ジャコバンの断首

白里りこ

ジャコバンの断首

 市民は娯楽に飢えている。

 彼らには時間もお金もない。

 そしていつも貴族や僧侶に虐げられてきた。


 この頃、この町には常に血の匂いが立ち込めている。

 


 少年はパリの一角に住む、しがないパン屋の子供だった。

 家でパンの重さをきっちり測ったり、雑穀を捏ねるのを手伝ったりしながら、路地裏で走り回って遊ぶ日々だ。


「おい、今日もやるってよ」

「行こうぜ!」


 今、友達連中の間で流行っているものは、見世物である。

 子供だけではない。数少ない娯楽のひとつとして、近頃はみんな、毎日同じものを見ている。


 怒号、熱狂、噴き出る鮮血、一瞬にして絶たれる命。


 革命政府による公開処刑。


 見物はいつも大騒ぎだ。

 拳を振り上げて応援する者がいる。いい気味だと嘲る者がいる。正義のためには仕方ないと思う者もいる。


 少年はというと、どうしようもなく怖いというたちだった。


 見に行きたくないよ、と彼が言うと、友達連中は彼を笑った。つまらない奴、意気地なし、小便漏らし。

「漏らしてない!」

 どんなに言っても馬鹿にされるだけ。彼らにとって処刑は日常であり、愉しみであり、度胸試しの一環でもあった。

 友達に認められるためには、根性とやらを見せねばならない。そこで少年は、年上の友人の陰に隠れて、今日も処刑場についていく。


 連行される人々の様子は様々だった。泣き喚く者、命乞いをする者、漏らす者。彼らの姿は、見方によっては確かに滑稽だった。

 逆に毅然として、或いは意気消沈して、粛々と断頭台に歩を進める者もいる。


 そのひとりひとりを、少年は凍りついた大きな目で見つめる。


 どんな気持ちなんだろう?


 ギロチンは苦痛を軽減するための人道的な処刑具だと言われている。だがそういう問題ではないと、少年は感じていた。


 死ぬのは誰だって嫌なはずだ。大の男があんなに叫ぶほどだもの。


 やがて、ジャキン、と刃が無慈悲に下ろされて、ワッと歓声が上がる。少年は今日もその瞬間を見ることができなかった。ぎゅっと目をつぶって、友人の服の裾を握り締めていた。


 また死んだ。

 嫌だよ。怖いよ。

 夢に見るんだ。自分が縄を打たれてあそこに連れて行かれる夢を。

 自分の首に刃が落とされる時のことを考えると……。


 無力な庶民の子供にすぎない自分が、そんな目にあうことはないと分かっていても、少年は罪人たちに感情移入するのを止められなかった。


 否、実際には、無辜の民もまた〈反革命分子〉の烙印を押されて殺されることも少なくなかった。虐殺も政治もあっという間に苛烈になり、誰も彼も無関係ではいられなくなってゆくのだが──難しいことは、幼い彼にはよく分からない。

 ただただ、本能的な怯えと嫌悪感があった。


 ああ、どうかこの恐ろしい日々カクメイが早く終わりますように。



 ──そして流血の時代は流血によって変遷してゆく。



 革命暦熱月テルミドール十日、かつては人々に自由をもたらし、続いて恐怖政治を敷いた者たちが、今宵自らの首を捧げる。


 これまでと同じような人だかり。怒号と熱狂の渦。正義の叫び。

 引き出された〈首謀者〉ロベスピエールは、既に服をぼろぼろにして、血に塗れている。


 少年はそれを遠巻きにして見ていた。


 あいつ嫌いだ。いっぱい殺した。悪い奴だ。あいつのせいでパンの値段も制限されて、ロクなことがなかったし……。

 だから、自分がやってきたのと同じふうに殺されるのなんて、当然の報い。


 これでジャコバン派による革命独裁は終焉を迎える。

 少年を苦しめた日々に、ひとつ区切りがつく。


 それでもやっぱり、彼は震えていた。


 とても恐い。このおかしな熱気の中で、今日もまた誰かの命が散るということが。


 これまでと一体、何が違うの……?



 ジャキン、ジャキン、と続けざまに音がした。

 罪は裁かれ、罰は下された。

 その光景を、少年はやはり見ることができなかった。

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