第41話 そして僕に出来ること
覚醒した確率剣の切れ味は凄まじく、俺の非力な力でも簡単にミノタウロスの厚い肉を軽々と切り裂くことができた。
真っ赤な血を撒き散らしながら心臓のあると思われる深さまで肉を削いでいくと、そこに人の形を取ったような何かが現れる。
その何かは瞑っていた目を開くと、俺を見て低く笑い声を上げた。
喉元に確率剣を突きつけるが、動揺した様子もなく静かに言葉を溢す。
「三十年ほど前にも同じようなことがあった。お前のように力を持たぬ子供が、ただの運と蛮勇だけで私に剣を突きつけたことがな。だが結局その子供は私を殺すことは出来なかった。なぜかわかるか?」
俺は答えなかった。答えがわかっていたからかもしれない。
「私が――俺が、その子供と同じ世界から来た勇者だったからだ。同じ人間である俺を、その子供は殺せなかった。勝負はついたといって剣を下ろした瞬間に俺が首を撥ねて殺した。実に愚かな子供だった。その甘ささえなければ、俺を殺すことだって出来ただろうに」
知らないはず話をされているはずなのに、その情景がまるで目の前で見たかのように鮮明に浮かぶ。
「お前も同じだ。人間である俺を殺すことが出来ない。殺してしまえば、一生その罪を背負っていくことになる。ここがたとえ異世界であろうと、お前達の常識は元の世界のまま。一生俺を殺したことを悔やみながら生きる覚悟がお前にあるのか?今こうして何もしていないことが答えではないのか?」
まるで俺の心を見透かしているかのように言う王。
すると、鋭かった目を少しだけ緩ませて俺にだけ聞こえる小さな声で言った。
「提案がある。お前のおかげで意識を取り戻すことが出来た今、俺とお前が力を合わせれば魔王をも打ち倒すことも出来るだろう」
「……何、言ってるんだ?」
「俺達がこの世界に召喚された理由はただの魔王の暇つぶしだ。勇者を召喚する魔法は魔王自らが人間に教えた。自分と対等に戦うことの出来る人間をこの世界に召喚するために。全部、あの魔王に仕組まれたことだったのだ」
さっき魔王が言っていたことを思い出す。
「これまではその圧倒的な力に平伏すしかなかった。見ただろう?あれは人知を超えたその遥か先にいる存在だ。たとえ勇者が束になったところで決して適いはしない。だから俺は勇者にさらなる力を与えるべく半魔人にする計画を思いついた。魔王を打ち倒すために」
「だから俺達を嵌めたのか?」
「生身のまま魔王に立ち向かったところで犬死する未来しかない。どれだけ強かろうとそれは人間の中での話。魔王を倒すことはできない。かといって半魔になれと言われてなる人間はいないだろう。だから、ああするしかなかった」
「そのせいであいつらの心がどれだけ傷ついたと思ってる……?お前は鈴木達のあの顔を見てなんとも思わなかったのか……!?」
人を殺す罪を背負う顔。
蒼白で、血の気がなくなり、絶望に歪む表情。
それはその気持ちを味わった本人にしかわからない、想像を絶する苦痛だろう。
「そうまでしなければ魔王は倒せない。生半可な覚悟ではこの国を――世界を救うことはできないのだ。だから手を貸せ。奴が油断している今が好機。あいつを倒せるのは、俺とお前しかいないのだ」
確率剣を握り締める。
許せない。許されるわけがない。
どんな理由があろうと、自分の為に人を殺すように仕向けるようなこいつを許すことなんて出来るわけがなかった。
「……お前は最低だ。俺達を嵌めた最低のクズだ。そんな奴の提案なんかに乗るわけないだろ……?」
「……そうか。ならば仕方ない」
ザクリと肉を裂くような音が聞こえたかと思うと、急激に体から力が抜けていく。
王が発生させた雷撃剣が俺の胸を貫いていた。
「か……はっ……」
「だから甘いというのだ。お前が躊躇い、時間を作ってくれたお陰で魔法が使えるくらいには体の感覚を取り戻すことができた」
「く……っ」
力を振り絞り確率剣を王の心臓目掛けて振り下ろす。
だが、確率剣が王の体に突き刺さることはなかった。
王の体を、赤い膜――『絶対防御』が守っていたからだ。
「素晴らしいな、この力は!魔力が無尽蔵に溢れてくる!くく、くははははははははははは!感謝するぞ!お前が目覚めさせてくれなければ、俺はずっと意識を失ったまま暴れまわっていただけだろうからな!いける!やれるぞ!これならば、魔王どころかこの世界をも手中に収めることが出来るッ!!」
雷撃剣が消えると、体にぽっかりと穴が開いた。致死量の血が一瞬にして体外へと溢れ出る。
剣が支えになっていた俺の体はふらつき、ゆっくりとミノタウロスの体から落下していく。
「あの時の子供と同じように、無様に死んでいくがいい!ははははははははは!」
王の勝ち誇った声を聞きながら思う。
そう。
俺に出来る限界なんてこんなもんだ。
むしろここまで生き残れたことが奇跡に近い。それこそ千万分の一――いや、一億分の一を引くよりも低い確率だったかもしれない。
そういう意味で言えば、俺は相当運がよかったんだろう。
少しだけ期待してしまった。
もしかしたらこんな俺でもこの化け物を倒すことが出来るんじゃないかって。
でもそれはやっぱり高望みだったらしい。
最後の最後で躊躇ってしまった。
覚悟はしていたはずなのに、人を殺すという怖さに勝つことが出来なかった。
その時点で、自分の力だけで勝つということはほぼほぼ不可能だったに違いない。
俺に出来る事なんて所詮この程度。
昔から憧れていた強い勇者のようにはなれない。
でも。
『お前は、我にとって……たった一人の、勇者なんだから……』
そう言ってくれた奴がいた。
こんな俺を勇者だと認めてくれた、たった一人の魔王様がいたんだ。
だから、後悔はない。
「あはは、はは、は……?な、なんだ……!?い、痛い!?痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!?」
王の絶叫が響き渡った。それは断末魔の叫び。
最後の賭けだった。
俺とリリアの心臓は繋がっている。
俺が死ねば、俺の心臓と繋がっているリリアの――魔王の心臓も止まる。つまり、その心臓を移植された王の心臓も止まるということ。
リリアが死んだ今、まだ繋がりが残っているかどうかだけがわからなかった。
だが王の絶叫を聞く限りどうやら俺はその賭けに勝つことが出来たらしい。
俺が必ず勝つことの出来る最後の道筋。
それは最強の魔王にとっての最大の弱点である俺を殺すことだった。
薄れ行く意識の中で黄金の幻影を見る。
そいつの顔は、怒るでもなく、泣くでもなく、ただただ微笑んでいた。
『よくやったな、キヨノスケ』
そう、言ってくれているような気がした。
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