第20話 幸せは僕達の傍に
夕日に照らされ茜色に染まる海峡大橋。
キラキラと反射する海上には貨物船が走り低速エンジンの音を響かせている。
大橋が一望できるタイル張りの広場に僕達三人はいた。
白色の小さなタイルが楕円状に置かれあとは灰色のタイルがその隙間を埋めていた。
ユイは海沿いの手すり近くで地面にしゃがみ込み、スケッチブックに絵を書きこんでいた。
僕と瑠香は大人が三人くらい座れそうな石のベンチに腰を下ろし、ユイの様子を少し離れた場所から見ていた。
「ユイちゃん、いつも何を書いているんですか?」
「分からないんだ、でも一回見せてもらえたことがあってその時は僕のことを描いてくれていた。すごく上手だったな・・・」
「なるほどですね・・・私の事も描いてくれないかなー?」
「描いてるんじゃないかな?きっと」
「そうならとても嬉しいですね!でもすごいですね、ユイちゃん。あんなに集中して」
もう何分間も同じ姿勢で描き続けている。
風が吹いても、貨物船の音が響いても、鳩がユイの近くに近づいても。
微動だにする事は無かった。
瑠香はそんなユイを感心そうに見つめていた。
今ではもう、三人でどこへでも出掛けられるようになった。
瑠香の病気は臨床試験以降回復の兆しを見せ、無事退院した。
まだ完治とまではいかないがそれも時間の問題だろう。
奇跡、そしてそれは偶然ではなく必然的なものであると僕は思う。
<誰かを頼る、信じてあげることもきっと大切なんだと思います>
いつか瑠香に諭された言葉を思い出す。
僕が一人で抱え込み、自己犠牲の生き方を続けていたらこの結果は生まれなかったと思う。
あの言葉は僕自身を、そして周りの人達も救ってくれたんだ。
「あのさ、瑠香・・・大事な話があるんだけど」
僕は両拳を握り締め、瑠香を見る。
緊張している様子の僕に彼女は優しく微笑んでくれる。
「どうしたんですか?改まって・・・」
瑠香は僕の言葉を待ってくれている。
ずっと伝えるタイミングを考えていた。
伝える言葉はなんて言おう、場所はやっぱり雰囲気のある所、環状の装飾品は先に買っておくべきなのかと様々な面で迷いすぐに行動できなかった。
優柔不断で中々決断できない情けのない男、だからこそ君がいないと僕はダメなんだ。
同時に、僕は君が心の奥底に溜め込んでいる不安や弱さを知っている。
そういう所はお互いよく似ていると思う。
君に支えられ、君を支えていく僕でありたい。
これからはもっと傍にいてほしい。
そんな溢れだしそうな愛しい思いを今日まで閉じ込めていた。
でも、これからは違う。
「石田瑠香さん、僕と」
僕はベンチから立ち上がり地面に跪く。
片手を彼女の前に伸ばし、覚悟を決めた。
「結婚して下さい」
君への思いを全て込めた。
いつか語り合った未来を叶えたい。
その未来はきっと、遠くないはずだから。
僕は真っ直ぐに瑠香の目を見つめる。
瑠香は僕の差し出した手の上に自分の手をゆっくりと重ねる。
指先が細くて少しひんやりとした柔らかな手。
包み込むように握った瞬間、彼女の人生を受け取ったような感覚がした。
「・・・はい、喜んで」
淑やかな返事は僕の胸の中に溶け込んでいくようだった。
彼女の頬に一滴の涙が伝った。
その涙は止まることなく二滴、三滴と頬を濡らしていった。
僕は彼女の手を引き、そっと抱き寄せた。
大丈夫、傍にいるからと僕の存在を伝えるよう彼女の背中を擦った。
「圭太さん・・・私、今が一番幸せです」
「僕もだよ、でもこれからもっと幸せなことが待っているんだから。一緒に見届けてほしい」
「もちろんです、ずっと傍にいます・・・愛しています」
僕達が誓いを交わした直後、僕の背中が温かい何かで包まれた。
そちらを見るとユイが嬉しそうな笑みで抱き着いていた。
もしかしたら一部始終を見ていたのかもしれない。
さっきまで向こうで絵を描いていたのに、察しのいい子だと思わず笑ってしまう。
瑠香の体も可笑しそうに震えていて多分ユイと目が合っているんだろう。
「そういえば、絵。完成したんだ」
ユイは僕の背中から離れ、いつも傍に置いてあるスケッチブックを僕達に見せてくれる。
絵を見た時は驚嘆した。
そこには僕と瑠香とユイの三人が朗らかに笑い合っていた。
まるでこれからの未来を描いてくれているように、温かみの感じる絵だ。
僕はユイを胸に抱き寄せる。
胸元に顔を埋めてユイはくすぐったそうに笑っていた。
夕日に照らされた海辺の広場で僕達は新しく家族になった。
この幸せが永遠に続くよう、強く抱きしめ合った。
幸せの兆しはいつだったのだろう?
そんなことも考えていたけれど、それは人生に後ろめたさを抱いているだけだった。
これから楽しいことは沢山あって、不器用でも確実に未来へと近づいていく。
目の前にある幸せに気づくこと、後悔していても仕方がない!
幸せを描く少女 emo @miyoshi344
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