第42話 戦い終わって①

「……ということがあってだな!そこでキヨノスケは我の顎をくいと持ち上げてこう言ったのだ。『お前に愛される資格があるのはこの俺だけ……そして、お前を愛する資格があるのもまたこの俺だけだ……』とな!」


 目の前に、頭の中で作り出した虚言をさも本当にあったことであるかのように自信満々に話す銀髪の少女アホがいた。


 以前の俺は、この少女がいかに美少女であるかを語るために黄金色の髪がうんぬんかんぬん白磁の肌がうんぬんかんぬん真紅の瞳がうんぬんかんぬんと無い語彙を総動員して説明を試みていたのだが、なんというかもういいわ。


 白いので十分だ。髪も肌も全部白。ついでに俺の純情を弄んだその心の中もまっしろなんだろうよ。もう白に名前改名すればいいのに。


「ほほう。よもや初対面の相手に向かってそこまで自分に酔った言い方ができるとは、なんとも興味深い思考の持ち主だな佐藤清之介という男は」


 そしてその銀髪少女の話をうむうむと頷いて聞いている金髪の少女。ところどころ赤かったり黒かったりするけどこいつももう金色のでいいわ。

 俺の恐怖心を弄んだこいつはお金のように心がないんだろうさ。金だけあれば満足する、そんな成金野郎なんだろうさ。


「えぇっと……あはは……」


 そしてそんな二人の中身の無い会話の応酬を少しだけ離れたところで苦笑いをしながら聞いている陽ノ守かえでこそ今の俺にとっての心のオアシスに違いなかった。

 俺が異世界転移したこの話に題名をつけるのならば間違いなく『陽ノ守さえいればいい』にする。絶対にする。


 目の前があまりにも非常識な光景だったからか俺はそんなアホなことを考えていた。


「そう、そうなのだ。我がキヨノスケのチュウを奪おうとすると、我の唇に人差し指を当てて『それはまだお預けだぜ、ベイビィ……?』だって!!お預けにしつつもとつけることで期待感を残すあたりがまた小憎らしいところで……」


 目の前でご機嫌に左右に揺れていた頭をむんずと掴んで力を込める。


「ど、どうしたキヨノスケ?痛くはないが、お前が我の頭を本気で握りつぶそうとしているのが伝わってくるぞ?」


「いい加減にしろよてめぇ。俺がいつ、どこで『ベイビィ……?』なんて言ったんだ……?頭ん中お花畑だとは思ってたけど遂に思考回路まで花になっちまったのか、あぁ!?」


「『あぁ』!?キヨノスケ、お前いつの間に我にそんな非道な口をきくようになったのだ!?それにお花畑って!!いつもそんな風に思ってたのか!?」


「お前の頭の中がお花畑じゃなかったらなんだってんだ!?スイーツランドか!?言ってもいないことをさも事実のように言いやがって!!この口か!?この口がそんな妄言を吐いてるのか!?」


 口の中に両手の人差し指を突っ込んで左右に引っ張る。


「ひゃめ、ひゃめろヒヨホフヘ!!ん……?ひや、ひゃっはりほれはほれへヒヨ味が……ひょ、ひはいひはいひはい!!(やめ、やめろキヨノスケ!!ん……?いや、やっぱりこれはこれでキヨ味が……ちょ、痛い痛い痛い!!)」


「落ち着いてください佐藤さん、痛がってますよ」


 陽ノ守の声で我に返り、口から指を抜く。

 舐められてべちゃべちゃになったその指を何の躊躇いもなくハンカチで拭ってくれる陽ノ守が女神様に見えた。


「キヨ味……か。人間の指など舐めたこともないし舐めたいとも思わないが、我が半身が病みつきになる味が気になるのもまた事実。どれ、少しだけ貸してみるがよい」


 いつの間にかすぐ近くに来ていた金色のが止める間もなく左手を取って中指を口に含んだ。少しだけざらざらした小さな舌がべろんべろんと俺の指を舐り、背中に寒気が走り抜ける。


「んむ……確かに、これはなかなか……」


「や、やめろぉ!!」


 指を抜こうと手で押しのけようとするが、突如として発生した赤い膜がそれを阻む。どんな攻撃をも無力化してしまう『絶対防御』であった。


「お前こんなアホみたいなことのためにそんな強力な魔法使ってんじゃねぇよ!?」


「はんへいはい。はれはひはいほほほひゃはふふほほははんんえはえひょうひゃひゃひはい(関係ない。我がしたいことを邪魔するものは何であれ容赦しない)」


「離れろこの変態が!!その指を舐ってよいのは我だけだ!!断じてお前が舐ってよいものではない!!」


「変態の筆頭が何言ってんだ同族嫌悪か!?誰にもしゃぶらせねぇよ俺の指は!!」


「お、落ち着いてください佐藤さん!傷口が開いてしまいますから!」


 なんだろう、アホが二人に増えたことで以前にも増して精神疲労が凄まじい。付き合っていたらツッコミが間に合わない。


「そうだぞ。貴様のせいでキヨノスケは死に掛けたのだ。その罪、万死に値する」


「何を言いだすかと思えば。貴様が不甲斐ないからこうなったのだろう?自らの落ち度を他人になすりつけようとするなど、我が半身がすることとはとても思えんな」


「なんだとぉ?いいだろう、表へ出ろ。どちらが本物の魔王か白黒はっきりつけてやろうではないか」


「今のその体で我に勝てるとでも思っているのか。面白い。どれほどできるか見せて見ろ」


「ちょっと待ってください二人とも。今はそんなことをしている場合では……」


 二人が出て行こうとするのを陽ノ守が必死に止めようとしている姿を見ながら、俺はこの一週間のことを振り返っていた。


 王を倒した後、結局俺は死ななかった。

 死ななかった、というよりは死んだけど生き返ったと言ったほうが正しいかもしれない。

 理由は簡単、魔王が蘇生リバイバルの魔法を俺に使ったからだ。

 とはいえすぐに全回復というわけにはいかず、今は王城の一室を借りて療養している最中である。


 そして、もはや今さらのような気もするが、俺が白いのと呼んでいるのはこれまた死んだはずのリリア本人であった。


 俺が死んだことで繋がっていたリリアの心臓も完全に破壊され、それを触媒として魔獣化していたダラリス王もこの世界から塵一つ残さずに消えた。

 本来ならば心臓を破壊されたリリアが生き返るなんてことはできそうにもないが、

俺の心臓が魔王によって蘇生されたことで繋がっていたリリアも命を繋ぎとめることが出来たらしい。

 なので今リリアに心臓は無い。魔王曰く、リリアと繋がっていた俺の心臓が動いている限りはリリアも死ぬことはないとのことだった。


 ただ元通りとはいかず、髪の毛は真白なまま元に戻っていないし、真紅の瞳も無害そうなスカイブルーに変わってしまっていた。

 どうやら心臓が魔王の力の源であったらしく、それがなくなってしまったことで魔王としての力はほとんど使えなくなってしまったようだった。

 本人はそれを特に気に留めた様子はないのが唯一の救いかもしれない。


 そして、そんなリリアの隣でアホな会話を繰り広げているリリアと瓜二つの容姿を持つ少女がまさに魔王その人である。


 ダラリス王との戦いが終わった後からどういうわけかずっと俺達につきまとっている。

 何か魔王なりの思惑があるのだろうが、その蠱惑的な笑みからは考えを読むことはとても出来そうにない。


 俺達をこの異世界に召喚させる原因を作り出した張本人であり、当然受け入れることなんてできるわけがないのだが、厄介なことにこいつは魔王だった。


 今この場で魔王に立ち向かえる者はいない。唯一対抗できそうなリリアは力を失っているし、鈴木を初めとする召喚組は今回の戦いのショックでとても戦える状態ではない。

 何よりダラリス王との一件で俺達は疲弊しすぎていた。再びラスボスに戦いを挑むほどのガッツはさすがにもうない。

 とりあえず今のところは魔王に害意はないようなので、こうして放置せざるを得ない状況になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転移したけど底辺能力の俺には何もできそうにない @sazamiso

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ