エピローグ

 それは、うららかな陽気の五月半ばの土曜日の事だった。

 俺が部屋でゲームをしていると、テレビ画面に空いた穴から霧子がひょっこり顔を出す。


「ねぇ、お兄ちゃん。デート行こうよ」

「あー! 邪魔だ! ていうか兄妹での買い物はデートとは言わねぇ! それより今はマンティスビレッジの隠し武器出すので忙しいんだよ!」


 兄妹でありながら男女であり、しかし恋人ではないという結局よくわからない関係に落ち着いた俺達は、なんだかんだでいつもとそんなに変わらない日々を過ごしていた。


 ただ一つ変わったのは————


「じゃあ、オニイチャン……あれ、しようヨ」

「あ、あれか……? お前あれ好きだなぁ。今週何回目だよ」

「ねぇ、いいでショ? ア・レ」

「お前あれやりだすと長いからなぁ……一回だけだぞ」

 そう、霧子はあれをやりだすと長い。一度終わっても何度も何度も求めてくるので、終わる頃には俺はヘトヘトになってしまうのだ。


「オニイチャンだって好きなくせに」

「まぁ、嫌いじゃないけどさ……」

 しかし、俺もあれが嫌いじゃないというのもまた事実であった。


「エヘヘ……じゃあ、あれの準備してくるネ」


 そう言って霧子は異次元に引っ込むと、数秒後に今度は普通にドアから入ってきた。霧子の手には長方形の四角い小さな箱が握られている。


「やっぱりトランプと違って高級感があるよネ、花札」

「あぁ、渋くていいよな、花札」


 ただ一つ変わった事。それは、俺達が兄妹揃って花札にハマったという事だ。

 なぜ花札なのかと聞かれると、霧子がレンタルDVD店で借りてきた映画の中に花札が出てきたのがきっかけなのだが、やってみるとこれが中々面白かったのだ。俺達はトイレ掃除や食器洗いをかけて花札で勝負する事もある。


 後は……些細な事であれば、霧子の俺への迫り方が少し変わったくらいであろうか。

 風呂への乱入とか、いつの間にか添い寝してたとか、そういう強引なアプローチがなくなり、普段からちょっと可愛めな服を着るようになったり、軽いボディタッチをしてくる事が増えたような気がする。ただ、夜寝ている時にたまに視線を感じるのは気のせいだと思いたい。

 まぁ、変わった事と言えばそれくらいだ。


 そうそう、それから、俺の怪我が治った頃にみんなへのお礼を兼ねて、金田の実家であるお好み焼き屋の『クロガネ』に行った。

 女の子達を引き連れて来店した俺を金田の親父さんとお袋さんがめちゃくちゃイジってきたけど、料金を割引してくれたし、女の子達がハフハフ言いながら熱々のお好み焼きを食べる姿は可愛かった。

 ただ、指宿先輩が「熱いからフーフーして」と言うのでフーフーしてあげた時、霧子の目がサイコパスの目になっていたのが怖かった。


 あぁ、そうだ、そういえば驚いた事があった。

 滝波さんに洗脳されていたあの忍者みたいな格好をした影山とかいう奴。あいつが指宿先輩の店にやってきて、指宿先輩に告白をしたらしい。

 結果は普通に振られたらしいが、店がちょうどアルバイト募集中だったのでアルバイトとして採用したそうだ。これから店に行ったらあいつがいるのかと思うとかなり気まずい……


 ってな具合に、そんなこんなで俺達は平和な日常を過ごしている。


「はい、五光ダヨ」

「嘘だろ!? お前イカサマしてないか!?」

「えー、してないよー」

「もう一戦だ、もう一戦!!」


 霧子はテレビゲームは下手なくせに、こういう心理戦や頭を使ったゲームはやたらと強い。だからこそ対戦していて面白いのだが……


 ピンポーン


 霧子が札を配り直していると、玄関のチャイムが鳴った。

 大方金田でも遊びに来たのだろう。


「金田さんかな? 私出ようか?」

「いいよ。俺が出るから配っといてくれ」

「ううん、もし金田さんならジュース出さないといけないから、私も一緒に下りる」


 相変わらずよくできた妹だ。妹品評会に出せば金賞だろう。

 しかし、金田が遊びに来たのならカモが来たぞ。あいつは喧嘩は強いけどアホだし、霧子にやられた悔しさを存分にぶつけてやる。


 そんな事を思いながら俺は一階に降りて、玄関のドアを開けた。するとドアの向こうから眩い光が差し込み、俺は目を細める。光のせいでよく見えないが、シルエット的に来訪者は金田ではなさそうだ。


「ど、どちら様ですか」

「こちら、阿佐ヶ谷本介様、旧姓波多野本介様のご自宅でよろしいですか?」

「は、はい。本介は俺ですが……あなたは?」


 徐々に光に目が慣れてきて、来訪者の姿が露わになる。

 そして俺は息を呑んだ。

 玄関先に立っていたのは、真っ白な服を着て背後から後光の差す程に眩しい笑顔を浮かべた美しい女の子だったからだ。


「私、九年前にあなたのお父様に命を救われた、白夜光びゃくやひかりと申します。あの時の恩返しに参りました。私をあなたのお嫁さんにして下さい」

「えぇっ!?」


 ガシャン


 背後でグラスが割れる音がして、振り返るとそこには目を見開きワナワナと震える霧子がいた。


「オ、オニ、オニイチャン……どういう事カナ?」

「ま、待て霧子! 落ち着くんだ!!」

「オ・ニ・イ・チャ・ン!?」


 どうやら、また一悶着ありそうだ。

 俺の青春はまだまだ終わらない。





 異次元空間を操る能力者の妹が、俺の恋愛を全力で邪魔してくる件について。


 第一章〜完〜

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