夕暮れ

夕暮れ 

「––––私は、医学部を卒業した後、大学院で本格的にパーキンソン病について研究し始めたんだ。」

そう言って、老人は一息ついた。

「しかしね、あまり何もパーキンソン病については解明できなかった。病気というものは難しいものだね。」

そう言った老人は、苦笑いした。

「そうですね。」

私も、つられて苦笑いした。

「さあ、もう午後5時を回ってしまった。」

老人はそう言って、伝票を持って立ち上がった。私は、慌てて

「お金は、私が!」

と立った。しかし、老人は、

「私が、こんなに話しこんでしまったのだから、私に払わせてください。」

と、優しく微笑んだ。その笑顔は、男性である私でさえもドキっとする笑顔だったのだ。私はその時、本田さんの笑顔はこんな感じなのかな、と分かった気がした。

 喫茶店を出る前、私は

「あの!連絡先、交換しませんか?」

と言った。しかし、老人は

「いいや、やめておこう。」

と首をふった。そして彼は、

「私は、一度逢った人とはそれで終わらせたい性格でしてね。」

そう小さく言った。

「では、ご機嫌よう。」

老人はそう言って、光の中に去っていった。

 私は我にかえり、家路についた。そして、Ivyについて調べてみることにした。スマホにイヤフォンをさし、美しい夕日に照らされ、彼らが人生をかけて作った曲を一つずつ聴いていった。

 どの曲もどの曲も、私の心を掴み、涙腺を刺激していく。私は、我慢できなくなり、道端で泣いてしまった。溢れた涙は、頬に筋を残し、地面に落ちた。


「ただいま〜。」

私は、家のドアを開けた。少し鼻声だが、気にしないでおこう。

「おかえんなさい!」

愛する妻と、可愛い娘や、息子たち。同居しているお袋や父さんが出てきた。

「なんで、みんなで出迎えてくれるの?」

と私が聞くと、妻が玄関の電気を消した。

「えっ?何してんの?」

と私が戸惑う中、小さな灯火がついた。蝋燭だった。誰かが「せえの」と言ったかと思うと、

「「「お誕生日、おめでとう!!!!」」」

と大きな破裂音と共に、元気な声が響いた。破裂音は、クラッカーだった。

「えぇ?」

私が困惑していると、

「お父さん、今日が自分の誕生日だって忘れてたでしょ。」

と娘が言った。

「誕生日?本当だ!」

私は、今、今日が自分の誕生日だということに気づいた。

「ありがとう〜!」

と言って、私は蝋燭の火を消した。それと共に、拍手が起こった。

「お父さん、何歳?」

息子がそう言った。

「えっとね、45歳。」

私はそう言った。

「えぇ?年寄り!もうおじいちゃんじゃん。」

そう言う娘の顔を見て、家族の顔を見て、私は幸せだなと思った。

 誕生日にいい経験をさせていただいた。

 また、あの老人に会ったら、声をかけよう。


ささなき  (完)

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ささなき 房成 あやめ @fusanariayame

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