第12話

 私は臨床心理士。真摯に人々の悩みと向き合い、彼らが己の足で立ち上がるための礎となるのが私の使命である。


 今日も、くじけた心を立て直さんとするか弱き子羊が私の前に姿を現した。


「今日はどうされましたか?」

 私は春の午後のそよ風のように尋ねた。



「妻が何も家事をしないのです。妻は健康ですが無職で、子どもはいません。なのに、僕が仕事から帰ってから夕飯を作り、洗濯して…という具合なのです。その上、やれ肩を揉めとか、一緒にゲームしろとか、妻の都合で僕を動かそうとします。僕は自分の時間も取れず、疲れ切ってしまって。」

「それはお辛いことでしょう。」

(随分と仲が良さそうだな。)



「しかも、妻は些細なことで怒るんです。僕が妻の選んだ服を着なくても、彼女は怒ります。この服装も僕の趣味ではないのです。それもまた苦痛で。」

「自分の意思が生かせないのですね。」

(どこに出しても恥ずかしくない身なりだ。見立ての優れた妻ではないか。)



「さっき、僕が夕食を作るって言いましたよね。あれも、作り方に妻が口を出してきて、言うとおりにしないと怒るんです。確かに、妻の指示に従わないと味も量もうまく作れないのですが、やはり窮屈で。」

「束縛されているように感じて、苦しいのですね。」

(あなたの妻はあなたと十分にうまくやっている気がするが。)



「例えば、僕はシチュウには冷蔵庫の残り物は何でも入れる派なんです。今晩は、昨日の残りのこんにゃくとししゃもでシチュウにするつもりです。でも、きっと妻は別の指示を出すでしょう。僕の頭がおかしいのでしょうか。」

「大丈夫ですよ、落ち着いてください。」

(やはり、あなたの妻が正しいようだ。)



「ほんの少し僕が遅く帰っても妻は機嫌が悪くなります。ですから、今日は先生とはあと七分しか話せません。ゆっくりカウンセリングを受けたいのですが、シチュウを作らなくては。」

「安心してください。今日でなくても次がありますよ。」

(早々に妻の元へ帰すべきだろうな。)



 私は微笑を浮かべて深く頷いた。

 今日もいい仕事になりそうだ。

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