6 『桜花の舞』

 どんなに抗っても、時間はどんどん過ぎていく。

 中学校から帰れば、私はすぐに奏さんの舞の教室に行かなきゃいけない。お母さんは近所の人たちに挨拶してくる、と出て行ってしまったから、1人で。


 うろ覚えの道を通り、何とか教室に辿り着く。恐る恐るドアを開けると、満面の笑みを浮かべた奏さんと不機嫌そうに頬を膨らませている花音が出迎えてくれた。

 …どうして、花音がここに?


「こんにちは」

「こんにちは。今日からよろしくね」

「はい!よろしくお願いします!」


 頭を下げると、あからさまに花音がため息をついたのがわかった。胸がずきりと痛くなる。不機嫌そうなのを崩さないまま、花音が奏さんに尋ねる。


「ねぇ、どうして鈴花がここにいんの?」

「それは、花音、あなたと同じ時間にレッスンが入っているからに決まってるじゃない。仲良くしてあげてね」

「はぁ?お断りです。――あたしは、あいつのことなんか信頼してないし」

「そう言わないで。…鈴花、と呼ぶわね。いい?」

「あっ、はい!」


 奏さんは微笑み、一度舞ってみましょうか、と言って曲をセットしに歩いていった。私がぼんやりと見ていると、苛立った声がかけられる。


「何してんの?あんたが舞うんでしょ」

「…え?でも、私、舞なんて…」

「見よう見まねで大丈夫よ。花音も一緒にやるし、ね」

「わかりました!」

「はぁ…めんどくさ」


♪~


 聞いたことのあるような、琴の音が中心になった和風の曲。花音は滑らかな動きで舞い始めたので、私もそっと動いてみる。奏さんが、じっとこちらを見つめていた。

 ――まるで、品定めするかのように。


 その視線には気付かず、私は舞い続ける。そのうちに、なぜか既視感デジャヴに襲われた。舞なんて、舞ったことないはずなのに。

 体が勝手に動く。知っている動きをするかのように、音もたてずに。脳内に次の動きが浮かび上がり、次の瞬間にはその通りに舞っている。花音が小さく目を見張った。


 …終わったとき、私はそこまで息が切れていなかった。花音でさえ、息が乱れているというのに。おかしいと、『私』が叫んでいる。一度でも舞を舞ったことなんてない。なのに、どうして――?

 その答えは、奏さんが教えてくれた。彼女がこぼした、呟きによって。


「…まさか、桃花様――?いや、そんなはずはない。でも…あれは紛れもなく、『桜花の舞』――…」

「…奏さん?」

「鈴花、あんた……?」

「え…花音?同じって、どういう…」


 問いかけようとした私の言葉を遮って、奏さんが震えた声で言う。



「見つけました…『選ばれし巫女』様。『桜花の舞』を舞える、鈴花様――」


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桜花の舞 彩夏 @ayaka9232

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