最終話 Fight! Sasaki!(がんばれ!すずき!)

『エンジェリーズの攻撃は、四番・サード・町上まちがみ


 一打同点を期待するエンジェリーズファンの絶叫と、今日で文字通り最後の試合となるLoosersファンの叫びが混じり合い、球場は異様な興奮に満ちていた。

 町上は悠然ゆうぜんと打席に入ると、バットを構えて俺の球を待ち受ける。


(町上!新人王レースは俺の負けだ。でもこの勝負だけは譲らない!俺の全てを出して抑えてやる!)


 町上への配球を考える俺の脳裏に、転生してからの出来事が走馬灯の様に蘇った。

 俺は懐かしむ様に配球を定める。

 初球は、転生して最初に投げた球・ストレートだ。

 俺はその時の感触を呼び起こすようにゆっくりとセットポジションに入り、フルパワーで腕を振る。

 渾身のストレートが町上のフルスイングの上を通って、小島のミットに吸い込まれた。


『ストライク!!』


 小島の返球を受けた俺に地鳴りのような歓声が襲い掛かり、スコアボードに表示される球速は異次元の数字を示している。


【167km/h】

 

(よし、いい調子だ)


 自己最速を更新し、世界最速のチョップマンにも迫るスピードに球場の異様な興奮は更に高まる。


 俺はセットポジションから二球目のモーションに入った。

 二球目は北原さんから最初に教えてもらった変化球・大きく曲がるドロップカーブだ。

 外角のボールゾーンから内に入ってくる大きなカーブを町上は面倒くさそうにカットする。


 三球目はスライダー、ハードバンクの猿渡さんに引導を渡す事になった球だ。

 ストライクゾーンやや内よりのコースから更に内側に曲がってくるスライダーを、町上は窮屈きゅうくつそうなスイングでファウルする。


 俺は、小島からの返球を受けると、すぐさまセットポジションに入る。

 四球目はスプリット。

 この球を町上にスコアボードに叩き込まれて二軍落ちとなった悪夢が脳裏を掠める。

 あれ以来、俺は町上にスプリットを投げていない。


(あの時とは違うぞ!)


 悪夢を振り払う様に思い切り腕を振り、町上のアウトローにコントロールされたボールはさっき小谷に投げた球より、速く鋭く落ちた。


(よし!決まった!!)


 そう思った瞬間、物凄いスイングスピードで振られた町上のバットが、ボールの下っ面を掠めて、ボールはバックネットに飛び込んで行く。


 アドレナリン全開でフルスイングする町上に引きずられて、俺もギアを上げて応戦する。


(なら、ナックルカーブで勝負だ!)


 折れんばかりに腕を振って弾く様にスピンをかけたバックドアのナックルカーブが、外角のボールゾーンからストライクゾーンに鋭く切れ込んで来る。

 空振りかと思った町上のバットは、驚異的な粘りでボールにコンタクトし、ボールはまたもバックネットに飛び込んだ。


 若武者同士の意地と意地のぶつかり合いに、両チームのファンから怒号の様な声援が地鳴りの様に押し寄せる。


 興奮で鼻息を荒くする俺に小島から弾丸の様な返球が帰っきて、俺は思わず落球しかけた。

 薄いグラブの下の手はジンジンと痺れている。

 ハッとして小島を見ると、ハンドサインで落ち着くように指示していた。

 俺は肺の中を空にするように大きく息を吐くと、首に掛けたきたはらくんのお守りを、ユニフォームの上からそっと握って心を落ち着かせる。


 その時、あれだけ鳴り響いていた声援がすぅっと消えて行く不思議な感覚に襲われた。


明鏡止水めいきょうしすい


 八名田やなたとの対戦以来の感覚だ。

 指先の感覚が鋭敏になり、ボールの縫い目の一本一本の高さの違いさえ認識できる様だ。

 怖い位に手に馴染むボールに目をやると、公式球の青いNPBマークに赤いインク汚れが付いている。


(これがウイニングボールになるのか…)


 俺にはその確信があった。

 打席の方から、18.44mの距離を置いて向き合う町上の息遣いが伝わり、心の声がはっきりと聞こえてくる。


『ストレートで来い!』


(望むところだ!)

 俺は、大きくワインドアップし高々と左足を上げる。


『がんばれ~、ささき~!!』


 きたはらくんの声が聞こえた気がした。


 上体を前に出しながら右手を降ろし、そこからスムーズにテイクバックを取ると、流れる様な動作で腕を振り降ろす。

 ボールが指から離れた瞬間に、俺には小島のミットに繋がる勝利の軌道が見えた。



**********


「鈴木くん!鈴木くん!」


 体を揺すられて、俺はぼんやりと目を覚ます。

 視界に飛び込んできたのは、社用車の安っぽい内装と、北原さんの心配そうな顔だった。


「あ!北原さん!!良かった、あれ?俺…試合は?」

「なに寝ぼけてるのよ!」


 寝ぼけ眼を擦る俺の頭を軽く叩いた北原さんは、野球のボールを俺の目の前に掲げる。


「今日もキャッチボールやるよ!」

「あ、そのボール!!」


 北原さんが持っている公式球の青いNPBマークにも、見覚えのある赤いインク汚れが付いていた。

 目を丸く見開いている俺に、北原さんはいつもの悪戯な笑顔で囁く。


「よくやった、ささき!」

「え?」


 戸惑う俺を残し、北原さんは車のドアを開けて颯爽さっそうと歩いて行く。

 俺はドアを開けて飛び出ると、北原さんの背中に大声で宣誓した。


「北原さん、俺、こっちでもエースになります!!」


 北原さんは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの笑顔に戻って悪戯っぽく答えた。


「がんばれ~、すずき~!」



Fin.

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Number18 ~転生エース~ J・P・シュライン @J_P_Shrine

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