好きと鳴かせて【5】

 二年ぶりに、小料理屋『四宮』が営業を再開することとなった。

 眞人さんが、戻って来たのだ。


「と言っても、毎週戻って来てたから新鮮味はないな」

「そうだねえ。多い時は、週に二回は帰って来てたもんね」


 開店の前日。

 長く火を入れていなかった厨房や店内の掃除を、わたしと眞人さんはふたりでしていた。

 と言っても掃除はもっぱらわたしの役目で、眞人さんはせっせと料理を作っている。

 開店を前に、修行の成果を披露してくれるのだそうだ。


 あれから、眞人さんは青森へと旅立った。修行をちゃんと終えてくると言って彼は行き、わたしは待っているからとそれを送り出した。

 わたしは新居のアパートに移り、エステサロンで働きつつ、眞人さんをいつまでも待ち続けるつもりでいた。

 のだったが。

 どれだけ時間がかかったとしても、会えない時間がどれだけ続いたとしても、絶対に待ち続けるんだからと覚悟していたわたしが拍子抜けしてしまうくらい、眞人さんは頻繁に戻って来てくれた。


「置いていかないでくれって言った俺が、白路を置いていってるんだぞ。嫌じゃないか、そんなの」


 そう言う眞人さんの顔は、いつだって優しくて、少し気まずそう。


「修行だって言うから何年もかかるかと思ったら、結果二年だし。なんだか、拍子抜けしちゃった」


 青森に出発する朝、涙をこらえて『行ってらっしゃい』と言ったわたしの覚悟は、それはもうすさまじいものだったのだ。なのに、全部無駄である、

 嬉しいのはもちろんなのだけれど、どこか釈然としない。


「一緒に居たいから頑張ったって言えば、素直に笑ってくれるか?」


 お出汁を確認しながらさらりと言う眞人さんに赤面する。うう、こんなの返事に困る。顔を赤くして押し黙ったわたしを見て、眞人さんが笑う。


「ほら、掃除頑張れ。あとでつまみ食いさせてやるから」

「やった! あ、でもやめておく。後のお楽しみだもん」

「ふ、そうか。じゃあ、そうしろ」


 店内を綺麗にし、隅には花を飾る。庭先の桜を一枝飾れば、店内がぐっと華やかになった。

 それから、テーブルの支度をする。三人分の、懐石料理の準備だ。

一つのテーブルに、三人分。

 『四宮』の再開前は、このひとと三人で食事をしたかった。だって、そうじゃなきゃ始まらない。


「来て、くれるかな」


 小さく呟いたのに、厨房から「ああ」と声がする。


「招待状、出したんだろう?」

「うん。そうだけど、さ」

「じゃあ、来るに決まってる」


 眞人さんが断言するのとほぼ同時に、引き戸がからりと開いた。そっと覗いた顔が、わたしを見て意地悪く笑う。


「なんだ、まだそんなファンキーな頭してるわけ? 笑っちゃうね」

「むか。懐かしいだろうと思って、わざわざかけたのに!」


 べ、と舌を出して、彼と視線を合わせる。一瞬の間を置いて、ふたり同時に笑った。


「待ってたんだよ。さあ、一緒にごはんを食べよう!」

「ふたりの好きな物、全部作ったからな!」

「それは、楽しみだ」


 さあ、三人で、ご飯を食べよう。

 三人の食事が、いつだって一番美味しいんだから。

                                   了



ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

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『好き』と鳴くから首輪をちょうだい 苑水真茅 @machi_s

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