after

 卒業パーティから、一ヶ月が経ったある日のこと。その手紙は来た。



「お、お嬢様」



 私のお付きの侍女が青白い顔を浮かべながら、その手紙を差し出してきた。



「これは?」



 見たところ、招待状のようだ。けれど、心当たりがない。


 そもそも第二王子のクーリン殿下が、不祥事を起こしてしまったので、夜会とか自粛しようっていう動きがあって、個人的なお茶会はともかくとして大規模なお茶会とか開催されないはずだ。


 私の友達もお茶会はしばらく無しになったって言っていたし、本当に心当たりがない。


 そういえば、この手紙の封蝋の家紋、どこかで見たことがあるような気がする。けど、やっぱり友達の家紋じゃない。


「どなたからの招待状かしら?」


「ど、ドラシラ侯爵家から、お茶会の招待状です」


「なるほど」



 どうりで見たことのある家紋だと思った。

 送り先の名前を確認すると、ドラシラ侯爵でも夫人でもなく、私が知っているドラシラ様からの招待状だ。


 なんだかんだで最後に会ったのはあのパーティだったな。


「分かったけど、どうしてそんな顔を真っ青にしているの?」


「だ、だって、不祥事を起こして謹慎中の第二王子の婚約者からですよ!? なにか裏があるのではないかと……!」


「それは大丈夫よ」



 裏はあるだろうけど、侍女が考えているほどの裏ではないはずだ。それこそ、個人的な裏取りであって家の思惑は関係ない。これは断定できる。



「きっと、この前の卒業パーティではご迷惑をお掛けしましたっていうお詫びのお茶会よ」


「お嬢様、冷静ですね……」



 手紙の封が切られている。念のため、お父様が中身を確認したのね。気にせずに中身を取り出して手紙を読む。


 うん、概ね予想通り。これを理由に私を呼び出そうとしているわね。


 色々と勘づいて私に接触しようとするだろうな、とは思っていたからこれも予想通り。


 これを侍女に託したってことは「判断はお前に任せるね!」っていうことでしょう。つまり、今彼女と接しても問題はないということか。



「お嬢様、どうされますか?」


「行くわ。お詫びだもの。受け取らないとそれこそ失礼だわ」


「ドレスはいかがしましょうか? 新しく作りますか?」


「公式じゃなく個人的なお茶会で、私以外は参加しないらしいから、わざわざ新しく作らなくてもいいわ。華美じゃないもので。とはいえ、侯爵令嬢のお茶会に参加するから、着回しっていうのも気が引けるというかなんというか」


「では、昔のドレスを新しくリメイクしましょうか? お嬢様は体型変わっていないですし、サイズを測らなくてもいいでしょう」


「そうね、お願いするわ」







 ということで来ました。ドラシア邸に。


 うん、やっぱりうちよりも大きいし立派ね。手入れも怠っていないようだし、ナルんちと同じレベルだわ。


 執事さんに案内されて、庭に案内された。


 ドラシア邸の庭は、侯爵家の人達の顔が華美なのとは反対に、小さくてとても可憐な花が咲き乱れていた。まるで野原に花がぎっしりと詰まっている感じ。でもちゃんと道がある。野原の道みたい。


 その中心に東屋がある。その中に例のドラシラ様がいらしゃった。


 私に気付いたドラシラ様がにっこりと笑った。



「ようこそいらっしゃいました。セレストラル様」



 ドラシラ様が立ち上がって、カーテーシを決めた。私もカーテーシ返す。



「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。こうしてドラシラ様とお会いできる日を楽しみにしておりました」


「私もですわ。さあさあ、どうぞお掛けになって」



 ドラシラ様が再び椅子に腰を下ろす。執事に椅子を引いてもらって、私も座った。



「お庭、とても素敵ですね。まるでピクニックしているみたいで、わくわくしましたわ」


「ありがとうございます。実は私の趣味なのですわ、この庭。公式なお茶会は中庭を使うのですが、個人的なお茶会はこちらを使っているのですよ」


「向こうに丘らしきところがありますね。あの丘にある木は、もしかして桜ですか?」


「あら、ご存知で? この国ではあまり知られていないのですが」



 あ、探りを入れたね? あえて無視します。



「はい。わたしの大好きな花なのです。あの下でお茶したら、きっととても素敵ですね」



 ドラシラ様がくすくすと笑う。



「セレストラル様とは話が合いそうですわ。私もそう思いますわ」



 私たちがそう話している間に、侍女が淡々とお茶を淹れていく。



「改めまして。この前の卒業パーティでは、無関係のあなたを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。あのバ……殿下に代わってお詫びしますわ」


「ドラシラ様は悪くありませんし、殿下の代わりに謝る必要はありませんわ。非公式で王家から謝罪が来ましたし。あと、馬鹿と言っても構いませんわよ。これは個人的なお茶会なのでしょう? 内緒にしておきますわ」


「あら、よろしいのですか?」


「もちろんですわ。私も思わず馬鹿って呼びそうになるでしょうから、私も馬鹿って呼びます」



 後ろに控えていた執事が噴き出した。侍女も肩を震わせている。



「では、この話は内密に」


「もちろんですわ」



 約束と取り付けた。このお茶会の内容を漏らさないっていうね。


 侯爵令嬢に対してちょっと砕けた会話になっているけど、転生者で主人公だし気にしていないだろう、多分。



「ところで、ドラシラ様。このまま話に花を咲かせたいところですが、まずは本題から入ってから語りましょう?」


「本題?」


「お詫びは表向きの理由で、私に訊きたいことがあるのでは?」



 ドラシラ様の眉がぴくっと動いた。でも表情が動かない。さすが王妃教育を真面目に受けただけのことがあって、表情が崩れない。



「二人とも」



 ドラシラ様が執事と侍女に声を掛ける。



「少し、席を外してくれないかしら?」


「ですが」


「姿が見えるくらいの距離で待機して。でも、会話は聞こえない距離で」


「……かしこまりました」



 腑に落ちないながらも、二人は頷いてこの場を離れた。


 ドラシラ様がカップに口を付ける。私も喉を潤すために紅茶を飲んだ。うん、癖がなくて美味しい。



「さっそくお訊きしてもよろしいかしら?」


「ああ、その前に」


「なにかしら?」


「お互い堅苦しい口調は止めにしましょう? ドラシラ様も本来、その口調ではないでしょう? 誰もいないことですし、お嬢様口調って面倒なので普通に話しましょう」


「……もっ、っていうことは貴女も?」


「はい。お嬢様口調、ほんと疲れる」



 まず私から口調を崩す。ドラシラ様が目を見開いたあと、盛大に溜め息をついた。



「そうしましょうか。私もこの口調は疲れるから」


「これから疲れる話しますしねぇ」



 砕けた口調っていっても、丁寧語は外さない。だっていきなりすごく砕いた口調になってもねぇ?



「私の訊きたいこと、大体は予想ついている感じかしら?」


「ついてますよ。デレシア様のこととこの世界のことですよね? そういえば、デレシア様ってあの後どうなったんですか?」



 SAN値直葬したけど、その後のことは知らないのよね。そういえば、デレシア様と第二王子の婚約ってどうなったのかしら? あのことは追々知らせるっていうことらしいけど、正式な決定はまだ公開していない。



「まあ、そうだけど……」



 疑惑の目で私を見据えるデレシア様。おそらく、世界のことって言っていることはやっぱり、とか思っているんだろうな。



「……デレシア様は発狂しました」


「そうでしょうね。正気には戻っていないのですか?」


「戻ってはないです。譫言を言っているらしいけど、意味が分からないことを言っているらしいですよ」


「譫言ですからね。今はどこに?」


「牢にいるけど、そのまま牢に入れるか精神病院に入院させるか、どちらにするか揉めている感じです」


「牢に入れたままのほうが、デレシア様にとっていいでしょうけど」



 この世界の心療科とかって、まだ発展途上すぎるんだよね。というもののまだ確立したばかりで、具体的な治療が分かっていない状況だ。最近までおかしくなったら悪魔のせいなのねそうなのねってことになっていたくらいなのよね。


 まんま中世の精神病院っていう感じで、手探りで治療方法を探しているのよね。治療として麻薬を投薬されたり、トラウマを掘り返してみたり……治療じゃない治療を繰り返している。


 要は実験体にされるってことだ。だから牢に入れたままのほうが、デレシア様の身体がボロボロにならない。



「殿下は?」


「私と婚約解消したのち、幽の塔に隔離するとかなんとか」


「実質の監禁ですね」


「喚いていましたが、自業自得です」



 ふんっとドラシラ様がふんぞり返った。


 自業自得って、前世の業が現世に回ってくるとかどうのこうのっていうのが、本来の意味らしいけど、まあいっか。


 それにしても幽の塔かぁ。幽の塔とは、王族専用の幽閉場所だ。まあ妥当といえば妥当かな。



「それで、デレシア様の話に戻るのですが」


「はい」


「卒業パーティのあの騒動のあと、別室で取り調べをしていたのですが、その途中でデレシア嬢が脱走してしまい」


「え、騎士何やっているんですか?」


「予想外の行動に咄嗟の反応ができなかったようで」



 騎士仕事しろよ。なんのために訓練積んでいるの? そのせいで遭遇してしまったんだけど。



「それでデレシア様を探したんですが、発見したときには発狂していまして」



 ちらっとドラシラ様が私を見る。



「セレストラル様……デレシア様が脱走している間、あなたは会場にいなかったようで」


「お花を摘み行ったあとに、デレシア様に遭遇しましたが」



 素直に白状すると、ドラシラ様が固まってしまった。そんなに驚く情報でもないんだけど。どうせ確信しているんでしょうに。



「え、え~……そんなあっさりと白状するんですか?」



 若干引き気味の声で、ドラシラ様が呟いた。あ、驚いている理由ってそっちか。



「隠しても確信しているのでしょう? 探り合いは面倒くさいので割愛したいです」


「ま、まあ、そちらのほうが助かるのですが……アッサリを通り越してバッサリしているというか……」


「どうでもいいではないですか、そんなこと。さっさと話して、桜のことを訊きたいですし」


「あ、それが本音ですね」


「はい」



 即答すると、ドラシラ様が呆れたように盛大な溜め息をついた。



「分かりました。探り合いはなしで、直球に訊ねます。貴女、デレシア嬢になんて言ったんですか?」


「なんて、ですか」



 扇を口許に寄せて、少し考える。それを伝える前に、確認しておくか。


 彼女は記憶を持っている可能性が高い。砕けた口調がなんとなく現代っぽい。自業自得っていうことわざもこの世界にはないものだし。それはいいとして、その記憶がどのタイプなのか。


 私タイプか、デレシアタイプか。確認してから伝えないとね。



「その前にお訊きしてもいいですか?」


「なんでしょう?」


「ドラシラ様って、前世の記憶をお持ちですか?」


「直球すぎる!」



 あ、素が出た。ドラシラ様はすぐに我に返って、ごほんと咳き込んだ。



「セレストラル様も、やはり……?」


「あなたたちと同じ、とは限りませんが一応そうですね」


「……それはどういう意味ですか?」


「それを話すには、まだ」


「……信用されていない、ということですね」


「いいえ、ドラシラ様を心配してこそですよ」



 ドラシラ様まで発狂されたらたまったもんじゃない。デレシアの場合はお灸を据えてやるっていう目的で、選択肢を与えないまま真実を告げたけど、ドラシラ様に対して恨みないからSAN値直葬したくないのよね。



「デレシア様も言っていたのですが、この世界って、恋咲き、でしたっけ? ああ、略称でしたか、これは。その恋咲きっていう乙女ゲームの世界で間違いないんですか?」


「え、ええ。セレストラル様は乙女ゲームをやっていなかったんですか?」


「やっていましたが、その話は追々と」



 掘り下げたら言っちゃうから話を逸らす。



「前世のことは、どれくらい覚えていますか?」


「死んだ理由と、両親の顔がおぼろげなことと、恋咲きのストーリーくらいですね」


「ストーリーの詳細は覚えているんですか?」


「ええ。前世の私のことはそんなに覚えていないんですが、恋咲きに関してはけっこう覚えています」



 なるほど。デレシアタイプか。

 扇を下ろしてカップを手に取る。



「なるほど。ドラシラ様も、ですか」


「も、というのは?」


「デレシア様も同じだったみたいですよ。恋咲きだけ記憶がはっきりしていた、と」



 紅茶を飲む。そういえば、まだ紅茶しか飲んでいないなと思い出して、机の上にいっぱいあるお菓子を見やる。



「それはそうと、そろそろお菓子を食べないと」


「マイペース……」


「甘いものが食べたいので。どれがお薦めですか? どれも美味しそうで迷ってしまいます」


「だったら、このカップケーキがお薦めですよ。甘すぎず、ちょうどいい感じで美味しいです」


「あ、よく見たらポテチがありますね。優しい」


「私の我が儘で付くようになったんですよ」


「そんなに甘くなくても、しょっぱいものをつまみたくなりますよね」


「分かる」



 ドラシラ様が強く頷いた。うん、前世は二十歳以上なのは確定だ。


 さっそくドラシラ様がお薦めしてくれたカップケーキを食べてみる。あ、中にぎっしりとベリーソースが入っている。程よい酸味と甘さが絶妙で、これは甘ったるいものはあまり得意じゃない人が食べても、美味しいと感じるだろう。私も甘いもの大好きだけど、これは美味しい。



「すごく美味しいです」


「よかったです。あ、クッキーも美味しいんですよ」


「クッキーに練り込んであるのって、もしかしてマカダミアですか?」


「苦手でしたか?」


「むしろ大好きです」



 チョコはナッツよりもマカダミア派だったので、とても嬉しい。一枚取って、食べてみる。サクサクなのがさらに嬉しい。私、クッキーはしっとりよりもサクサクかザクザクが好き。これ、最高。



「あの、そろそろお話を戻しても?」


「どこまで話しましたっけ?」


「デレシア様も同じだった、と」


「ああ、そうだったそうだった」



 話が逸れるとすぐ本筋を忘れてしまう。まあ、逸らしたの私だけど。



「ドラシラ様も、この世界が乙女ゲームの世界で、恋咲き? しか記憶が残っていない。それは確かなのですか? 前世のことはどこまで覚えていますか?」


「二十代後半で過労死で死んだことと、彼氏がいなかったこと、このゲームにハマっていて全ルートをクリアしていることくらいです」


「名前も家族構成も覚えていない感じですか?」


「はい」



 ドラシラ様が頷く。完全にデレシアタイプ、か。


 つまり彼女も虚構なのね。


 それはつまり、あの後私が立てた仮説が真実である線が濃厚になってきたのね。


 まあ、それはそれでいいけれど。



「さて、デレシア様に何を言ったのか、という質問なのですが」



 ドラシラ様が息を呑む。



「正直、貴女にそのまま伝えるべきなのか。私には分かりかねない、という結論に至りました」


「は……?」



 私の言葉に、ドラシラ様が素っ頓狂な声を出した。



「今、言えることは……そうですね」



 私はにっこりとドラシラ様に向けて、にっこりと笑ってみせた。



「真実の奥のさらなる真実を教えた、ということですね」


「さらなる真実……?」


「ドラシラ様。深淵を覗くとき、深淵も我々を見ているのだ、ですよ。つまりそういうことです」


「その言葉、合っていますっけ?」


「さあ? 記憶なんて曖昧になるものですからね」



 でもそんな感じの名言だったはずだ。記憶なんて、所詮そんなもの。完全に覚えている、だなんてそういう能力者くらいしか出来ない。


 そう、乙女ゲームの台詞を一句違わず覚えている、だなんて有り得ない。



「だから、さらなる覚悟をした上で、改めて訊いてくださいな。私は貴女を狂わせたくはありません。だから、じっくりと考えてくださいね」


「……それくらい、さらなる真実というものは残酷なんですか?」


「ええ、貴女たちにとっては。少なくても、デレシア様のSAN値が直葬したくらいの、残酷な真実ですね」


「SAN値って、TRPGの正気度のこと、でしたっけ?」


「ええ。だから、じっくり考えてくださいね」



 と、言っても貴女は後日改めて訊いてくるのでしょうね。覚悟は出来たから真実を話してくれ、と。


 だって、貴女はこの物語の主人公だから。そういう設定だから、この真実を話しても、きっと彼女は狂わない。主人公が狂っちゃったら、物語は終わりだもの。


 短編だったらその可能性もあるけれど、彼女はきっと長編の主人公という設定なんでしょうね。そうじゃなかったら、わざわざ私にこんなことを聞くためにお茶会に誘わない。短編だったらせいぜい「もしかして、とは思うけど結局関わらない」っていう流れでしょうし。


 短編の主人公の私とは、全く違うわね。



「というわけで、桜のことを訊きたいですので、今度はそちらが話してくれませんか?」


「え、ええ。そうね……? 桜について、何が訊きたいのですか?」


「まずは産地ですね、それから……」







 あの後、桜のことで盛り上がって、そのままお茶会はお開きとなった。


 馬車に揺られながら、景色を眺める。


 桜の産地は聞けた。輸入経路も。ナルと結婚した後におねだりしてみようかな。



「深淵、か」



 ドラシラ様に言った深淵云々を、ふと思い出して呟く。



「さらなる深淵に気付いて覗いて、それでも平然としている私も結局そういう虚構っていうことね」



 デレシアの件の後、私はある矛盾に気付いた。



――どうしてデレシアが転生者云々、と言ったときに転生者の意味がすぐ分からなかったんだろう。私はそういうものを割と読んでいた、と記述したはずなのに、どうしてあまり読んでいない、と思ってしまったんだろう。



 この世界は虚構だ。痛みを、苦しみを、喜びを、悲しみを、感じても関係ない。全てここがそういう現実だと感じさせるための演出でしかない。


 虚構に矛盾を感じるということはつまり……。



(私も虚構だったということ)



 頬を付きながら、外の景色を眺める。



(さしずめ、私は作者が突発的に考えた短編の主人公で、矛盾があるのは特に見直すことなく完成されたから、といったところかしら)



 きっと作者は見直すのが面倒臭かったのだろう。察するに、この物語は賞に投稿するものではなく、投稿サイトにアップされただけのものだ。


 作者ちゃんと見直せよ、とは思うが、恨みはない。


 ショックは受けていない。虚構でも構わない、と受け入れたのは私だ。だから、真実に気付いても狂わなかっただけかもしれない。何だか他人事みたいで、あまり関心がないのもあるかもしれない。



(こうして矛盾に気付いたのも、作者のシナリオ通りなのかしら)



 そういう話だから、こういう展開になった。可能性として有りだろう。だが、考えたとしても意味のないことだ。答えは誰も持っていないのだから、答え合わせが出来ない問いを繰り返しても無駄なことだ。



(それに、この物語もこれで終わりでしょうから、深くは考えないでおきましょうか)



 短編だということは、おいそれ続きは書かないだろう。連載になる可能性もあるが、そうなるとこの物語とは別の物語になる。短編の私はこれでおしまい。


 まあ、続きなんて出ないだろうし連載もないでしょうね。これ以上、物語をどう広げろというのかしら? 想像力のない私が想像しても無駄だけど。強いていうんなら、ナル視点とか? 作者、書くのかしら。気分次第かな。


 それはそうと、この物語が終わったとき、この世界は、私の視界はどうなるのかしら。


 普通に続く? それともテレビを消したみたいにプツンッと終わるのかしら? もしかして読者が妄想する続きの世界で生きるのかもしれないわね。


 まあ、どれでもいいけど。普通に続いてもいいし、幸せのまま終わるのもよし。読者が妄想する続きの世界……多分、複数人いるからその場合どうなるのかしら。平行世界っていう設定で生き続けるのかしら? それはそれで面白そう。


 空を見上げると、黒い鳥が飛んでいるのが見えた。真っ青な空に浮かぶ、一点の黒。まるで黒い穴が動いているみたい。


 なんだか無性にナルに会いたくなった。今ナルの屋敷に行ったら、迷惑かな。ナルのことだから迷惑だなんて思わないけど、使用人たちに負担を掛けるのもなぁ。



(でも、会いたいなぁ)



 使用人達に負担を掛けたくない気持ちと、ナルに会いたい気持ちを天秤に掛けてみる。すると、あっさりとナルに会いたい気持ちに傾いた。



(ちょっとだけ、ちょっと挨拶するだけなら)



 自分に言い聞かせて、馬車を運転している御者に話しかける。



「ねえ、ナルの屋敷に向かってくれないかしら?」


「え? 今からですか?」


「今から。すぐ戻るから……ダメ?」


「構いませんよ。ここから遠くありませんから」



 御者が快く引き受けたことに安堵した。


 ナルはどんな顔をするかしら。きっと、驚いた後、破顔するだろうな。


 安易に想像出来るナルの顔を想像して、釣られて私も思わず破顔した。

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【完結】烏の濡れ羽色と、虚構 空廼紡 @tumgi-sorano

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