夢の終わり

鹽夜亮

第1話 夢の終わり

 夢が終わる。

 私が、約半年の間、緩慢に揺蕩っていた夢は、終わる。


「ハイオク満タン、あと四回分」

 コンビニのATMで残高照会を終えた私は、愛車の扉を閉めると、そう呟いた。ガソリンの残量は、既に四分の一を切っていた。

 私は急速に、そして確実に夢の終わりを感じていた。病に身をやつして、社会生活からドロップアウトした私は、この半年間、自らの貯金を切り崩して夢を見続けていた。それは、『生きる意味』を探すための、夢でもあった。だが、その目的は到底叶わないまま、たどり着いたのはこの有様だった。

「ええと、どこまでいけるかな」

 窮屈なセミバケットシートに身を預けながら、愛車の平均燃費と日本地図を脳裏で見比べてみたりした。何の意味もなかった。帰ってくるための燃料は、あるはずもなかったから。

「阿呆らしい」

 誰に言うでもなく悪態を垂れる。無様だ。そう思った。今の自分の悪態に対しても、夢に身をやつした自分に対しても。そして、それがいつか終わることを知りながら、ガソリンを浪費し続けていたことにも。

「なあに、金なんて稼げばいいさ。日雇いだって、短期だって、バイトなんかいくらでもある」

 無理やり口角を吊り上げた。ルームミラーに映った私の表情は、笑みというより痙攣のそれに近かった。嘘だ。嘘をついている。自分にも、何者にも。そうして、どうにか安心しようとしている。必死に、絶望から目を背けようとしている。

「嘘だ。俺は怖い。怖くてたまらない。不安で仕方がない。また地獄へ墜ちるのか。それとも、一歩踏み出しさえすれば這い上がれるのか?這い上がる?どこに?半年かけても這い上がる陸地なんてこれっぽっちも見つかりやしなかった」

 革製のハンドルは、いつも通り心地よい感触を私に伝えてくる。冷たくも滑らかなそれが、今は生温く生臭い人肌の何倍も心地よかった。

「ともかく」

 クラッチを踏み込み、エンジンに火を入れる。愛車はいつも通りの、健全な咆哮を上げる。

「あと四回。あと四回分、だ」

 私は、愛車のフロントノーズをコンビニの駐車場から、廃れた県道へと向けた。

 


 …四回分の命を抱えて、向かう場所など、知らないままに。

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夢の終わり 鹽夜亮 @yuu1201

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