第22話 亮太くんの色③
日が暮れかけている。日が暮れることをネガティブに捉えるとしたら、私の心の中の太陽は昇っているような、沈んでいるような。とても複雑な状態だ。
県大会まで後少し。部員と先生の雰囲気がピリピリしてきているのがわかる。少しでもこの雰囲気の流れに逆らうようなことが起こったら、自分の中の何かが崩れ去ってしまうような気分になる。逆らわぬよう、崩さぬよう、この流れに上手くのって、今日という日を終えた。身体だけでなく、心の奥底に潜んでいる魂までもが震えている気がした。
「あれ、咲紀。今日着替えるの早いね。どうしたの?」
志穂にそう言われ、ハッとする。私の心の奥底の魂は部活の疲れだけでなく、これから起こることに対する緊張感でも震えていたことに気付かされた。
「あ、うん。今日ちょっと用事あってさ」
「ああそうなんだ」
志穂の反応の薄さからして私の動揺はバレていない。良かった。
てかなんで私動揺してるんだろ。
ただ一緒に帰ろと言われて、帰るだけなのに。特にこの部活のルールに反するようなことをするわけではないのに。
そんなことを頭の中で考えると、何故だか心拍数が走り込みをしたときのように増えていく。その心臓の動きの速さを抑えたくて、急いでバッグを抱え、みんなにじゃあねといって、部室を後にする。この謎の鼓動の速さに悩んでいる暇はない。彼はもう門の前で待っているんだ。
私はわざとじゃないかと自分でも思うくらい、ローファーを大きくカッカッと鳴らしながら、小走りで門へ向かった。
門が見えた。邪魔にならない絶妙な位置で、何もせず呆然と立っているガタイのいい男子。なんだかいつもより彼の身体が小さく見えた。
「ごめん待った?」
「お、おう。全然待ってないよ。い、いこうか」
初デートの男女のベタなやりとりをしてしまって、恥ずかしくなる。そしてまた稼働が早くなる。
2人が並んで歩けば塞がってしまうくらいの狭い歩道を塞いで歩く。最初は教室にいる時同様、部活のこと、授業のこと、先生のことなど他愛もない話をした。いつもと同じだった。唯一違った点は、亮太くんの雰囲気だ。門で会った時からずっと緊張感を醸し出している。まるで帰国子女であるかのように上手く日本語が出てこないし、顔が引きつっている。
「…なあ、石倉」
今まで普通に喋っていたのに、改めて名前を呼ばれ、とても違和感を感じた。その違和感は、彼が今まで感じていた緊張から解放されようという決心を表しているような気がした。
「…手、、繋がない?」
「え、、、?」
思わず声が漏れた。目が自然と彼の手の方へ行く。その大きな手を見てから、彼の顔を見ると、彼の目は泳いでいてその目が私に合うことはなかった。私達の歩くスピードが遅くなった気がする。
突然会話が途切れて生まれたこの沈黙が気まずい。でも返す言葉が見つからない。頭では考えていても、答えが見つからない。頭の中でそうこうしてる時、ふと彼の左手が私の右手に触れた。それだけで、手の暖かさを感じる。この熱は彼の手か、それとも私の手か。
また手が触れた。さっきより、長い間触れている。その暖かさをより強く感じる。お互いの手が何かを探るように動く。そして何かを見つけ出したかのように、掌と掌が重なり合いガッチリと嵌る。5月下旬、もう寒さなんて忘れ去られ、むしろ暑くも感じるこの時期に人の熱をこんなにも欲し、心地よさを感じるとは思わなかった。そして、沈黙は続く。だけど、気まずさは全くなかった。今つながっている手同士が会話をしているからだろうか。
私の家は彼の家と近いわけではない。一緒に帰る時間はかなり短い間だった。
「じ、じゃあ俺、こっちだから、帰るね」
「うん。また明日」
繋がっていた手が離れる。掌が肌寒く感じる。私はその寒気のする手を使って、彼にバイバイといった。
家のある方向へ歩く。今日も夕日がとても綺麗だ。夕日の光が暖かい。だけどさっきの手の暖かさと比べたら何か物足りなさを感じた。私は一歩、二歩とたまにスキップをしながら歩いて帰った。
その時私は目の前の夕日に見惚れて気づかなかった。歩いてきた道の方向には曇り空が広がっていたことを。明日は雨の予報だ。
赤色に染まる 京介 @sugikyo
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