後編

 やっぱり、そういう展開かぁ。


 と、殿下とその婚約者の学年が主役の、卒業パーティーの途中で始まった断罪イベントを、白けた気持ちで見つめる。隣にいるナルも白けているみたい。


 断罪イベント、まあありふれた展開だわ。ピンク頭の少女を囲っているイケメンたちが第二殿下の婚約者に対してありもしない罪をでっち上げて、断罪している。婚約者はアリバイがあることを丁寧に説明し、遠回しに説教している。


 早く終わらないかなぁ、と眺めていると殿下が声を張り上げた。



「フィリアーレ・セレストラル伯爵令嬢、前へ!」



 は? 私?


 ナルを見ると、なんで? という顔で私の顔を見ていた。


 面倒くさいなぁ、と思ったけど、まあ一応殿下のお呼びなので前に出た。ナルが心配そうに見ていたが、ナルは呼ばれていないので待機。



「何か御用でしょうか?」



 心当たりがなさすぎて、思わず簡潔な言葉を発しながらカーテーシしちゃった。でも、興奮している殿下には私の失敗に気付いていないのか続きを再開した。



「そなたはアリューシア・ドラシラ侯爵令嬢に脅され、ユリに危害を加えたな?」


「え? なんのことですか? 私、お二方とは話したこともないのですが」



 素で驚いてしまい、そう口に出してしまった。


 私の反応にヒロイン(笑)チームが驚いた顔をする。ちなみに(笑)が付いているのは、本当のヒロインは悪役令嬢っていう設定のドラシラ様だからである。



「嘘をつくではない! 王子である私が身の安全を保証する。だから真実を話すのだ!」


「ですから、お二方を遠くからお見掛けしたことはありますが、直接お話したことも、手紙でやり取りしたこともありませんわ。これが真実です。


そもそもドラシラ様が私を脅すのは無理がありますよ。ご存知かと思いますが、私の婚約者はベルトナール・ペルシリア侯爵の長男。侯爵の跡取り息子です。


同じ侯爵家ですが、序列のことを踏まえてペルシリア家のほうが上です。身分的には確かに私のほうが下です。ですが、婚約者のことを考えると、私を脅すのは愚策。博打もいいところですわ。


ドラシラ様は有能な方だと耳にしております。そのような方が、私の婚約者のことを考えず私を脅すなど、有り得ないのでは?」


「そ、それは弱味を握られて」


「その弱味に心当たりがありませんわ。大体、弱味を握られて脅されて、私の婚約者に迷惑を被るくらいなら、その弱味を堂々と公表します」



 そこまで言ったら、王子が黙り込んでしまった。どうしよう、という目で宰相の息子様に視線を投げる。


 え、私の証言だけが頼りだったの? 決定打だったの? ダメダメじゃない。



「と、彼女は言っておられますが、他に証拠……いいえ、証言はありませんの?」



 ドラシラ様がこてん、と首を傾げながら殿下に問う。殿下は狼狽えながら、声を張り上げた。



「か、彼女がそう訴えているのだ! それ以上の証拠があるものか!」


「それは証言に過ぎません。それに先程、貴男たちが証人として呼んだセレストラル嬢が、心当たりがないと仰っておりました。その時点で、貴男たちが仰る私の罪に信憑性がなくなりました。まさか、私を冤罪で陥れようとは……貴方方も堕ちたものですね」



 ドラシラ様が呆れた顔で、ヒロイン(笑)チームを見やる。



「あの、発言してもよろしいでしょうか?」



 私はおそるおそる手を上げた。



「なにかしら?」


「どうして、私がドラシラ様に脅されていた、という話になったのでしょうか? 先程申したように、私はお二方とお話したことがありません。つまり、私は無関係です。殿下たちはどこでそれを聞いたのでしょうか?」



 ドラシラ様を見ながら、殿下たちを一瞥する。殿下たちはヒロイン(笑)のほうに視線を向けていた。


 え、もしかしてヒロイン(笑)から? 噂とか他の人からの証言ではなくて? 話したこともないというのに、ヒロイン(笑)、どうして私に濡れ衣を着せたの?



「そうですね。それもハッキリとしないといけませんわ」



 ドラシラ様も殿下たちを見据えた。



「殿下。セレストラル様が私に脅され、デレシア様に危害を加えたという証言はどなたから聞いたのですか?」



 ユリ・デレシア。それがヒロイン(笑)の名前か。別にどーでもいいけど。



「そ、それはユリから……」


「は、はい! 私はたしかにセレストラル様にいじめられて……」


「そうだろう、そうだろう! セレストラル嬢が嘘を吐いているのは明白だ!」


「いえ、ですから私、お二方とは話したことがありませんし、これが初めてですよ。家宅捜査してもいいくらいに、私が潔白と言い張ります」



 もう相手するのが面倒で、返事が短絡的になってしまった。まあ、いいか。本当に面倒くさくなってきた。



「でも! こうも言っていました! ベルトナール様、いえ、ベル様に近寄らないでって!」


「え? アナタ、私の婚約者にも近寄っていたのですか? それも初耳なんですが」


「え」



 ヒロイン(笑)……もう(笑)つけるの面倒だから、デレシアでいいか。デレシアがきょとんとなった。



「私の婚約者と知りながら近寄った、という風にも聞こえますけど。それは淑女以前に常識的にどうかと思いますわ。あと、ベル様ってアナタが勝手に呼んでいるのですか?」


「ち、違います! セレストラル様もそう呼んでいるから、わたしにも呼んで欲しいってベル様に」


「私、ナルのことをベルって呼んだことないのですが」


「え」



 私は殿下に視線を向けた。



「彼女の言葉に矛盾があります。私の婚約者も証言者として、お呼びしてもよろしいでしょうか?」


「……ああ」



 よし、一応殿下からの許可を貰った。私はナルのほうを振り向いた。ナルは既にこちらに向いて歩いてきてくれて、私の隣に立った。



「殿下、ドラシラ様、こうしてご対面するのは初めてですね。先程、名が上がったベルトナール・ペルシリアです。以後、お見知りおきを」



 と、綺麗なお辞儀をした。



「うむ。発言を許す。君はユリと知り合いか?」


「知り合いというわけではありません。たしかに付きまとわれましたが、知り合いというほど仲が良いわけではありません」


「付きまとわれていたですって!?」



 驚いて、声を張り上がってしまった。すると、ナルがこちらに顔を向けて、柔らかく笑った。



「ごめんね。でも黙っていたわけじゃなかったんだ。鬱陶しいなとは思っていたけど、そこまで興味がなかったし、その後にフィーと会っていたから嬉しくて忘れていたんだ」


「なら仕方ないわね」



 私もナルと会うと、嫌なこと忘れちゃうからよく分かる。吹っ飛ぶというかなんというか。



「というわけで、えーと……」


「たしかデレシア嬢よ、ナル」


「そう、デレシア嬢が私がそう発言したと仰っていますが、私には身に覚えがございません。私がその言葉を言うはずがありません。私の愛称は家族とフィー以外、呼ばれたくないので」



 殿下に対して、堂々と言い放った。下手すれば不敬って言われるのに! ナル、格好良いわ!



「そんな……シナリオにはなかったはず……」



 ヒロインがぼそっと呟いた。ああ、たしか悪役令嬢系の小説で電波&お花畑な転生ヒロインがよくこんなことを呟いていたような。


 うむ、つまり転生ヒロインざまぁ系な小説の世界ってことなのかしらね? まあ、チェックメイトもすぐそこだから、どうでもいいか。



「シナリオ? なんのことだ?」



 殿下が怪訝な顔をして、デレシアを見やる。デレシアは慌てた様子で、首を横に振った。



「な、なんでもないです!」


「そ、そうか?」



 怪訝な顔をしていた殿下だけど、とりあえず信じることにしたらしい。


 でも、殿下の彼女に対する信用がベリベリと剥がれ落ちていっているような気がするわ。



「あの、戻ってもよろしいでしょうか? これ以上、私たちが話せることはなさそうですし」



 ナルが進言すると、ドラシラ様が殿下のほうを見た。



「殿下。どうされます?」


「あ、ああ。戻っても構わない」


「では、失礼致します。あ、最後に提案なのですが、話が長くなりそうなので、この後の話は別室でしたほうがよろしいのでは?」


「そうですわね。他の方にもご迷惑ですわ。殿下、よろしくて?」


「ああ、そ、それもそうだな。うん、では皆、別室に行こうか」



 最初の勢いと自信はどこへやら。すっかり萎んだ感じになった殿下と取り巻きとデレシアは、騎士に誘導されどこかへ行った。ドラシラ様もその後に付いていった。


 微妙……ほんとうに微妙な空気が流れる中、声を上げたのは第三王子だった。



「えー。会場の皆さん。愚兄が大変ご迷惑をお掛けしました。あんな兄たちを気にせず、どうかパーティーを楽しんでください。各々の家へのご連絡はパーティーが終わってからでどうぞ」



 普段から第二王子のことをどんな風に扱っているのか、ひしひしと伝わってくる緩いお言葉だ。まあ、気持ちはとても分かる。


 ホールの真ん中にいたので、元の場所に戻る。


 第三王子が自分の婚約者を引き連れて、ファーストダンスをし始めた。第二王子が会場を去っちゃったから、そうなるよね。


 第三王子のダンスが終わると、ちらほらとダンスを始める人が出てきた。



「僕たちも踊ろうか」


「そうね」



 差し出されたナルの手を取って、私たちもホールの真ん中へ移動した。







 パーティーの途中、お花を摘みに会場を出た私は、摘み終わったから会場に戻ろうとした。

 ら、思わぬ人と出会ってしまった。



「あ」


「……」



 わたしが思わず声を上げると、その人、デレシアはキッと私を睨み付けた。


 なんで? こっちが睨むことがあっても、デレシアに睨まれる覚えはない。こっちは彼女に濡れ衣を着せられそうになったんだから。



「デレシア様、お話は終わったのですか?」


「……」



 だんまりか。



「では、私はこれで」



 このまま彼女といるのは、あまり賢明ではない気がするから、ここで切り上げて会場に戻ろうとした。


 が、とても低い声で彼女に話しかけられた。



「どうして」



 彼女を見る。さっきは軽く睨まれただけだったけど、今はなんか親の仇を見るような目で、睨み付けられている。



「どうして、あんた、シナリオ通りに動いてくれないのよ」


「シナリオ、とは?」



 だいたい想像できるけど、念のため惚けてみる。



「あんたは悪役令嬢の手先のはずなのに、わたしを苛めてこないし関わろうともしない。苛めるのは他の令嬢だけで、肝心のあんたたちから何もない」



 あ、苛められていたのは本当のことだったんだ。自作自演かな、と思ってごめんね。



「もしかして……」



 ゆらり、と身体を揺らすデレシア嬢。なんかアサシンみたいだったから、思わず引いてしまった。



「あんた、転生者なの?」



 てんせいしゃ……? ああ、異世界転生でよく出る単語のあれ? あまりそういうの見たことなかったから、引き出すのちょっと時間が掛かった。



「そうよ、そうじゃないと説明がつかない。アリューシアが悪役しないのも、あんたが苛めてこないのも、ベル様がハーレムに参加しないのも、ベル様が黒髪を隠すためのフードを被っていないのも」



 フード? ああ、たしかに黒髪が忌避されるのなら、被ったほうが視線を気にせずにすむわね。今のナルは、私が褒めて褒め尽くしたから黒髪に対してコンプレックスは抱いていないから、堂々としているし。


 ナルがスキンヘッドになるって言ったときのことを、なんか思い出した。


 そうよね、黒髪が嫌ならスキンヘッドになればいいのよね。ここは彼女たちにとって乙女ゲームの世界だから、スキンヘッドにならなかっただけの話ね。オッケー、別の方向で納得。



「どうしてくれるのよ!! あんたのせいで、シナリオが崩壊しちゃったじゃない!! あんたはヒロインの踏み台なんだから、ちゃんとその役目を果たしなさいよ!」



 なんか勝手に決めつけられて、激高された。それでも殴りかかってこないのは褒めましょうか。



「…………いくつか確認させていただきたいのですが」


「なによ!」



 お、ちゃんと答えてくれる姿勢だ。うん、そこも褒めちゃう。



「ここはなんという乙女ゲームの世界なのでしょうか?」


「あんたやっぱりっ!」


「質問にお答えしてくださいませ。そうではないと、あなたの質問にお答えすることも弁解もできませんわ」



 弁解、という言葉を聞いて、デレシアはとりあえず姿勢を正した。うん、完全に電波系じゃないようでよきかな。



「ここは『恋の花は咲き乱れて』っていうゲームの世界よ!」


「そうですか……」



 やっぱり聞いたことがないゲームだ。



「内容は?」


「男爵の隠れ子であるわたしが父親に拾われて、男爵令嬢になって、この学園に編入して、悪役令嬢の妨害を躱しながら、高位貴族のイケメン達と恋をするっていう王道のやつよ」


「王道、ね」



 その内容を王道っていうのだから、これは決定打ね。



「ねえ、あなた。前世でどれだけ乙女ゲームをプレイしました?」


「そりゃもうたくさんよ! その中で一番このゲームが大好きだったんだから!」



 たくさんねぇ。ほ~う?


 手に持っていた扇を広げて、口元を隠す。そうしないと笑っているのが見えちゃう。



「遙か●る●の●で」


「え?」



 デレシアがきょとんとする。それに構わず、続けて言った。



「とき●き●モリ●ルGi●l●si●e1から3、薄●鬼、剣●君、ワ●ンド●ブチ●ン、●色の●片、アン●ェリ●ク、C●●CK●E●O」


「ちょ」


「ああ、プレイしたことはないけど、金●のコ●ダっていうのもあったわね」


「なんの話よ!」


「私が前世、プレイした乙女ゲームのタイトル。プレイしたかったゲームとか姉がプレイしたのもあるけれど、まあ置いといて」



 これだけタイトルを言えば十分でしょう。遙か●る●の●で、は正確にはプレイしたことがないけど、これは出さないとね。



「あなた、この中のゲームをプレイしたことがありますか?」


「な、ないわよ! 聞いたこともない! そんなマイナーなゲームなんか!」


「マイナー? それはおかしいですわね」



 おかしすぎる話すぎて、笑みが零れた。



「マイナーどころか、有名どころばっかりですよ。中にはアニメ化、映画化したものがあるし、元祖乙女ゲームって言われているのもある。それに昔から愛されているシリーズで、6まで出ていたやつもありますわ。ああ、前世で情報見たときは7を出る予定があったかしら」


「そ、そんなの古いから!」


「確かにあなたと私が同じ世代とは限らない。けど、この中にはリメイクされたものもあります。つまり、世代を超えているってことですわね。乙女ゲームをたくさんやったわりには、一つも名前を知らないなんて、ねぇ?」


 デレシアを横目で見やる。


 顔色が悪く、怯みながらも逃げの態勢は取っていない。ここでこの先の言葉を察して、逃げてくれればいいのに。


 まあ、頑なに信じているのだろうから無理なことか。



「それで、あなたは前世、どんなゲームをしたのですか?」


「え?」


「たくさんしたのでしょう? 乙女ゲーム。このゲーム以外でプレイしたゲームは? 言えないのですか?」


「い、言えるわよ!」



 デレシアが吠える。


 えーと、とデレシアは思い出そうと唸る。私は黙ったまま、続きを待つ。


 俯いているから、顔は見えない。けれど、だんだんと震えはじめていくのは分かった。



「ど、どうして」



 デレシアが狼狽えている。そんなデレシアにそっと話しかけた。



「思い出せない?」



 おそるおそるデレシアが顔を上げる。顔色悪かったというのに、さらに青ざめていた。



「おかしい……どうして恋咲きのストーリーなら、一句違わず覚えているのに、どうして!?」


「なるほど。逆にそれ以外は覚えていないのね」


「あ、あんたはどうしてそんなに覚えているのよ!?」


「さあ? でも、あなたがそれだけしか覚えていない理由は分かりますわ」


「ど、どういうことよ!?」


「まあまあ、焦らないで」



 それにしても、この子はなんで今まで他の乙女ゲームのことを思い出そうとしなかったのかしら? 前世の名前とか家族構成とか覚えているから、とか? それだと弱いか。恋咲きとやらのゲームの転生したことに舞い上がって、そこまで考えていなかったとか? あ、それっぽい。


 でもまあ、理由なんてどうでもいいわ。



「あなた、ストーリーが王道と言っていましたわね?」


「そ、そうだけど」


「それもおかしいことのですよ。先程私が述べた乙女ゲームには、悪役令嬢は出てきていませんから」


「…………は?」


「一つだけライバル令嬢が出たゲームはありますが、良いライバルなので悪役ではありませんね。ああ、と●メ●だと好感度によっては、友達とライバルというか険悪ムードになるのですが、まあ細かいことは置いといて。それどころか、攻略対象が全員貴族ではありません。中には現代が舞台のゲームもありますし、歴史物もあります。まあ、貴族はいますがあくまでも一人だけ、ですわね」



 まあ、私は攻略していないけれど。他のキャラが好きだったこともあるし、良い子なんだけどそういう目では、という理由で全員攻略していないのよね。他のゲームも然り。



「そもそも、攻略対象の性格が王道っていうのはあると思いますが、RPGのように、乙女ゲームには王道ストーリーはないと思うんですよね」


「じゃ、じゃあ、わたしが王道だと思っているゲームはなんなのよ!」



 焦っている焦っている。にやけ顔を堪えながら、その問いに答える。



「一応、悪役令嬢っていう言葉はあるのですよ?」


「なら!」


「けれど、それってジャンルの名前なのですよ」


「え……」



 デレシアが愕然とした。お構いなしにさらに畳みかける。



「ライトノベルのジャンルにね、悪役令嬢っていうのがあったのです。内容は乙女ゲームの世界に転生したけど、転生先が主人公を苛め抜き、パーティーの最中に婚約者の王子から婚約破棄をされ、没落もしくは処刑される悪役令嬢だったから、バッドエンドを回避するというのが大半みたいですよ」



 まあ、あまり恋愛ものの小説は読んでいなかったから、私もよく知らないけれど、大体そんな感じだったような気がする。



「それで、乙女ゲームのヒロインは普通に良い子か、もしくは同じ転生者で常識人か、ゲームの世界だからこの世界の中心はヒロインである私! っていう痛い子っていうのが多かったらしいですが。もちろん最後の場合は結局の所ざまぁされるっていうのがセオリーで」



 デレシアの顔がさらに青ざめた。死体よりも青ざめていないかしら。


 だんだん気付きはじめたみたいね。この世界の、本当の設定を。そして、本当の主人公は誰なのかを。



「今がまさに、それだと思いませんか?」


「あ、あ……」



 ガタガタ震えはじめたデレシアは、私を見据える。まるで化け物を見ているような目だ。


 私は化け物じゃない。けれど、彼女にとっては化け物なんだろうな、私。まあ、容赦はしないけど。


 扇をバシッと閉める。



「ねえ、デレシア様」



 そんなデレシア嬢に、にっこりと笑いかけて、トドメを刺した。



「本当の虚構はどっちなのかしらね?」







 SAN値直葬したデレシアを放って置いて、会場に戻る最中、前方からナルが駆け寄ってきた。



「フィー!」



 慌てた様子のナルに首を傾げる。



「どうかした?」


「どうかしたじゃないよ。あまりにも遅いから心配で」


「ああ」



 確かにお花摘みに行ったわりには、時間を掛け過ぎちゃったか。



「さっきデレシア嬢と遭遇しちゃって」


「え!? 大丈夫だった?」


「大丈夫よ。逆にお灸を据えてやったわ」


「つまり、懲らしめたってことだね」



 安心したのか、ナルの顔に笑みが浮かぶ。


 その顔をじっと見る。


 この世界は悪役令嬢の世界。あの悪役令嬢も、この国も、目の前にいるナルも虚構で、もしかしたら私も虚構なのかもしれない。


 けど。



「僕の顔になにか付いている?」


「なにも。ただ、ナルは髪だけじゃなくて瞳の色も綺麗だなって」


「なにそれ」



 私の褒め言葉に慣れたナルが苦笑するけれど、顔には、嬉しいって書いている。

 それに満足した私は、微笑んだ。



「心配してくれてありがとう、ナル。もう帰っちゃおうか」


「そうだね。今日はなんだか疲れちゃったし」


「あんなことがあったんだもの。しょうがないわ」



 ここで帰っても、第三王子である殿下から咎められないだろう。あの人は出来た人だから。



「それじゃ帰ろうか」


「ええ」



 ナルのエスコートで会場ホールを後にする。


 エスコートされながら、ナルの横顔をちらっと見る。






 ねぇ、デレシア。


 あなたは自分が主人公じゃないってこと、そして誰かに作られた偽物だったことを知って発狂したけれど、私は発狂しなかったわ。


 たとえ父が、母が、友が、この国が、この世界が、私自身が。全部が虚構でも、私は構わないわ。


 目の前に居るナルも、私の考えも想いも、虚構の一つかもしれない。


 けれど、それでもいいの。


 ナルが私の傍で笑って、私を愛してくれている。


 私のこの想いも本物だって、胸を張って言える。たとえ、偽物と詰まられようとも、偽物でもいいって思うの。


 だって、今が幸せだもの。それだけで、いいの。


 だからね、ゲームのようにナルを攻略しようとした、あなたに腹が立ったうえ、許せなかったの。


 その結果、発狂しちゃったのだけど、まあそのほうがあなたにとって幸せなのかもしれないわね。

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