第21話 亮太くんの色②

 チャイムの音が今日一日の学校生活の終了をお知らせしてくれた。待ちくたびれた。新学期が始まって、2か月が経とうとしている。さすがにこの時期になると、クラスの雰囲気、一つ一つの授業の新鮮味が薄れていくようになる。学校の授業は最初はやる気はあっても、ある時を境にマンネリ化し、やる気の「や」の字も見えなくなっていく。それと比例して授業で使うノートの字も汚くなっていく。テレビでも取り上げられるくらいの「学校あるある」だ。

 

 最初の時期に見られたクラスの活気も段々とエネルギーが失われていくように思えた。そのエネルギーが補充されるのは、帰りのホームルームが終わるときくらいになった。その時にはクラスの活気なんて必要がないんだけれども。

 クラスのエネルギーが補充されていく様子を見ながら、空になって元気を失っていた私のスクールバッグに教科書ノートを補充していく。

 この時間になると、私も部活ができると思って、テンションが上がっていたが、なぜか最近は思うように気分がのらない。別に走るのが嫌いになったわけではないし、悪いことをしたわけでもない。私の心と身体に何か重しがズッシリと乗り上げてくるような気持ちになるのだ。まるで私の体の中にもう一人の人間が住み着いてしまったかのように。

  

 「石倉」

後ろから声がする。亮太くんだった。私はなぜか重い体を軽々と見せようと必死になる。この体に住み着くもう一人の人間を他の人に見られてはいけないような気がした。そして、今日の昼休みにあったことを思い出し、私は彼の顔を見れなくなる。さすがに全く顔を見ないのも不自然だし、逆に恥ずかしいので、チラッと彼の顔を一瞬見る。その一瞬で彼と目が合い、彼も目をそらすのが見えた。お互いの視界にお互いを入れぬまま、会話がスタートする。


「石倉、あのさ、今日の帰りなん、だけど」

変なところで文節を区切ったことが彼の緊張を表現している。彼のいつもと違う雰囲気にかなり違和感を感じ、少し動揺しそうになるが、これ以上気まずくなると、今後の学校生活に支障をきたしそうなので、「うん、なになに?」と陽気な感じを無理矢理醸し出すことを意識しながら、彼の話の続きを促す。


「…あの…」

なかなか言おうとしない。私の陽気な感じが裏目に出てしまったかも、と思った矢先、とうとう彼が本題を口にした。

「…一緒に帰らない?」

「え?」

私の口から変な声が漏れてしまった。私が話しやすいように促した癖に、私が同様のあまり、異様な雰囲気を創り出してしまうような気がした。なんとなくはわかっていた。でもいざ言われるとどうしたらいいのかわからない。

 でも、ただ一つ言えることは、亮太くんの口からその言葉が発せられた時に真っ先に頭の中に思い浮かんだのが陸上部の姿だった。グラウンド、ハードル、芝生、スパイク、部員、部長、そして工藤先生。陸上部に関連した要素の一つ一つが走馬灯のように私の頭の中で流れていった。この亮太くんのさりげない誘いの言葉が私を人生の岐路に立たせたようだ。

 グラウンド、ハードル、芝生、スパイク、部員、部長、工藤先生、

 またいくつかの要素が私の頭の中を高速でエンドロールのように流れていく。そしてさっきと違う要素までもが流れてくる。

100メートル、優勝、練習、神楽西高陸上部らしさ、、、、恋愛。

その要素の羅列が何を意味しているかは分からない。


「…うん」


言った。いや、言っていた。気づいたら言っていた。亮太くんの誘いを受け入れていた。ほぼ頭の中のエンドロールの流れと同時に「うん」と言っていた。私が返事をするまでどれだけ時間が経ったのだろう。


「お、おう。そしたら、部活終わり、正門で、待ってるね」

亮太くんの異様な文節の区切り方は変わらなかった。顔をちらっと見たけど、薄っすら頬がピンク色になっていた気がした。私はもう一度「うん」とだけ返事をし、走り去っていく彼を見送る。


 見送った後、視界にある廊下、掲示板の風景がいつもと違うように見えた。昼休みに見た屋上からの風景の事も思い出す。今日一日で、私の周りの風景がどれだけ変わってるんだと心の中で自分にツッコミを入れる。頭の中がフワフワとしている。体が軽くなったような気もする。今なら100メートルを自己ベストで走れるのではないかと思えるほどだった。

 そして、今まで心の中にあったわだかまりが消え去っていることに気づく。なぜだか心がウキウキしだす。


 私は心の中でスキップをしながら、部室に早足で向かった。

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