第20話大和を巡る…一線は3

 食事を終えて、歯を磨くなど身支度が調うと、二人は痛みで軋る身体を無理矢理動かして宿を出た。一応、近くの長谷寺をお詣りした。階段が続く、そして本堂の前の舞台からは眼下に緑の景色が見える。今日の目的の第一は、初瀬川に行くことである。大和川の上流の古名である。古事記に記される、何故か父は涙ぐむ、その地に何となく行きたくなった、二人とも。長谷寺の脇の緩やかなのぼりの坂道を歩き、初瀬ダムを過ぎてしばらく進むと、初瀬川になる。その川にそってしばらく歩く。何もない。父が言うように、抹殺というより、故意に無視されている物語なのかもしれない、とあらためて思った。初瀬山もあるが、登山道が整備されているわけではなく、ちゃんとした準備なしには、400m少しの山と言っても登れるものではないので、近くまで、見るだけでもと思って足を進める。“痛い!”

「あれかな?」

「そうらしいな?」

 山々を下から見上げながら、二人は顔を見合わせた。その後、痛い足を引きずりながら、飛鳥まで戻って古墳を見て回り、宿に帰って大風呂にそれぞれ入り、

「う~、身体にしみる~。」

「身体が少し楽に~。」

“今日こそは眠らないで!”と心に期して、食事の時も言葉少なげな中にも、二人は燃え上がっていた。準備が整って、その夜。

「鏡華!」

「お兄ちゃん!」

 布団の上で対面で、まず手を握り、ゆっくりと力を込めて抱きしめあって、震えながら唇を重ね、舌を絡ませあい、互いの唾液を飲み込み、長い口づけを続けた。唇を離して、荒い息をしながら、玉輝は鏡華を布団の上に押し倒した。次を、鏡華が不安と期待で待ったが、玉輝の動きが止まった。そして、小さな声で、

「足がつったあ~。」

 鏡華から身体を離し、隣に大の字になると右脚を抱えてうめき声をだした。2、3分で治まって足を伸ばしたが、痛みは残り、自由に動かせない。それを見て、“私が”と鏡華が上にと動きかけた時、玉輝と同様に固まってしまった。

「私もやっちゃった~。」

 小さくつぶやくと、兄同様に右脚を抱えて、うめき声をあげながら転げ回った。この後、もう一回試みたが、二人とも、また、足をつってしまって、うめき声をあげて転げ回ってしまった。

「駄目だね。動くと、また二人、つってしまいそうだ、ゴメン。」

「私も、また、つりそうで、動けないよ。今日も駄目だな、ごめん。」

「いいの。私も動けないから。」

 結局、また二人は吹き出して笑い出した。

「今、やろうなんて考える必要なんかないよね、お兄ちゃん?」

「そうだな、僕はこのままでも鏡華を愛する気持は変わらないし…。」

「私だってそうよ、どうであっても、お兄ちゃんを愛しているもの!」

「ごめん。夢に何だか引きずられてしまって。」

「夢?私も夢で…。どんな夢だったの、お兄ちゃん?」

「え?」

 二人は同じ夢を見ていた。父母が帰って来ていた夜。二人は、何故か深夜、一緒に部屋を出た。暗い二階の廊下に灯りが漏れていて、そこには部屋がないはずなのに、戸があった。二人は無言で頷き合って、その戸を静かに開いて中に入った。そこには、父が背を向けてたっていた。なぜ分かったのかは分からない。兎に角

、父とわかったのだ。彼の前には、ウサギ耳の女や猫耳の女、髪を切りそろえた和服の女がいた。

「あいつら鬼は、木梨様を無することが目的の言霊により生み出された存在だ。今度こそ、皆殺しにして、本来存在しないものに返してやる、集められるもの全てを集めて。」

「おやじ様の思いのとおりに。」

 ウサギ耳の女、猫耳の女、和服の女達は、残忍な笑みを浮かべていた。父が振り返った。二人は、ギクリとしたが、身体が動かなかった。父の顔は、二人の知らない悲壮感と使命感と残忍なものだった。何故か、父は頭を下げ、

「陛下、御安心下さい。ユラやハルカも加わりますから、必ずや、奴らは必ずや殲滅、存在しない元の状態に戻してやります。」

 その後は、記憶がなく、気が付くとベッドで横になっていた。同じ夢を見た、そんな不思議なことに縛られていたと二人は思った。もちろん、朝、念のために確認したが、そのような戸はなかった、見つからなかった。

「軽皇太子と軽大郎女と僕達を同一視したのかも。父さんからは、不敬だと怒られそうだな。」

「私達は別だよね。このままの関係でも、お兄ちゃんとの愛があればいいよ、私は。あ!身体と心は違うからなんてのは、浮気だよ、許さないからね!」

「厳しいな。いつまでも、鏡華だけだよ。」

「私もよ。」

 二人は、半身を起こし、唇を重ねた。少し無理な姿勢だったせいか、脚に痛みが走った。しかし、二人はそれに耐え、口づけを続けた。

 次の日、二人は新幹線で寄り添って座っていた。 

「処女と童貞でもいいよね?」

「できるだけ頑張ろう。」

「頑張れなかったら?」

「その時は、無理せず、流のままにでもいいんじゃないか?」

「いい加減なんだから、ふふ…。いいんじゃない?」

 念のためと言って笑いながら、家の寝室のベッドの枕元コンドームの袋に、二人の手が絡み合いつつ、争い合うように、探すように伸びていったのは、その日の内だったのか、どのくらいかたってからのことだったのか、そのまま手に取れたのか。


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初瀬川兄妹の仲は険悪だ 確門潜竜 @anjyutiti

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