第13話

 私は臨床心理士。人が人であるがゆえに起こる魂の不調に寄り添うのが生業である。


 今日もまた、心の行き場を失った哀れな子羊が私の前に姿を現した。


「今日はどうされましたか?」

私は努めて平穏な声で尋ねた。



「飼っていた犬を亡くして以来、落ち込んでしまって。犬ごときで、と思われるでしょう。でも、私には家族よりも遥かに大事な存在だったんです。」

「それを亡くされたのは、悲しいことですね。」

(家族の価値が低すぎはしないだろうか。)



「私が出かけるときは必ず、あの仔の写真を身に着けます。ほら、このTシャツを見てください。あの仔の写真をプリントしたのです。すごく可愛いでしょう?」

「そうですね。」

(犬はともかく、自慢げなあなたの顔は面白い。)



「Tシャツの他にも、あの仔のグッズを色々と作りました。家族には、あの仔のイメージのデコ弁をあの仔の写真の弁当袋で包んで持たせています。それなのに、家族はあの仔を懐かしむこともなく、何の感想も無くて、私は悲しいのです。」

「共感が得られなくてお辛いのですね。」

(文句も言わずにその弁当を持って行くのか。思いやりのある家族ではないか。)



「私はいつもグッズも持って歩いているのです。ペンにうちわにマグボトルに、さっきお話ししたデコ弁も…ほら、どれも可愛いでしょう?」

「ええ、とても素敵ですね。」

(私ならばその弁当は願い下げだ。やはり、あなたの家族には頭が下がる。)



「もっと褒めてください、可愛いって言ってください。家族はもう誰も何も言ってくれないんです。それが辛いんです。ね、可愛いでしょう?」

「とても可愛いワンちゃんですね。」

(犬は見飽きた。私はあなたの家族に共感する。)



 私は陽だまりのような温かい笑顔を浮かべて見せた。

 今日も良い仕事にせねばならぬ。

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今日はどうされましたか?(どうもこうもないだろうな) 菊姫 新政 @def_Hoge

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