最終話 都市空母は沈まない

「この少年を預かって欲しい」

 そう言われた本人、ウェルスはまだ意味を理解できなかった。

「つまり僕は人質という事ですか?」


 それなら分からなくもない。今、海賊たちが危険な状況にあることは明らかだ。ウェルスひとりを人質にした位でこの場を切り抜けられるかどうかは別にして、手段としては有りうる。

 だがパルミュラは微かに笑みを浮かべて首を横に振った。

「違うよ、ウェルス」



「これを整備したのはその少年なのか? 見事なものだな。わしの若いころにそっくりだぞ」

 タンク教授は降下してくると半壊したパワードスーツの横に立った。顔が完全に緩み切っている。よだれを垂らさんばかりにその兵器を撫で回すところは、確かにウェルスと同じ反応だった。


「だが何故これほどの逸材を手放すのだ」

 わしと同じで、よほど行いに問題があるのかのう。と大声で笑って、また助手の女性に張り倒されている。懲りない男だった。

「教授は自覚がある分、厄介なんです。この子の代わりに連れて行って貰いますか」


「もういい。教授、退がって下さい。一気に制圧します」

 守備隊の隊長がしびれを切らした。じわりと包囲網が狭まる。



「動くな!」

 パルミュラは右手をあげた。その手には小型のリモコンが握られている。

「わたしたちが、ただ囮のためにあの巡航艦を持って来たと思うのか」

 守備隊に動揺が走る。

「このドックごと吹き飛ばしてあげてもいいんだよ」

 へっへっへっ、と悪そうな顔を見せる。

「はったりだ!」

 隊長はパルミュラに銃を向けた。


「どうかな」

 パルミュラが不敵に笑う。その瞬間、轟音とともに巡航艦の砲塔がひとつ爆発した。爆風で守備隊の隊形が大きく崩れる。

「艦内のすべてを調査した訳じゃないんだろう?」


「さあ、二つにひとつだ。この子を受け入れるか、それともあの艦とともに爆死するか。どうする?」


 ☆


「いい加減、泣き止みなよ。アクィラ」

 アクィラは鼻をすすり上げ、恨めしそうな目でコルタを見た。

「だって、もう会えないんですよ。そう思ったら…寂しくて…うぐぐ」

「まあ、作戦が失敗したら帰って来るだろうけどね」

 ぴくっ、とアクィラの嗚咽が止まった。

「なに言ってるんですか。ウェルスくんを広い世界に解放してあげようって、みんなで決めたじゃないですか!」

「……どっちを望んでるんだよ、お前は」

 コルタはため息をついた。でも、それは彼女も同じ思いだった。


 ☆


「待って下さい。僕はそんな話、聞いていません」

「ああ。話していなかったからな」

 うろたえるウェルスに、パルミュラは平然と答えた。

「だって、事前に話したら断るだろ、ウェルスは」

「それは、そうですけど。だけど、どうして?」


「君はもう用済みなんだよ。わが艦の技術力では、君の精液を使っての妊娠は不可能だと分かったしな。無駄飯喰らいは追い出される運命なのだ」

「艦長。泣きながら悪態をついても説得力がありませんよ。だからもっと非情を装う練習をしてくださいって言ったでしょう」

 パルミュラの顔を覗き込んだ副官が眉をひそめた。


「それにうちの艦で一番の無駄飯喰らいは、艦長ご自身なんですけど」

「いまさら、いまさらだぞ副官」


「では、そのウェルスさんを技術開発部でお預かりします。いいですね教授」

「異論はないぞ、レオナ。わしも気楽に使える部下が欲しかったところ…だ、から」

 レオナ助手の冷たい視線に、教授は首をすくめた。




「君はずっと研究室に閉じ込められていた。わたしたちは、そんな君を救い出したかったのだ」

 パルミュラは天をあおいだ。

「普通に攫っただけでしたよね」

 ルセナ副官が横で呟く。


「君はもっと自由に暮らし、思う存分研究開発を愉しむ権利があるんだ」

 ウェルス、とパルミュラは彼の肩に手を置いた。

「これは、君から奪ってばかりだった『シー・グリフォン』のお姉さんたちからの、初めての贈り物だと思って欲しい」

 優しい声だった。

「受け取ってくれるだろう、ウェルス?」

 ウェルスは女海賊たちの顔を順に見渡す。そして、小さく頷いた。


「もし縁があったらまた逢おう。ウェルス」

 パルミュラはウェルスを抱きしめた。


 ☆


 技術開発部でウェルスが与えられた任務は、飛行能力を持たない少女のために飛行装置の開発を行うことだった。


「やあ、ウェルスくん。調子はどうかなあ」

 いつも能天気な声で技術開発部へやって来るのは未冬だ。この子の戦闘能力は先の港湾ブロックでの戦いでよく分かった。電子誘導なしでランチャーを命中させ、彼のパワードスーツを破壊したのは彼女だった。


「今日も機器の調整だ。だからさっさと服を脱げ」

「ええっ、今ここで?」

「……ウェルス。お前最近、教授に似てきたぞ」

 赤毛の少女、エマが本当に嫌そうに言う。

 このふたりは士官候補生の間では公認の恋人同士らしいのだが、そのエマがウェルスを見る時は、なぜか恋敵を見る目だった。


「どういう訳でしょうね。ウェルスくん本人はあんなに素っ気ないのに、不思議と女の子に可愛がられるのって」

 首をかしげるレオナ。

「なんじゃ、それはわしに訊いているのか。うん、それはわしの経験からすると…」

「母性本能をくすぐるのかな……、うーん、それだけでもない気がするけど」

 教授を全く無視してレオナは考え込む。


「そんなに不思議でもないだろう。本人はそんなにネコ好きでもないのに、やたらとネコに懐かれる奴はいるからな」

 レオナはそこで初めて教授を見た。ほうっ、と息をつく。

「たまにはそれっぽい事を言いますね、教授」


 ☆


 ある日、艦内に速報が流れた。周辺海域で海賊同士の抗争が起き、激戦になっているというのだ。

「シー・グリフォンじゃないだろうな……」

 ウェルスの懸念は的中した。

 都市空母襲撃に失敗した海賊たちが、今度はシー・グリフォンを襲ったのだ。

「こうなる事は、あの連中も覚悟していたのだろう」

 教授が難しい顔で頷いた。

 

 ここは力だけが全てを決める世界だった。

 かつて『ウルフ・ヴィーキング』を沈め、この海域の海賊集団のトップに君臨することになった『シー・グリフォン』である。 

 次は自分たちがその座を奪おうと考える者が出るのは当然だった。


 調査に向かった艦船からは、破壊された海賊艦の破片の一部が散乱しているだけだと、報告が返ってきた。



 新しい情報が無いまま時が過ぎた。そして、この都市空母の周辺で海賊の噂を聞くことは絶えて無くなった。


 ☆


 女海賊たちとの思い出を振り払うように、技術開発部に泊まり込んで研究を続けるウェルス。いまはソファに倒れ、眠っている。


(うーん、パルミュラ艦長…ルセナさん…コルタさん…アクィラさん)

 うなされていたウェルスは、がばっと起き上がった。憶えていないが悪い夢を見たような気がする。背中にじっとりと冷や汗をかいていた。

 ふと、肩に置かれたパルミュラの手の感触が甦った。懐かしかった。

「艦長……」


 小窓から朝の光が差し込んでいるが、外は真っ白だった。

 今日もまた、海上は深い霧に包まれていた。


「あれ?」

 ウェルスは近くのエンジン音に気付いた。超高出力エンジン独特の音響だった。この都市空母の物とは違う。振動からすると、それはこの都市空母に接舷しているらしい。


 ウェルスは甲板へ走った。


 小型の戦闘型空母が、この都市空母と並び航行していた。

 あちこちに被弾した跡が残り、かなり傷んではいるが、それをウェルスが見間違えるはずは無かった。

 向こう側の甲板にも女たちが集まり始めた。こちらを見上げて、大きく手を振っている。

 

 ウェルスも甲板の手摺りから身を乗り出し手を振り返す。その瞬間に足が滑り、体勢を崩した彼は宙に投げ出された。

 そのまま一直線に海賊艦の甲板へ飛び下りたウェルスを、女海賊たちは待ち構えていた。先を争うように彼を抱きしめて、キスを浴びせる。

「ちょっと、艦長。これはどういう事なんですか? 」

 アクィラに抱きつかれたまま、ウェルスはパルミュラを振り返った。


「へへ、来ちゃった」

 パルミュラはいたずらっぽく笑った。



 集団で襲い掛かってきた海賊集団をすべて返り討ちにしたあと、都市空母『キャンディ・タフト』政府から正式にオファーがあったらしい。


「わたしたちは今日からここの傭兵部隊なのさ」

「一年契約ですけどね。自動延長条項も付いてます」

 ルセナ副官がさりげなくフォローする。


「という事は」

 ウェルスは笑顔のままで、背筋を凍らせた。

 うん、という事は。とパルミュラは空々しい表情で頷いた。


「伝え聞くところでは、この艦の人工生殖技術は相当進んでいるらしいじゃないか、なあ副官」

「はい、そうらしいですね。何でも、相手がクローンだとしてもそれは可能になるのだとか」


 にやーっと満面の笑顔で、女海賊たちはウェルスを見た。


「という訳で、わたしたちはウェルスの赤ちゃんを産む事ができるらしいのだ。いやあ偶然だな、たまたま、この艦の傭兵になるなんてなあ」

「すごい偶然ですね。驚きましたよ、艦長」


 明らかに仕組まれた偶然じゃないか。逃げ出そうとしたウェルスを、女海賊たちは寄ってたかって、折り重なって抑え込む。

「さあ、では行こうではないか。この都市空母まちを案内してくれるのだろう、ウェルス?」


 こうしてウェルスの住む世界は広がったが、やはり以前と同じ日々が繰り返されるみたいだった。

 ただ、今度は彼女たちとの子供を残すことができるらしい。

 これは小さいようで大きな違いだった。


 ウェルスは泣き笑いの表情のまま、愛する女たちに連行されていった。



終わり

 

 

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都市空母 シー・グリフォン 杉浦ヒナタ @gallia-3

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