第19話 ランチャーの女神は降臨する
ドックから軍事ブロック入口まで押し込んだ海賊たちだったが、そこで再び状況が変わった。通路の奥から一台のカートが猛スピードで接近して来たのだ。
そのカートは通路の壁に接触し横転する。そこから飛び降りたのは白とライトブラウンの制服を着た長身の少女だった。
「お待たせ! じゃあいくよ」
叫ぶなりその少女が荷台から取り出したのは巨大な対戦車ライフルだった。
「まずいぞ」
モニターを見ていたウェルスは思わずシートから立ち上がった。
重装歩兵の装甲は柔構造になっている。ライフルの銃弾程度なら受け止めることができるが、対戦車ライフルの銃弾に対抗できるようなものではない。
さらに恐るべきはその少女だった。本来なら銃架を据えて安定した姿勢で使用する対戦車ライフルを、普通に手持ちで使っている。それなのに信じられないほどの正確な射撃で、すぐに二体の重装歩兵を沈黙させた。
ウェルスはコックピットから格納庫へ駆け込んだ。
パワードスーツの後部ハッチを開け、乗り込むとすぐにエンジンを始動する。
180°モニターが起動し格納庫内の映像が映し出された。
「早く助けに行かなきゃ」
ぐっとアクセルを踏み込む。
パワードスーツは重厚な地響きを立てながら、ゆっくりと歩き始めた。
☆
ウェルスの心配をよそに、重装歩兵を失ったとはいえ、そこは歴戦の女海賊だ。そう簡単に崩れ立ちはしなかった。
「直接狙う必要はない。跳弾で脅かしてやれ」
アリソンが的確な指示を出す。通路の壁の反射を利用して弾丸を送り込むのだ。
遮蔽物にしているコンテナの向こうで少女たちの悲鳴があがった。すでに短機関銃による銃撃も途絶えていた。やたら滅法撃ち続けた代償、つまり弾切れだった。
ここで形勢はほぼ決したといってもいい。
あとはとどめを刺すばかりだ。
パルミュラが揚陸艦に呼び掛けようとしたのとほぼ同時に、ハッチからパワードスーツがその威容を現した。
全長5ⅿを越え、大口径砲を両腕と肩部分に備える人型重戦車だ。
「いいタイミングだ。さすがウェルス、女心がよく分かっているな」
「大丈夫ですか、みなさん」
ウェルスが呼び掛ける。パルミュラは立てた人差し指を振った。
「GO! ウェルス」
両腕の大口径砲で、少女たちが隠れるコンテナを砲撃する。砲弾は確実にコンテナを削り取っていく。圧倒的な破壊力だった。
砲撃によるあまりの白煙で視界が効かなくなったウェルスは一旦、攻撃を控えた。
途端に港湾エリアに静寂が訪れる。
やがて硝煙の白い煙が晴れた。
崩れかけたコンテナの上に一人の少女が上がっていた。ヘルメットを脱ぎ捨て、素顔を晒している。
その長い黒髪と整った顔をウェルスは知っていた。片膝を立てているためスカートの中までしっかり見えているが、それは見なかったことにする。
彼女は、この前ウェルスが都市空母の甲板に設置された灯台の所で出会った少女だった。エマと未冬。彼女は未冬の方だ。
彼女はロケットランチャーを構えていた。
ウェルスは再度砲撃をしようとして、思いとどまった。人間を直接攻撃するには強力すぎる武装だと思い至ったのだ。それにこのパワードスーツは電子ジャミングが掛かっている。誘導弾で狙っても当たることはない。
だが三連射された砲弾は一直線にウェルスの方へ向かってきた。
「ちょっと待てっ!」
ウェルスは悲鳴をあげた。
なぜだ。電子誘導は効かない筈なのに?!
発射された全弾を被弾し、モニターがブラックアウトした。
「あらら、ウェルス。格好悪いな」
パルミュラが茫然とした顔で呟いた。
☆
ウェルスが意識を取り戻すと、彼はパワードスーツから引き出されその足元に寝かされていた。
「大丈夫ですか、ウェルスさん」
微妙な笑顔でルセナ副官が見下ろしている。慌てて体を起こし周囲を見回す。
シー・グリフォンの海賊たちは士官候補生を包囲している。
だが、身体を寄せ合う少女たちに銃口を向けている海賊もまた、完全武装の兵士から遠巻きに包囲されていた。
「これは、どういう状況なんでしょう」
「見てのとおりさ。包囲し、包囲されている。人生そのものだな」
ははは、と笑うパルミュラ。
「まったく意味が分かりませんが」
「揚陸艦をやられました。おまけに他の海賊たちもあっさりと逃亡したみたいで、囮にもならなくて……」
守備隊が戻ってきてしまったらしい。
見ると強襲揚陸艦は、ハッチが開いたままで黒煙を噴き上げている。
『降伏しろ、海賊ども。逃げ場はないぞ!』
指揮官が呼び掛けてくる。
「ふん、まったくオリジナリティのない台詞だな」
パルミュラは鼻で笑い、叫び返す。
「貴様たちこそ包囲を解け。この可愛らしい女の子たちがどうなってもいいのか!」
「……艦長の台詞も、随分と定番ですが」
ぼそっ、と副官が呟く。
この港湾ブロックから外洋への開口部から、更に二人が飛行しながら入ってきた。その内の一人は ”男” だった。片眼に機械式の義眼を装着し、ヨレヨレの白衣を着たその姿は科学者というよりも、マッドサイエンティストというのが相応しいように思えた。
「条件を訊こう。そいつらはわしの部下になる予定だからな。手出しはさせんぞ」
地声が大きい。港湾ブロックに声がこだまする。
「あ。教授だよ、エマちゃん」
ロケットランチャーの少女が指さし、赤毛の少女は舌打ちする。
「何しに来やがったんだ、あいつ」
「誰だい、あの変な人は?」
パルミュラが少女たちに問いかけた。二人の口調からするとあまり偉い人ではないようだ。だとしたら、そんな男と話をしても時間の無駄なのだが。
「失礼な事をいうな。わしは技術開発部総監、グールド・タンク教授であるぞ」
意外と地獄耳だった。
「いつからそんな身分になったんですか! 嘘をつくんじゃありません」
だが教授はすぐに後ろの女性に張り倒された。ぐらりと空中でよろめいている。
「本当にそうだったら、いつもこんなに予算に苦労する事はないですよ!」
「だって、この地区の責任者であることは間違いないのだから、いいではないか。えへん、……改めて名乗ろう、技術開発部西地区室長グールド・タンクだ」
「どっちがどう偉いのかよく分からんが。ともかく、権限はあるのだな?」
「もちろんだとも。この艦を統治する『百人委員会』の構成員だと云えばその偉さは分かるだろう」
百人委員会、通称『元老院』。この都市空母の最高意思決定機関である。
ふんぞり返るタンク教授に、パルミュラは肩をすくめた。
だが他の兵士たちの態度からすると、多分それなりの権限は持っているのだろうと判断する。彼女はこの男を信用することにした。
「いいだろう。こちらの求める条件はただ一つだ」
パルミュラは、ちらりとウェルスを見た。
それはまるで自分の子供か弟に対するような、優しい表情だった。
怪訝そうなウェルスの前で、パルミュラ艦長は背筋を伸ばした。彼が初めて見る、パルミュラの凛とした姿だった。
彼女は静かな声で、条件を伝える。
「……この都市空母で、少年をひとり預かってもらいたい」
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