮影しているカメラも激しく動いているようだ。

 だが、音は何もしない。

 かなりの高解像度で鮮明な映像だ。おそらく、大型で高性能のカメラで撮影したものだろう。

 だが、マスコミ試写で観た時には、こんなシーンは無かった。

 似たシーンは有ったが、マスコミ試写では、、画面の色調や明度が違う気がする。だが、スクリーンで観た場合とPC用のモニタで観た場合の違いか、撮影条件の違いか、はたまた、画像補正をする前の撮影されたままの生データなのかの区別は付かない。

 2台の車の動きは、中に人が乗っていれば、無事では済まないような激しいものだった。

 2台の車は、みるみる傷だけらになり、ついには車のドアやタイヤホイールのカバーが弾け飛ぶ。

 そして、2台の車は更にスピードを上げて、こちら……つまりカメラに近付き……そして、画面がブラックアウト。


「一〇〇%確実とは言えませんが、多分、これはCGI使ってませんね。もちろん、ミニチュアの可能性も、ほぼ0。実物の車を使って撮影したんでしょう。少なくともウチでは、そうでない証拠は見付ける事は出来ませんでした」

「じゃあ、車の中に人が乗ってなかったのも……」

「ええ、特殊効果で消した訳じゃない。遠隔操作か自動運転でしょう。多分、後からCGIで『車の中の人』を追加するつもりだったんでしょうね」

 ここは、民間の映像分析ラボだ。かなり昔からやっている所で、インターネット普及以前はTV局からの依頼が多かったらしい。それも、まともな報道番組からUFO番組まで。

 そして、現在では、ウチのようなWEBニュースサイトなどからも依頼を受ける事が多い。

 今やっていたのは、ウチに、ある大作映画のスタッフによる「内部告発」と称して送られてきた映像の分析だ。ウチはネット上で「新聞やTVが報道しない事でも、報道してくれる」と云うイメージが有るようで、たまに、こう云う「内部告発」が送られてくる。……と言っても、それらの「内部告発」の八〇%以上は「ハズレ」だが。

 なお、この映像を送ってきた「内部告発者」とは、何故か、既に連絡が取れなくなっている。ただし、これも「良く有る事」なので、消されたなんて大袈裟なオチが付く可能性は小さい。

 問題の「大作映画」はカーアクション・シーンが売りで、しかも、自動運転車を売り出そうとしている大手自動車メーカーとのタイアップを行なっていた。人間がやると確実に死者が出るカーアクションを、タイアップした自動車メーカーの自動運転車を使って実写で撮影しているのが一番の宣伝ポイントだ。CGで何でも出来るようになったせいで、逆に、CG以外の特殊撮影を使った映画の方が、Rotten Tomatoesあたりでの評価が高くなる時代が訪れてしまったのだ。

 更に、時代の変化は別の所でも起きていた。

 海外市場で、ここ数年、日本車は、韓国車は愚か、中国車にすら追い上げられ、下手をしたら一〇年後か二〇年後にはインドや東南アジアの車にも追い抜かれているかも知れない。

 一方で、コンテンツ・ビジネス、特に実写の映画・ドラマについても、韓国にはとっくに追い越され、中国・香港には為替レートのお蔭で金額換算すればかろじて勝ってるに過ぎず、台湾やインドについても、一〇年後か二〇年後には、どうなってるか判らない状況だ。

 そのような現状を打開する為に政府関係機関も金を出して、「車」と「映画」のタイアップを行なったのが、この作品だ。ぶっちゃけ、次の時代に「車」のトレンドになるであろう「自動運転」に関する日本の技術と、日本でもハリウッド級のアクションが撮れる事の2つを同時に宣伝する為の作品なのだ。少し前に行なわれた映画・ドラマ撮影に関する法改正も、この映画の「オール国内ロケ」を可能にする為のものだった、とさえ噂されている。

 そして、ウチに送り付けられた映像は、その映画の編集段階で切られたシーンらしかった。

「結局、この映像を送ってきたヤツは、ウチに何をして欲しかたんだ?」

「依頼された事は全部調べましたが、どれも、完全な白か、白に近い灰色だけですね」

「じゃあ、スタントマンが事故死したなんて事は……」

「無いですね。少なくとも、この映像のシーンではスタントマンは居ないので死にようが無い」

 俺は、まず、この「内部告発」を「自動運転車による撮影が嘘だ」と云うものだと仮定した。しかし、その程度の事をわざわざ「内部告発」する必要が有るだろうか?

 続いて考えた可能性は、「撮影中の死亡事故の隠蔽」だった。

 だが、映像を分析した結果、どっちも「白または白に近い灰色」と云う結果だ。

 分析の結果を聞かされても、何か納得がいかなかったが、結局、俺は取材を打ち切った。


 そして、問題の映画は公開された。そこそこ程度には当たっているようだが、目的である海外マーケットがどうなるかは、これからだ。

 もっとも、古株のサブカル系映画雑誌「映画秘宝」では散々に罵倒されてたが。

 そんなある日、出社した途端に、不機嫌そうな顔の編集長が、俺の席までやって来て、ある全国紙の朝刊を俺の机の上に置いた。正確には「投げ付けた」と表現すべきかも知れないが。

 ウチが勝手に「仮想敵」だと思っている、売上はそこそこだが、ネット上では嫌われている新聞だ。

「どうしたんですか?」

「お前に任せてた件が載ってるぞ。全く、ウチにも情報が入ってたのに『特落ち』かよ。今期の給与査定は覚悟しとけよ、このマヌケ」

「えっ? でも……」

 その新聞の付箋が貼られているページを見ると……。

『映画撮影中にカメラマンと照明技師が事故死した事を隠蔽』

 記事を読む限りでは、経緯は、こうだ。

 どうやら、あるカメラマンが、この映画の撮影に参加する事を付き合ってる相手に連絡してしばらく後、行方が知れなくなった。

 そして、そのカメラマンの交際相手が、不審に思って、映画会社や警察に問い合わせても、ラチがあかず、SNSにアカウントを持っている新聞記者に相談したら……とうとう、その新聞記者が、死亡事故の発生とそれを隠蔽した事についての証拠・証言を押さえた、と云う事らしい。

 ……ちくしょう……。何故、気付かなかったのだろう……。編集長が言う通り、俺はとんだマヌケだ。謎の「内部告発者」から送られたシーンが撮影された時、カメラには写っていない、が有ったんだ……。


「てめぇ、絶対気付いてただろッ‼ てめぇんとこにも、映画会社か自動車会社か例の映画に金出してる政府機関だかの手が回ってたのかッ⁉」

 俺は、映像の分析を依頼したラボにクレームの電話を入れた。

「どうせ録音してるでしょうから、その件はノーコメントです。そちらに聞かれた事には全て正直に答えましたよ。もちろん、分析の手を抜いたり、分析結果を捏造したり、嘘を混ぜたりはしていません」

「けど、こっちが気付いてないが、そっちが気付いてた事は、何1つ言わなかった訳かッ⁉ ふざけんなッ‼ そんな言い訳が通ると思ってんのかッ⁉」

「でも、そっちこそ、アクション映画好きなら、当然、気付く事を、何故、気付かなかったんです?」

「はっ?」

「いや、メイキング映像なんかもチェックする位のアクション映画好きなら、当然、気付くでしょ。カーアクションの撮影なら、も、一歩間違えば……例えば、他の車が、ちょっとスリップしただけで、かなり危険な事になる可能性が高い、って」

 しまった……。ウチは映画関係の記事は、全て、外部のライターに委託してた。

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