終
大気が揺れ、空間が波打つ。傲慢な王は、その力を内側に取り込み、自ら
「もっト早く潰しておクべきであっタっ!! エンヴィルの言うこトなど聞かずトもッ、奴は何をしているのダ!? ともかク!! 全テ貴様のせいだ、剣崎獅童!! シネ」
ぶくぶくと肥大化していく身体は、その色をあざ黒く変質させ、膨張した腹部から無数の手が生えた。やがて、その様相をみるみる変質させていったドリュファストは、獅童達の視界を覆い尽くすほどの巨体、そして、醜悪な蠅の化物のような姿へと変貌を遂げた。
「おいおい、事実はどうあれ呼び出した本人がなんて言い草だ、というかひどい姿だな」
凄まじいプレッシャーを肌で感じながら、しかし、余裕の笑みを崩さずに獅童はいいのけ、少女達もそれに続いた。
「ブサイクが余計みにくくならはったな?」
「レヴィアってばすごぃ辛辣っ、まあ同感だけど」
「どのような姿になろうと、もうあなたなど恐れるに足りません!!」
レヴィアが涼やかな笑顔で化物となったドリュファストを揶揄し、わずかに呆れ顔のフィナも同調する。瞳に力強い光を宿したレティシアは、真っ直ぐにドリュファストへ鋭い眼光を叩きつけた。
「矮小な愚民どもガ、王たル余に逆らウなッ!!」
ドリュファストは肥大化した大腕を振り上げて獅童達へと隕石のような拳を放った。
「皆さんっ私の後ろへっ! 《
レティシアの周囲の空間が波打ち、不可視の障壁が獅童達を包み込んだ矢先、巨大な拳が次元の壁と衝突する。展開した次元の壁は見事にドリュファストの拳を受け止め、そしてその拳を削った。しかし、レティシアの表情は芳しくなく、尚も止まることのない拳の圧力に地面が窪み、球体状の障壁ごと地面へ埋められていく。
「————っぐ、もう魔力が持ちません、一気に畳みかけましょう!!」
「了解だ!」
「オッケーよ」
「ほな、いきまひょかっ」
それぞれが短く返事を返すと、レティシアの合図で背後から飛び出した。獅童は大樹のような腕を駆け上りながら白銀に輝く両刃の大剣を振りかぶりその腕を斬りつける。銀の斬撃が腕に走ると同時、一刀の元に巨大な腕が見事に両断された。
「ぐヌァああぁあ!! 許さヌ、ゆルサヌぅうう」
「うるっさいのよ! イフリートっ、もう少しだけあたしに力を貸して《精霊魔法:
間髪入れずにフィナが叫ぶ、瞬間、燃え盛る巨大な魔法陣が宙に浮かび上がり、その中から全身に灼熱の炎を纏った巨人が現れ燃え盛る拳をドリュファストへと叩きつけた。
「ぐぶぁ————!!」
そのまま炎の巨人は燃え盛る拳を数度叩き込み、最後には灼熱の身体で歯がいじめにしてドリュファストもろとも火だるまと化した。
「スケールがおかしくないか?! 俺、化物の腕を斬っただけで結構すごいんじゃないかと思っていたけどっ! それにしてもなんて熱気だ、汗が蒸発しやがった」
炎の巨人はその火力をさらに増してゆき、周囲一体を極炎の地と化した。放射状に広がった熱風は、一瞬であたりの草木を灰にし、大地から水分を消滅させてゆく。フィナの力によって直接影響を受けてはいない獅童であったが、その肌を焼き焦がしそうな熱気を感じ、ゴクリと喉を鳴らした。
「あっつい、ちょっと冷やさんとかなわんわ、ついでやさかい燃ながら溺れ死んだらよろしおす」
レヴィアの身体が青白い魔力を纏いふわりと宙に浮かぶ、同時に燃え盛るドリュファストを覆い囲むように首だけの水の竜が六体同時に出現、巨大な顎を開き渦巻く水の塊をドリュファストへ向けて一斉に発射する。
「おいっ、待て待て待て、レヴィアっ!? 多分あの温度の炎に水はまずいっ————」
時すでに遅し、一斉に放たれた大量の水は灼熱に燃え上がるドリュファストの身体へと立て続けに命中した。
瞬間、急速に気化した水蒸気が辺りへ充満すると上昇した圧力が行き場をなくし暴発した。
「————!?」
火山が噴火した際に流れ出る溶岩と海水が接触した時まれに水蒸気爆発を起こすことがある、獅童の脳裏にその事象が思い浮かぶよりも早く偶然が重なり発生した大爆発は炎の巨人とドリュファストをエルサール城もろとも吹き飛ばした。
「大丈夫ですか? 獅童どの」
「あ、ああ、流石に死んだと思った」
気がつけばレティシアに両肩を掴まれる形で上空へと避難していた獅童。両脇には何食わぬ顔で真下の惨状を睥睨するフィナとレヴィアがいた。
「なんで急に爆発したのよ」
「うちに聞かんといておくれやす、せっかくのお洋服が汚れてしもうたやないの」
自分たちの引き起こした爆発だとは全く気付いていない二人は、むしろ巻き込まれたことに不満をあらわにして真下を見下げている。
「だから、スケール感っ……て、今更か、流石にあれだけの爆発だ、まず生きてはいないだろう」
「しどー、知らないの? 直前でそういうこと言っちゃいけないんだよ?」
「ぇ? 何? なんでだ?」
頬を描きながら残念そうな表情で獅童を見つめるフィナの言葉に困惑する獅童であったが、次第に一体を覆っていた白煙が晴れていき、視界が明瞭になっていった。刹那、真下から怪しく揺れる黒紫の光が視界によぎった。
「————あれは」
「キャァっ」
地上から獅童達のいる上空へと禍々しい黒紫の閃光が降り注いだ。突然の出来事に体制を整える間もなく、驚きにフィナが悲鳴をあげる。
「あかんっ、みんな固まりなはれ」
黒紫の閃光は容赦無く獅童達へと襲い掛かり、その皮膚を黒く焼いた。レヴィアが咄嗟に水の防御壁を展開したが、彼女自身もその攻撃をまともに受けており、汗ばんだ表情で猛攻を凌ぎ切ると、そのまま地面へ落下するように全員が着地、意識をすぐにドリュファストへと切り替えた獅童はその光景に唖然とする。
「無傷……だと? 腕も、確かに切り落としたはず」
「貴様らの抵抗なド、余のまエでは無力!! 絶望シロ、オソレ、ウヤマエ」
その姿は傷一つない、むしろ爆発前よりも強大になっているようにすら獅童には思えた。ドリュファストはニヤリとみにくい化け物となりはてたその表情を歪めると、無数に生えた歪な手を触手のように伸ばしフィナとレヴィアを捕らえた。
「フィナどの、レヴィアどの!! おのれドリュファスト、私の仲間を離せ————これ以上私から何も奪わせない」
レティシアは憤りをあらわに、風の槍をその手に出現させ大きく翼を広げて身構えた。
「レティシアっ無策で突っ込んでもダメだ! 冷静になれ!!」
「獅童どの、今が私の“引き金”とやらを引く時です……もしもの時は————助けてくださいね」
振り向きざまに見せたその笑顔は、獅童への信頼に満ち溢れたものであった。なんの根拠も確信もない、しかし自信に溢れたその言葉は獅童の心を大きく揺さぶった。希望の光に満たされたその瞳を無言で見つめることしか出来なかった獅童は力強く手にした大剣を握りしめる。
「無駄無駄無駄っ!! レティシア、貴様にハ二度と反抗できナいようにトクベツな仕置キをよういしてやるっ、貴様ハいつまでも余のものダ」
無言のまま体制を低く構えたレティシアは、大きく広げた翼を力強く羽ばたかせ、地面すれすれの高さを疾走するように一瞬でドリュファストの懐へと潜り込んだ。
「もうあなたの顔も声も、飽き飽きだ《
小さく呟きを溢し、その場で力強く槍を構えたレティシアは、ドリュファストの腹部目掛けて思い切り槍を突き刺した。瞬間、突き刺された箇所が膨張し魔力の渦を周囲に発生させ内部からドリュファストの腹部をえぐりながら最後にはその腹部を破裂させた。
「それで? 終わリか、レティシア」
「————!?」
微動だにしないドリュファストは歪な笑みを深める。次の瞬間、破裂したはずの腹部が
「————ぅ、うぐぁああああ」
「レティシア!!」
ドリュファストへ戻ろうとする身体の一部がレティシアへとまとわりつき、その身を腹部へと取り込もうと引き寄せる。
獅童は大剣を手にドリュファストの元へと駆け、しかし、無数に伸びる触手のような手が行手を阻む、その手から放たれる黒紫の閃光は、獅童の肌に焼けただれるような激痛を走らせ、黒いあざを残し、時間と共に腐敗をもたらした。獅童は必死にそれらを斬り払い、だが、次々に修復される歪な手は思うように獅童を進ませず、むしろわざと急所を外し、殴りつけ、押さえ込み、弄ぶように攻撃を繰り返す。
「うぐっ————」
ついには、無数の手から全身を押さえつけられた。獅童は地面に押しつけられた顔をなんとか起こし、霞む視界でドリュファストを睨みつける。そこには、ニタニタといやらしい笑みを浮かべながら獅童を睥睨し、太い腕に捕らえられているフィナとレヴィアを舐め回すように見回している化物の姿があった。
「コレらは、貴様にはもったいなイおもちゃだったナ? 大人しく余の言いなリになっていれば、良い思いも存分ニさせてやったトいうのに、同郷のよシみだ、もう一度チャンスをやろウか? 剣崎獅童」
「っくそ、くらえ————いつまでも、その汚い手で神聖な美少女に触ってんじゃねぇえ!!」
獅童は渾身の力を振り絞って、その身体を押さえていた手を引きちぎり、斬り伏せ、立ち上がって剣を構えた。
「そうカ、ではシネ」
気がつけば獅童は黒紫の禍々しい光を宿した無数の手に取り囲まれ、一歩踏み出す猶予を与えることもなく一斉に腐敗の光線を放たれる寸前であった。
「————っ」
最後の瞬間を覚悟した、だが、少女達だけは必ず救う。その思いだけで獅童はなりふり構わずに剣を振りかざし、ドリュファストの元へ決死の一歩を踏み出そうとした、その時。
「言ったでしょう? 死んだら殺すって」
ひらりと舞うフリル、紫紺の瞳を怪しげに光らせた紫髪の少女が、手に鮮血のように赤い鋭利な爪の籠手を振りかざし、軽やかに宙を駆ける。
「————ロゼ!!」
ボトボトと、周囲に斬り刻まれた無数の手が転がり落ち、スッと獅童の目の前にロゼは降り立った。
「何を情けない声と表情でおねだりしているのかしら、ご主人様? いいわよ? もっとロゼを求めなさい」
「ああ、今は素直に感謝してる! 控えめに言って最高だロゼ」
躊躇なく目の前のロゼを抱きしめ、感謝の思いを全身で表現する獅童。
「そうだっ、フィナ達を————」
ハッと我に返りその両肩を掴んでじっと見つめる獅童に、目をパチクリと見開き真っ赤になったロゼは、どこかしおらしい様子で戸惑いながらボソボソと応えた。
「それならだいじょうぶ……ルーシー達がいったから」
獅童はロゼの言葉を聞いて視線をドリュファストへと向ける、すると、今まさに気合の雄叫びを上げながらルーシーがドリュファストへと特大の氷柱を叩きつけようとしている瞬間であった。
「っんのぉお!! ブサイク虫ぃいいい!!」
「——————っぐぬ!?」
言葉も手にした巨大な氷柱も会心の度直球でドリュファストへと叩きつけられた。巨大な氷柱はその中心部を見事に穿ち、そこを起点に全体を凍りつかせる。
「皆さん、今助けますわっ」
そこへ空中を軽やかなステップで駆け回るカミラが、両手に持った刀を大きく振りかぶり、勇しく伸びた頭の角でドリュファストの太い腕を突き破り、フィナとレヴィアの拘束を解いた。
「ルーシー、カミラ……刀の意味、とにかく二人とも最高だっ!!」
カミラの攻撃にわずかな疑問を抱きつつも、何より感極まる思いの獅童は、フィナとレヴィアを連れて地上へと降り立った二人の元へ全力で駆け寄る。
「しどーっ、まだ、レティシアが————」
意識を朦朧とさせるフィナが、一時的に氷つき動きを止めているドリュファストの身体に取り込まれかけているレティシアを見て言った。
「ああ、わかっている」
獅童は大剣を見つめて力強く頷くと、その足をドリュファストへと向けた。
「しどうはんの力は、しどうはんの“想い“そのものどすっ!! しどうはんなら絶対にあないなブサイクに負けへん!!」
その背中を押すように力強く叫んだレヴィアの痛々しい姿を目の当たりに、獅童はぎりっと歯を鳴らして鋭い視線を目の前の巨悪へと向けた。
「おい、貴様ラ……サッきから人が手を抜いテ遊んでやっていレば、ブサイク、ブサイクと、全員、即死刑ダ、断末魔のヒメイヲアゲルマモナク、キエウセロ」
凍りついた身体をパキパキと鬱陶しそうに振るいながら、今までにない程静かに重く、残酷な声色で告げたドリュファストは、全ての手を上空へ掲げると、禍々しく巨大な黒紫の球体を出現させた。
「っ————!?」
獅童はその巨大な黒紫の球体を目の当たりにして、思わず息をのんだ。全身から汗が吹き出す、もはや思考が状況に追いつかない、そこへ獅童の背中へと叫ぶ声が投げられた。
「しどー!! 早くレティシアを助けてっ! アレはあたし達がなんとかするからっ!!」
「フィナ————ああ、おまえ達を信じる」
大剣を下段に構えながら疾走した獅童は、頭を強く降って意識を切り替えるとその懐へと潜り込み、真っ先にレティシアを取り込もうとしているあざ黒い肉を切り裂いた。
「っく、中にめり込んでて引っ張りきれないっ、レティシアっ! おい、しっかりしろ」
その身体を掴み必死に引き抜こうとする獅童であったがレティシアはぐったりと項垂れ一人の力ではその身を引き剥がすことが出来なかった。
「しどう、どの、私はもう……しどう、どのだけ、でも、逃げ、て」
「させヌぞ、コレは、余が見ツけた! 余が自由ニしてやった、余が調教シテ、ソダテた、余のモノダ」
微かに意識を取り戻したレティシアは、掠れた声を振り絞って獅童の手を握った。そこへ、最早人間のものとは呼べないほど濁り腐った目をギョロリと動かしてドリュファストは獅童達を見据えた。
「うるせぇ、おまえの意見なんか聞いてねぇよ!! これ以上その口を開くな!!」
何度斬り付けても修復する表皮に、しかし、諦めることなく獅童は満身創痍の身体に鞭を打ちながら大剣を振り続けた。
獅童の真上にはあたり一帯を呑み込むほどに膨れ上がった腐敗をもたらす黒紫の球体が迫っていた。未だに直撃していないのは、レヴィア、フィナ、ルーシー、カミラが必死にその攻撃を食い止めるべく残された魔力を振り絞って力を行使しているからであった。
「くそっ、くそ——どうしたら」
「しどう、どの……どうか、逃げて」
少女達の限界も近い、切迫する状況に獅童は焦燥を滲ませ、レティシアは最後の力を振り絞るように獅童へ手を伸ばす。
「あら、言ったはずよ? ご主人様の心にそんな形で残らせないって、だから、無理やりにでも生きてもらうわ? 《血液操作:
「ロゼどの————ぅっ、ぐぁああああ!?」
「ロゼ、一体何を?!」
レティシアの額に血管が浮かび上がり、その表情は獰猛な肉食獣のように様変わりしながらうめき声を上げる。
「彼女の中にはロゼの血が混ざっているもの、だから血を巡らせて強化するのよ、心臓への負担は大きいでしょうけど? そんなことよりご主人様はこの肉壁を斬り続けなさい」
特に気にする様子もなく冷静に続けるロゼに若干苦笑いを浮かべながらも、落ち着きを取り戻した獅童は頷いた。
「お、おう、そうだな————がんばれ、レティシア」
「いいえご主人様、今頑張っているのはロゼよ」
「そ、そうか、それじゃあ、頼むぞ、ロゼ」
この状況下においても変わらないロゼの反応に、その心に一瞬余裕を取り戻した獅童はレティシアを縛る表皮を力強く斬り付けた。
「ぅうっ、ウぁああっ!!」
一時的にロゼの力によって操られたレティシアは、獰猛な唸り声を上げながらその爪で肉を裂き、獅童の渾身の一振りによって大きく開いた表皮から自力で這い出してきた。
「レティシアっ!! よかった、大丈夫か」
「ぅ、う……しどうどの、ロゼどの、感謝いたします」
飛び出したレティシアを獅童は抱きとめる。なんとか意識をつなぎとめているがその全身はすぐに手当てをしなければ間に合わないと一目で分かるほどにボロボロだった。
一瞬の安堵も束の間、ドリュファストの攻撃を必死で耐えていた少女達に限界が訪れ、悲痛な声が獅童の耳に飛び込んできた。
「しどーっ、逃げて————」
「しどうはんっ、あかん……限界や」
「お腹空いて力がでないよぉ」
「獅童様っ、このままでは皆、全滅ですわっ」
振り返れば、ボロボロの少女達がそれでもなお逃げ出すことなく必死にその力を行使し続けている。
「想い、イメージ……俺の力、あいつを吹っ飛ばせる力、なんか、そんな奴を知っているような」
獅童はイメージに集中し、その時何か頭の中に引っかかりを覚えた。しかし、刻一刻と迫る絶望の光景に額から汗が流れ出る。
「コレで終りダぁあ!! ハテロ、ケンザキシドウ!!」
巨大な黒紫の球体に更に力を注ぎ込んだドリュファスト、その力は獅童と少女達もろとも押し潰すべくゆっくりと地面へ近づいていく。
「っちくしょう!! こうなりゃやけだ————」
「獅童どの」
焦燥をあらわに、大剣を掲げ渾身の力を込めてドリュファストへと向き合った獅童、そこへレティシアがそっと声をかけた。
「私は、全てを奪われ、終わりのない絶望の中にいました、ですが、あなたが私を、私たちを照らしてくれた、私たちは、もうあなたに救われています、きっと皆さんも同じ気持ち」
そう言うとレティシアはチラリとロゼへと視線を投げた。
「……ふん」
レティシアの言葉に、ロゼはつんと鼻を鳴らしたがそれは彼女なりの肯定でもあった。獅童は、その言葉に目を見開いて少女達を見つめ、そんな獅童へまるで声が聞こえていたようにフィナ達が視線を返し、力強く頷いて見せた。
「だから獅童どの、恐れなくても大丈夫です。私たち全員の命は、あなたと共に————私たちを救い出したあなた自身を信じてください」
「レティシア、ロゼ……カミラ、ルーシー、レヴィア、フィナ。俺なんかの事をこんなに思ってもらったら、カッコよく守らない分にはいかないな」
肩の力を一度抜き深呼吸を深々と繰り返した獅童は、大剣を正面に構えた。瞳を閉じ、自分の中にある力の根元へと深く、さらに奥深くへと手を伸ばす。そして、ゆっくり瞼を開くと同時、全身から白銀の光が溢れ出した。
《
瞬間、全身から溢れた白銀の燐光は獅童の鼓動と波長を合わせるようにドクンと脈を打ち、鮮血のような真紅の光へと様相を一変させた。
手にしていた大剣は瞬時に赤黒い光の粒子となり形を変えて獅童の右手に再びおさまると、まるで生きているかのように鼓動を打ち、その右手を黒と赤の管が這い首筋を通って獅童の右目を黒瞳に赤い瞳孔へと染め上げた。
「これは……銃か、歪なデザインだが、まあ、悪くない」
獅童は不適な笑みを浮かべた。その手に握られた禍々しくも思える、牙のような銃口に骨のようなシリンダー、撃鉄には赤と黒の翼をあしらった旧式のリボルバーのようであった。
過激とも悪趣味とも取れるデザインに一瞬眉根を寄せたが、その表情はこみ上げる力と自信でみなぎっていた。
「なんダ、その姿は、その力は……」
獅童の異変に気がついたドリュファストは、巨大な体躯をゆっくりと持ち上げ耳をつんざくような風切音を立てながら背中に生えた無数の羽を揺らし、宙へと浮かび獅童から距離をとった。
「おいおい、今更逃すと思うか?」
獅童は宙へと浮かんだ巨大な的へその銃口を向ける。牙のような銃口の先端に真紅の光が収束し大気を震わせた。
「————!? 調子にノルナヨ、ケンザキシドウ」
獅童の力をより強く感じ取ったドリュファストは一気に勝負をかけるべく、空中から少女達の食い止めている巨大な黒紫の球体へ押しつぶすように更に力を注ぎこんだ。
「————っち、とことんクソ野郎だな」
集中してドリュファストへと狙いをすましていた獅童であったが、周囲の異変に気がつき視線を走らせると、既に限界が近い少女達を取り囲むように黒い異形の影が無数に出現した。そして、それらは、獅童とレティシア、ロゼの周囲にも出現し一斉に飛びかかる、瞬間、場の空気を払拭するように勇ましい掛け声が響いた。
「エルサール王国騎士団の名にかけて、彼らに何人も触れさせるな!! 罪と恥に塗れた人生は終わりだ! 騎士団の誇りがわずかにでもあるなら、恥に生きずここで死ね!! 全軍、突撃」
そこへ、白の甲胄で全身を武装した騎士団達が突如現れ、黒い異形の影に向かい剣を構えて突撃した。そして黒紫の球体に向かってその力を行使して抵抗している少女達を庇うように陣形を組んだ。
突如現れた騎士団と黒い影が戦闘を開始した最中、獅童達の元へ騎士団を指揮している男が歩み寄る。
「あんたは、確か……えぇっと、誰だ」
白地に銀の獅子の装飾が施された甲冑に身を包んだ男は、鎧の隙間から血の滲んだ包帯が見え隠れしており重傷であることが見て取れた。
「エルサール王国騎士団のアルバルドだ、とにかく今は我々に今一度戦う機会を与えてくれたあなた方に感謝を、そして我々は死んでも彼女達を守る、だからあなたは、奴に集中してくれ」
アルバルドと名乗った男は決意を宿した瞳で獅童を見据える。獅童もそれ以上何も語ることなく、その覚悟を真摯に受け止め頷き返した。
「————そうか、助かる」
アルバルドは踵を返して、自ら剣をとり敵へと向かった。その時一瞬鋭い眼光をレティシアへと向けたが、すぐに視線を異形へと移して斬りかかる。
思わぬ援軍に獅童は、口元に笑みを浮かべたままドリュファストへと向き直り再び銃口を向けて構えた。
「風向きがこっちに向いてきたな? そろそろ終わりにしようぜ」
「舐めるナ!! 余こそ至高!! いつまでモ余の前ニタテルとオモウナヨ!?」
ドリュファストは野太い叫び声とともに、再び巨大な混沌の化物を出現させて、常闇のような円形の口から漆黒の雷を地上へ向け放った。
「「れゔぃあネエさまのおしえ、そのご! おんなはどきょう! はぁあああああ————っ!!」」
瞬間、肌を震わせるほどの空気の振動と共に指向性を持った音の砲撃が漆黒の雷を打ち消した。
「ワイオスちゃま、今なのです!!」
「なのです!!」
同じ顔をした少女達が攻撃を放った直後振り返って、背後に立っている無骨な男へと声をかけた。
「ったく、無茶苦茶なことに巻き込みやがって!! コレか!? これを押せばいいんだよな!?」
ワイオスは困惑した様子で怪しげな装置を手に、何かしらのボタンへと手を添えて顔をしかめていた。そこに並び立つ、赤と青の色違いの双眸の少年が何やら怪しげな作業をしながら言った。
「うむ、僕は出力コントロールで手が離せないからね、よろしく頼むよワイオス君」
ふと視線を少年の方へ向ければ、少年を中心にメイド服を着た機械仕掛けの少女達が円を描くようにその手を連結させ口から筒状のものを出現させて混沌の化物へと向けている、ある種異様な光景がそこにはあった。
「よしよし、準備は完了だよワイオス君、その起動スイッチを押してくれたまえ」
「くそ、もうどうにでもなれだっ!!」
色違いの瞳を持った少年の言葉に、ワイオスはやけを起こしながら手にした怪しげなボタンを思い切り押した。
「さあ、特大の祝砲を打ち上げ用じゃあないか!! 《
「「「「——————!!」」」」
少年の叫び声と共に、メイド服の機械少女の口から飛び出した筒状の装置に圧縮された光が出現しそれぞれの光が中心で交わると、丸い魔法陣を描き出した。
瞬間、特大の極光が一瞬にして混沌の化物、その頭部を大きく抉り、さらにはドリュファストの野太い腕までも吹き飛ばした。
「————!! 愚民ガ、虫けら風情ガ、調子にノルなアァああああア!!」
予想外の出来事に激昂したドリュファストは、一瞬、フィナ達に向けていた力を緩めワイオス達のいる方向を睨みつけた。
「今や、女の底力見せる時どす」
その一瞬、わずかに出来た隙を彼女達は逃さなかった。レヴィアが声を張り上げると同時に、最後の力を振り絞って巨大な水の竜を出現させ、その顎門が黒紫の球体へと喰らいつく。
「あーしもっ、頑張るぞぉお!!」
「援護はわたくしにお任せくださいっですわ!」
ルーシーが一気にその魔力を高め、周囲に無数の氷柱を作り出すと、レヴィアへ続くように黒紫の球体へと放った。そしてカミラは、襲い掛かる無数の手を斬り払いながら空中を駆け抜け、黒紫の球体へ魔力を注いでいた手を全て斬り捨てた。
「しどー!! あんな奴っ、さっさとぶっ飛ばしちゃって!!」
黒髪に鮮やかな黄金色の毛先を揺らす人間の姿のフィナは、再び巨大な炎の魔人を呼び出して燃え盛る拳を黒紫の球体へと叩き込んだ。
「キサマらっ!! ダレモワタシにサカラウナ!! ハムカウナぁあっ!!」
少女達の攻撃によって黒紫の球体は徐々に押し返され、焦燥を浮かべたドリュファストが怒りの形相で叫ぶ。
「俺のこと忘れてないか? 犯罪者、これで終わりだ」
獅童は、手にした銃に最大の力を込めると照準をドリュファストへ合わせ引き金に指をかけながら言った。その姿に気がついたドリュファストは、ハッと目を見開き、銃口の先端に凝縮されている鮮血のように赤い真紅の塊を見てギリっと歯を噛み鳴らした。
「ぐっ————ケンザキシドウ!? キサマは、キサマは一体なんなのだ!?」
「俺は、勇者でも正義のヒーローでもない、ぶっちゃけ自分が何者なのかもよくわかってないっ!! だけどな、俺はそんなことよりもっ目の前の美少女を守りたい、美少女の味方のおまわりさんだ、コノヤローーーー!!」
ドリュファストが叫ぶ、全魔力を注ぎ込み黒紫の球体を自分の前へと移動させ攻撃に備えた。しかし、獅童の手にした銃から放たれた真紅の閃光は黒い稲光を纏いながら極大の赤い光となって、黒紫の球体を貫きドリュファストをその存在ごと焼き尽くした。
「オノ、レ……これで、オワルと思うナ————」
周囲の空が真紅に染まる。獅童の放った一撃は、ドリュファストを一瞬で跡形もなく消し去っていた。
「終わったよな? これで、絶対めでたしだろ?」
気がつけば、手元から消えていた歪な形の銃とその感触に手を見つめた後、糸が切れたようにどさりと腰を下ろした獅童の元へ駆け寄ったレティシアが、その瞳にいっぱいの涙を浮かべて獅童を見つめながら言った。
「はい、獅童どの……終わりました」
「はは、流石に疲れたな? これは打ち上げだろ、またみんなで飯食おうぜ? レティシア」
「はい……はいっ」
カラッとした笑みを浮かべて、大粒の涙をこぼすレティシアの頭を獅童は軽く撫でる。
「ぁ、レティシアずるいっ! あたしが一番に褒めてもらおうと思ったのに」
そこへ快活な笑みを浮かべて近寄ってきたフィナ、しかし、その表情とは裏腹に全身はズタボロであった。そんなフィナの姿に目を細めたロゼが微笑を浮かべて語りかける。
「あら? えらく素直になったのね、姿が変わると心も変わるのかしら? どうせならもっとロゼを敬うくらい変わってくれてもよかったのよ?」
いつもの調子でフィナをからかうロゼに一瞬顔をしかめたフィナであったが、すぐに肩を竦ませて微笑み返しながら言った。
「相変わらずあんたはっ———でもまあ、今回かなり助けられたしね? 感謝しているわよ」
「————キモい」
「なんでよっ?!」
実際はロゼが表情を隠して頬を紅潮させているなど、思いもしていないであろうフィナは目くじらを立ててロゼを追い回し始めた。そして獅童の周りにはいつもどおり少女達が集い、賑やかな時間が戻ってくる。
「みんな仲良しがいいねぇ、しど君っ! あーしもなでなでしてぇ」
「ほんならうちもっ、しどうはん? 多分うちが一番頑張ったと思いまへん?」
「いいえっ!! 陰ながら一番頑張ったのはわたくしですわ!! お城を斬って獅童様を解放したのですから!」
ルーシーがそのたわわな胸を寄せながら無邪気に四つん這いで迫り、そこへすかさずレヴィアが割り込むと、背後からカミラが鼻息荒立てながらドヤ顔で二人を押しのけた。
「とにかく、みんな最高だ!! 俺にとってかけがえのない最高の仲間であり、全員、最ッッ高に美少女だっ!!」
全員を見つめながら心の底から掛け値のない言葉を紡ぐ獅童は力強く親指を立て、ため込んでいた熱いパトスを放出した。
「あはは、しどーまた鼻血出してるし」
「そうね、ご主人様は純粋に変態だもの」
「しど君、ぶっしゃぁーってなってるよ? よく血なくならないね?」
「しどうはんは、それでええんどす。なんやったらまた舐めたりまひょか?」
「変態な獅童様もわたくし必ず受け止めて見せますわ!!」
「わ、私の裸でも、獅童どのは鼻血を出してくれるだろうか」
少女達は吹き出した赤い噴水を、もう特に誰も気に止めることなく当たり前のように見つめながら、しかし、その表情には一切曇ることなく、ただ穏やかで暖かい笑顔を浮かべていた。
獅童は鼻を拭いながら、そんな少女達の笑顔を抱くように今はただ喜び、噛みしめるのであった。
その時、まるで拡声器で叫ぶような甲高い音と若い声が一体に響き渡る。獅童達が慌てて周囲を見渡すとそこには、口からスピーカーを出したメイド服の機械少女と、マイクのようなものを手にした左右色違いの瞳を持った少年の姿があった。少年の視線の先には、騒ぎを聞きつけた多くの民衆や、兵の残党、戦いに参加した騎士団などが集まっており、その光景に満足そうな笑みを浮かべた少年は声を張り上げて言った。
「聞けっ! エルサールの民よ、僕は先代国王の兄君であらせられる先先代の国王リオネル様にお仕えしていた錬金術師のクラウス・ワイズマンだ!!」
堂々たる少年の発言に、最初は訝しんでいた群衆も、その名を聞いた瞬間思わず息を呑む、そして、群衆の間にざわめきが巻き起こった。少年は群衆のざわめきを片手で制すると更に声たかく続けた。
「まあまあ、この天才の名前くらい聞いたことがあるだろうさ、だけども今そんなことはどうでもいい!! みたまえっ!! この壮絶なる戦いの惨状をっ、あの美しかったエルサール城の無残な姿を、いったい何が起きたのかっ、なぜこうなってしまったのか!?」
独白するように叫び語る少年の演説に群衆は引き込まれ、いつの間にかその場にいた全員が少年の次の言葉をまっていた。少年はニヤリと不適な笑みを浮かべた後、獅童達に一瞬視線を飛ばすと、再び群衆へと向き直り口を開く。
「王が戻られたのだ————この汚泥に塗れ、腐り、地に落ちてしまったこの国に、害悪の元凶たる忌まわしき偽の国王ドリュファストを打ち倒し、正当なる王が今ここエルサールに舞い戻ったのだ!!」
群衆は熱意に呑まれていた、少年の言葉は集っていた人々の心に再び火を灯し立ち上がらせ希望の光を指し示そうとしている。獅童は少年のその光景を背中越しに唖然として見つめていた。
そして少年は大きく手を振りかざして獅童へと向き直り恭しく膝を地につきながら叫んだ。
「彼こそ、ケンザキシドウと名乗るこのお方こそが、亡きリオネル王の唯一にして無二の正当なる血を引くたった一人の御子息、レグルス王子なのだっ!! 訳あってその御身を悪意の手から隠されてきた王子が、今この国に再び舞い戻り、巨悪を倒して、王になられた!! ここに、エルサール王国の新たなる、正統な王が誕生したのだ」
一瞬の静寂、そして、わき起こる地鳴りのような人々の喝采と心の叫び。
状況に全くついていけない獅童は目を見開きながら周囲を見渡し、困惑しながら苦笑いを浮かべる少女達と目を合わせ言った。
「あぁ、えぇーっと、やっぱり帰っていいかな?」
「どこによっ、まぁ、ただものではないと思っていたけどまさかしどーが王様ね? プっ、似合わなぁい」
冷や汗を流す獅童に軽快なツッコミを入れたフィナは、王様という響きに思わず吹き出した。
「ご主人様が王様……つまりロゼが実質的なこの国の支配者?」
「なんでそーなんのよっ」
「うちはわかってたけどな? あら? しどうはんにゆうてまへんどした?」
「わーい、しど君王様っ? てことはお肉食べ放題だよねっ!?」
「獅童様が王様でしたの? わたくし、もっとこの身に磨きをかけて一生お側で仕えますわっ」
「そうか、獅童どのが王なら君主としてこれ以上ないっ、で、できれば、その、側女の一人にでも」
国王陛下万歳と拍手喝采が巻き起こる状況を余所に少女達は妄想を膨らませてキャピキャピと騒ぎ合う。
そんな中、獅童はふと思った、そして心から叫んだ。
「国王……つまり、側室? 美少女のハーレムが合法でできる? 十八才未満でも犯罪じゃないだとぉおお!!」
「バカしどー」
「外道ね、外道ご主人様だわ」
「ほんまに沈めんとわからんお人みたいやわ」
「獅童様、最低ですわ」
「お肉食べたぁあい!!」
「獅童どのが満足してくださるなら私は側女でも」
凍えるような少女達の視線とともに全員から罵りと勢いで蹴りやらビンタやらを叩き込まれた獅童は、しかし、思い描く妄想に鼻を伸ばし、鮮血のアーチを再び描くのであった。
◇◆◇
エルサール王国のはずれ、鬱蒼と木々が生茂る人の寄り付かない深い森の奥で黒く怪しげに光る球体が地表にゆっくりと降り立った。
「ぐっ———剣崎獅童め、この屈辱必ずはらす!! 絶対にただでは済まさぬぞ!!」
黒い光が四散すると同時、その中から現れたのは満身創痍の小太りな男であった。豪奢な着物はそこらじゅうが破れ肌が露出し、全身に深い傷を負っていた。
「最後の魔力で転移できたが……くそっ、思い出すのも忌々しい」
男はボロボロの身体をなんとか引きずって近くの木に背中を預け、ずるずると滑るように腰を下ろした。肩で荒く息をする男は、魔力を回復させるため一先ず目を閉じて意識と精神を休息させようとしたその時、ガサガサと木々が揺れ動く音を聞き、一瞬見えた人影に男は目を見開いて身構えた。
「だ、誰だ!? 誰かいるのか!! 余はエルサール国王ドリュファストぞ! そうだ、余を助ければ一生遊んで暮らせる報酬をやろう、出てきて手を貸せ————」
「ひ、ひひひ、光を」
「我々にぃ、光とゆるしをぉお」
ドリュファストは木々の間から出てきた複数の男達、その中にいた真っ白い騎士団の服を着た男を見て、口元に笑みを浮かべたが、その様子が明らかにおかしいことに気がつき顔をしかめた。
「貴様は、確か騎士団の副団長ではないか? エンヴィルの奴が面白半分に焚きつけて……ちょうど良い、余を助け————まて、貴様らなんのつもりだ?! 離せっ離さぬか?!」
「ひかりをぉ」
「ゆるしをぉ」
狂気に落ちた男達は、満身創痍のドリュファストを拘束すると腰に携えた剣を大きく振りかぶってその心臓に狙いを定めた。
「ま、まて!? おまえらに全てをやろうっ!! なんでも余が叶えてやるっ、だからまてっ、ま————」
「罪のゆるしぃいいいいい!!」
ギラリと光る両刃の剣は、抵抗できないドリュファストの心臓を、いとも簡単に刺し貫いた。だらりと脱力した腕を垂らし、ドリュファストは完全にその場で息たえた。
「はい、はい。なんと、おいたわしや、このような場所で最後を遂げるとは、残念です我が君」
「「「「——————」」」」
突如何もない空間より出現したのは、仕立ての良い燕尾服をボロボロにした、顔の半分を白骨の仮面で隠した人物。その人物は、大袈裟な身振りで息たえたドリュファストへと最後の言葉を送り、まるで息をするついでのように周囲の狂気に落ちた男達の首を一瞬で落とした。
「随分と良い趣味をお持ちですね? はい、今度私とゆっくりお食事でもいかがですか? 小さなレディ、はい」
「ご遠慮させていただきますわ? リリには心に決めた殿方がおりますので」
木々の合間から様子を伺っていたリリは、しかし、居場所を察知され半面の人物の呼びかけに応じその姿を表した。
「随分と冷静ですのね? 主人が殺されたというのに」
「いえいえ、私、心の底から悲嘆にくれております。はい。我が君を救う事が出来なかったせめてもの償いに、私は、我が君と一つになり、その無念を背負わせていただきます。はい」
一定の距離を保ち、あくまで冷静を装いながらも内心では目の前の脅威に本能的な危機を感じ取っていたリリは、いつでもその場から離脱できるよう身構えていた。
半面の人物は、リリの心を見透かしているかのように笑みを深めるとドリュファストの亡骸へとその足を進めながら言った。
「ご安心ください、はい。私は今、とても刺激的な戦いの後で満たされているので、あなたに危害を加えたりしませんよ。ただ、しばらくそこを動かないでもらえますか? はい」
「そうですわね、あなたの機嫌を損ねても私に得はなさそうですもの、見物させていただくわ」
「お利口なレディですね? はい。集中している時に気を散らされると思わずその可愛らしい首を跳ねてしまいそうなので、はい」
「……」
その言葉には微塵も嘘がなかった。虚勢や脅しでもなく、単純に事実をのべたのだ。そして、それほどの実力差があることをリリは肌で感じていた。
半面の人物の言葉に無言で返したリリは、次の瞬間わずかに表情をしかめて視線を細めた。
おもむろに、ドリュファストの亡骸の前へ跪いた半面の人物は、その肉体を慈しむように優しく触れながら食し始めた。恍惚の表情を浮かべ、親愛の眼差しで見つめ、血の一滴も残す事なく啜るように半面の人物はドリュファストの肉体を食していく。
やがて、跡形もなくドリュファストの肉体を食しおえた半面の人物は、その肉体を変化させていった。くっきりとした美しいシルエットに、豊満な胸を揺らす魅惑的なボディーライン。ポロリと落ちた仮面の中から現れたのは、美麗な女性の容姿、少し吊り上がった目の中に見える瞳は、しかし、通常の人間とは異なり黒い眼球に赤い瞳孔を持っていた。
いつの間にか伸びた艶やかな長い灰色の髪はその美貌を魅惑的に引き立てている。そして、リリへと向き直ったその人物は軽く頭を下げ女性らしい声色で言った。
「改めまして、私エンヴィルと申します。はい。またいずれ、どこかでお会いしましょう小さなレディ」
そう言い残すと、刹那の間にエンヴィルと名乗った女性はその場から姿を消し去った。リリは瞬間、どっと汗を吹き返して思わずその場に座り込んだ。
「とんでもないものが、解き放たれてしまいましたわね……しどうさま、あなたの戦いは今から始まるのかもしれませんわ」
◇◆◇
エルサール王国から見て大陸の東、広大な領土を持つラース帝国。その中心に聳え立つラース城の玉座に座す桜色の髪をした小柄な少女の前に、エルサール王国魔導師のダロスは膝をついていた。
「それでぇ? そのドリュなんとかってのにセンパイは捕まっちゃって、ボロ雑巾みたいになってるって事ですかぁ?」
少女は口元に人差し指を当てながら可愛らしく小首を傾げてダロスへと問いかけた。
「は、はい!! 陛下のおっしゃる通りにございます、剣崎殿はドリュファストの手に落ち、傀儡となってしまいました」
ダロスはポタポタと鼻先から冷や汗を床に垂らしながら、深く首を垂れて応えた。
「そっかぁ、やっぱりセンパイは私がいないとダメダメちゃんですねぇ、ふふっ、でもこれでセンパイは私のもの確定なんじゃない? むふ、ムフフ」
「あ、あの、陛下っ、本当に剣崎殿を助けて————」
「皇帝の許可なく口を開くな!!」
恐る恐る顔をあげたダロスであったが、両脇に立つ兵によって首根っこを抑えられて床へと押しつけられる。
「もちろん、おじさんの言う事が本当ならセンパイを助けるのはぁ、この姫咲桃以外ありえないっしょ? て、わけだから、そのエルなんとかって国叩き潰しに今から行くから、全軍とつげき?」
「「「はっ!! 全ては皇帝陛下の御身のために!!」」」
少女の一言で周囲の兵が一斉に慌ただしく動き始め、エルサール王国へ向けた進軍の準備が整えられていく。
「待っていてくださぃね? センパイ」
薄くその口元に笑みを浮かべた少女は、恍惚の表情を浮かべながら思いを馳せるように窓際を遠く見つめるのだった。
可愛い子を見るだけで鼻血が出る、そんな俺がハーレムをつくって貧血です 〜異世界で出会ったケモミミ少女達は“俺の血”で最強になりました〜 シロノクマ @kuma1234
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