飼い人の国

音澤 煙管

浜辺の向こうに小さな漁港。





この世界のどこかの国で、

そのまたどこかの場所に

こことは違う世界があったらしい。

時々、去年に亡くなったじいちゃんが言っていた事を思い出す。

思い出すのはフラッシュバックの頭の中で、現実には見ていないし想像の世界、そのニュースはとても心を痛めるものだから口にも出したくない、いわゆる動物虐待のものだ。


じいちゃんの話では、勉強好きの学生だった時の父親が徴兵を受け、戦場に向かった。訓練はとても短いものだったが、意志に反したお国の規制は耳にしていたのでそれに従った。小型の旅客船で丁度三日目の事、この時は空も海も荒れやすい時期で大嵐に遭遇したそうだ。徴兵を受けても人手不足で船員も舵を取っていたのは元漁民の人で、小型船舶しか動かしたことが無いと言う。それも相まって、航路がかなりズレてある浜へ座礁して遭難してしまった。その浜辺の近くには、日本と同じ様な小さな漁港があった。大嵐の中、海へ放り出された者や荒れていた波で船内のあちこちにぶつかって打ち所が悪く亡くなってしまった者もいて、おじいちゃんの父親を含む生き残った者は数名しかいなかったらしい。数名は、助けを求めるために恐々船を降り浜辺まで泳ぎ、遠くに見える小さな漁港を目指し歩いた。

浜辺近くの雑木林を入り、小高い丘を抜け獣道の様な無い道をひたすら歩いた。

漁港が大きく見えるに連れて民家も見えるようになった、人影もある。

用水路の様な小川を辿り、田んぼや畑らしい場所に来ると、女性が畑仕事をしていたので声をかけたらしい。

その女性は、太めの首輪をしていたのでこの土地の民族的な装飾小物だろうと簡単に思っていた、身なりは我々日本人とあまり変わらなかったので声をかけたが、こちらに気がついただけで返事は無い。

他国の地だから言葉が通じないのだろうと、他にも人は居ないか探し歩いた。二軒三軒と民家を通り過ぎて大きな木が一本立っている広場に出た、その隣には鳥居があり神社かお寺の境内へ向かう石造りの階段がある山へ向かう道があった。ここなら国や土地に詳しいお坊さんが居るだろうと階段を進むことにしたらしい。

見慣れた瓦屋根が見えてくると、神を祀るらしい建物の前に出た。

掃き出しの廊下で雑巾掛けをしているお坊さんが居たので声をかけた。

さっきの畑の女性と同じで気がつき振り向き目も合うが、話もせずにまた雑巾掛けを続けた。やはりこのお坊さんも首輪をして居た、しつこいと思ったが、もう一度大きな声で話しかけた。

雑巾掛けの手を止めてまた振り向いたお坊さん、今度は背中の方を真っ直ぐに指さし、また雑巾掛けを続けた。


不思議そうに顔を見合わせる、我々生き残った数名は、何も言わずにお坊さんが指差した方へ歩いてゆく。

建物の入り口で、


「御免下さい、誰か居ますか?」


と言うが返事は無かったので入り口を通り越して更に進むとお手洗いがある。石ころが敷き詰められた道になり、牧の木の低い塀を左へ進むとこの建物の持ち主か和尚さんの住居があった、ここなら誰か居るだろう


「御免下さい、誰か居ますか?」


と、さっきと同じ様に尋ねた。そうすると返事がした。


「はい、はーい。少しお待ちをー」


初めてこの地の住人の声を聞いた。

しばらく待ってみると、トラ模様の猫がやってきた。猫を飼って居るんだと思い、よしよしと手を伸ばそうしたところ、


「なんの御用ですか?」


とても驚いた、人間の言葉を発する猫だ。わたしと他数名も腰が抜けるようにそこへ座り込んで目の前の猫を不思議に見る。わたしが、恐る恐る尋ねて話すと、


「ここは、どこですか?

あなたは猫ですよね?」


猫は言う……


「そうですよ、わたしは猫。

あなた達は人間の格好をして居るけど、首輪は無いからよそ者だね?

ここは、あなた達人間が滅んだ後の猫の国。まだ、あなた達の様な放し飼いの人間が居たなんて驚きました。」


「ね、猫の国っ?!」


「そうです。猫や動物愛護の人間も居たけれど、反逆罪だとかで全て殺され、わたし達猫だけこのお寺に逃げ込んで集まって時を待った。そして人類史上最後の戦争が起こって、この辺りだけかろうじて助かり、わたしのおじいちゃんが猫の国を作った。

生き残った人間たちを探して、戦争前のそれ迄とは逆の世界にして、人間たちをペットではなく使用人として飼っているんだ。あなた達は、どこから来たんだい?この国も、その裏の山を登ると遠くに見える国は犬の国と言う噂だよ。

交流はたまにあるが、そこでも人間たちを使用人として飼って居ると聞く。ここはもう人間世界では無いんだ、生きて過去の様な人間として生きたければ悪いことわ言わない、帰りなさい。そして戦争なんて二度と起こさない様に伝えるんだ。」


座り込んで居た数名とわたし達は何も言わず、慌ててその寺から走り去った。階段を降り、浜辺へ向かって一目散に逃げ、海を泳いで船に戻った。その日の夜までわたし達は無言で過ごした。月も出て居たが、次第に雲に隠れ空が荒れてくると船に当たる波しぶきに気がつき、遭難した時の様な嵐になった。

波が強くなり満潮を迎えると船が動き出し、生き残った一人に元漁民が居たので舵を取ってもらい浜辺を離れたらしい。

一晩中航行したが、やがて燃料も切れて数日の間漂流していると他の漁船に助けられて日本へ帰ることが出来た。帰還した時には、戦争も終わって居て住んでいた町も立て直していた途中だった、と言う話だ。


猫の国がその後はどうなったのかわからないし、それがどこにあったのかいつ頃かもわかっていないらしい。

不思議な体験をした……

と父親は半信半疑で話してくれた、とじいちゃんの話を思い出した。




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