果実売りの少女
結城れう
第1話
「うげっ、今日の給食、果物が入ってる」
他の生徒が運んできたトレイの中には少年が大嫌いな果物が入っていた。
目の前でじっと少年の様子を窺っていた、風船のようにプクプクと膨れたお腹を持つ小太りの少年は、少年の言葉を聞くや否や食い気味に発言した。
「いらないなら僕が貰っていいですか?」
嫌いな食べ物があるといつも誰かが食べてくれたので、少年は無言のままお皿を差し出した。
「ところであそこの席はどうしていつも空いてるんだ?」
お皿を差し出したついでに、窓際の空いている席を指差して少年は訊ねた。
「あ〜、あそこの席のやつは貧乏で、給食に払う金もないから毎日休んで働いてるんですよ」
「働いてる?」
「はい、とは言っても誰も買うわけがない呪いの果実を売ってるんで、どっちにしろ何の意味もないと思うんですけど」
この国には誰も食べようとしない呪いの果実と呼ばれているものがあった。
昔、とても性格の悪かったお姫様が、その果実に呪いをかけ、どこかの国の王子に食べさせて、殺してしまったという恐ろしい伝説だ。
少年にとっては席が空いていることが気になっただけで、果物の話などどうでも良かった。
馬車に乗って少年が帰宅していると、街中で雪のように白い肌をし、赤く染まった頰と艶やかな黒い髪を持つ一人の少女を見かけた。
見たこともない真っ赤に染まった果物を、一人で売っている。
少年は馬車から降りると、少しの間少女の方に視線を向けた。
大人達は少女には目もくれず、まるで何事もないかのように少女の前を通り過ぎて行く。
少年はふと頭に疑問がよぎり、少女に近づくと訊ねた。
「なぜ、君は誰も買いもしないその果実を売っているの?」
少女はいきなり話しかけられたことに驚いた様子だったが、顔を下に向けて自信なさげに答えた。
「この果実はお父さんとお母さんが育てていた大切なものなんです。みなさんは呪いの果実だとか仰っていますが、ちゃんと食べれるんですよ」
「それだけで学校を休んでまで売るっていう理由になるの?」
少年が訊ねると少女は驚きながら言った。
「私が学校を休んでいることを知っているの?」
「う、うん、いつもクラスの席一つだけ空いてたし……噂に聞いてたから」
「そうですか…」
それだけ言うと少女は押し黙り、数秒の間沈黙が続いた。
少女は考え事をするかのように下を向いていたが、意を決したかのように顔を上げると少年の方に目を向けて答えた。
「実は私のお父さんとお母さんはもう居ないんです。二人が私に残してくれたのはこの果実がなる木だけでした……。だから私は学校を休んでこの果実を売っています」
少女の話を聞くと、少年は悪いことを聞いてしまったと思った。
「そうだったんだ……。ごめん、何も知らなかった」
「いえ、構いません」
少年は、少女のことを気の毒に思いつつも、呪われた果実を売ることが危険なように感じた。
「君が学校を休む理由はわかったけど、だからって呪いの果実を売っていいとはならない」
少年の言葉を聞くと、少女はそのまま黙り込んで、また顔を下に向けた。
少女はさっき、目の前にある真っ赤な呪われた果実を食べられると言っていた。
それには何か理由があるように少年は感じた。
少年は黙っている少女を見つめ、言葉を投げかける。
「食べられると言ってたけど、何でそんなことがわかるの?」
少女は俯いていた顔を上げると、少年の方を見つめ直す。少年のことが信じられるかどうか、それを確かめているようだった。
「黙っていても何もわからないし、変わらない」
少年の言葉を聞いた少女は、籠の中に入った果実に目をやると、ゆっくりと口を開いた。
「この果実は呪われてなんかいません。昔お父さんとお母さんがよく言ってくれました。この果実を呪ったのはこの国だって」
「この国?」
「はい。この国の王族が栄えたのは、この果実と私たち一族のお陰なんです」
少年は、少女が何を言い出しのかよく分からなかったが、勇気を振り絞ってって話す少女の話を止めようとはしないでいた。
「この果実が呪われたと言われる理由を知っていますか?」
「あぁ……。確かその果実に呪いをかけたお姫様が王子に食べさせて殺したと聞いた」
「はい。しかし、その言い伝えは本当だと思いますか? お姫様が王子様を殺すなんて」
今まで深い意味など、少年は考えたことがなかった。そもそも呪われた果実の伝説などを知る以前に少年は果物が嫌いだったからだ。
「お姫様が王子様を殺す理由なんてありません。果実を呪う力なんて誰も持っているはずがない」
言われてみればそうだと少年は思った。呪いの果実だ何だと言われているが、人が呪いなんてかけれるとは思わない。
「お姫様の悪い噂を広めたのはお姫様の義理の母だ、と両親は言っていました。誰からも気に入られていたお姫様を憎んで『お姫様が王子様を殺した』と悪い噂を広めてお姫様をお城から追放しました。王子様を殺したのは自分なのに……」
少女の話を聞く限り、とても信じられるような話には思えなかった。
しかし、考えてみれば『呪い』なんてものも到底信じられるものではないように感じる。
少年は頭の中で少女の話を整理し終えると、少女に対して尋ねた。
「君の話を信じると、今の王族はその義理の母の末裔で、お姫様の末裔が君ってこと?」
「そうです」
なんて都合のいい考え方だろうか。少年はそう感じた。少女の話を信じることは出来そうにもなかった。
「もしかして、その呪いの果実が売れるように嘘をついているの? 君にとってそれが必要なのはわかるけど、それを売るなんて認めない」
少年は、少女の腕に掛かっている呪いの果実の入った籠を無理やり奪い取ると、少女の空いた手にお金を押し付けた。
「これの分のお金。この果実はもう売っちゃダメだ」
少年はそれだけ言い残すと、少女に背を向けて、そのまま馬車に乗った。
残された少女の姿を見ることもなく馬車を出す。
少女と別れた後、少年は馬車に乗って真っ直ぐ家に向かった。
少女から奪い取った呪われた果実を手に取ると、そのままそれを眺めた。
いくら自分が少女からこの果実を奪ったところで、少女は裕福にはなれず、呪いの果実を売る少女として周りの人間から恨まれて過ごすことになるだろう。
(何かあの少女に出来ることはないだろうか…)
そんな考えが少年の頭の中をチクチクと棘のように突き刺していた。
次の日、少年が帰り道に少女の元へ向かうと、小太りの少年と他数人が少女のことを取り囲んでいるのが目に入った。
小太りの少年が後ろから少女の肩を思い切り押すと、少女は簡単に転んでしまった。
少女の持っていた籠からは、沢山の真っ赤な果実が転がり落ちた。
「お前、呪いの果実なんて売りつけやがって、気持ち悪いんだよ。お前ら見ろよこの色、血みたいな色してるぜ。こんなん食べたら死んじまうよ〜」
小太りの少年は少女のことを馬鹿にすると腹を抱えるように高らかに笑う。友達と思われる者たちも真似するように笑っている。
そんな中、少女は必死に転がり落ちた果実を拾おうとしていた。
それに気づいた小太りの少年は果実を先に拾うと少女に投げつけた。周りの友達も同じように投げつける。
少年は誰かがこの状況を止めてくれるだろうと周りを見渡したが、大人たちは何事もなかったかのようにその場を立ち去っていく。
少女は背中を丸めて必死に耐えている。
売るなと言ったのに何故売っているのか……。
暴力まで振るわれて、そうまでしてなんであの果実を……。
そんなことを頭の中で考えていると、ふと少女の目から涙が溢れるのが目に入った。
少女の涙を見た瞬間、少年の中で果実を売る理由など、もうどうでも良いものように感じた。
少年は乗っていた馬車から降りると、そのまま少女のいる元へと向かう。
少年の存在を認知すると周りの者たちは果実を投げつける手を止めた。
少年が目を向けると、少女は震えながら顔を伏せて涙を溢している。
近くにより少年は少女の背中を優しくさすった。
周りの人間たちはその様子に驚いたのか、誰も言葉を発しない。
少女が少年の方を見上げると、少年は優しく少女に微笑みかけた。
そして呪いの果実と呼ばれていたものを手に取ると、その場で一口かじった。
「おいしい…」
それだけ言うと少年は残っていた部分を全て食べた。
小太りの少年たちは立ち尽くしていたが、気まずくなったのかその場から逃げるように立ち去った。
少女が落ち着くと、落ちていた他の果実を拾って籠に入れ、少女の元に食べた分のお金を置いた。
少年はそのまま馬車に乗ると、少女の元を去った。
数日経つと、果実を売る少女の前には数え切れないほどのお客たちが並んでいた。
お客たちは少女に対して次々に決まった噂を残していった。
「聞いたわよ、その果実……この国の王子様が食べて美味しいと言われたんですって? なーんでもっと早く売ってくれないのよ」
「見た目はこんなに紅いのに、中は凄くみずみずしくてサッパリしてるんだな! 王族が食べるだけのことはある!」
少女の顔は、以前とは比べものにならないほどの笑顔に満ち溢れていてた。この国には少女の売る果実を呪いの果実と呼ぶ者は誰一人として居なくなっていた。
果実売りの少女 結城れう @reu_uta
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