第18話 士官候補生と攻防する
強襲揚陸艦の狭いコクピットには、パルミュラをはじめとした突入部隊のメンバーが集まっていた。ソナーによる音響探知を警戒し、誰も声をひそめている。
強化ガラスのキャノピーの外は暗い海中が広がり、時折巨大な異形の魚が通り過ぎて行くのが見えるだけだ。
「どうだ、ウェルス」
「順調です」
パルミュラの問いにウェルスが短く答える。この揚陸艦はエンジンを停止したまま、コバンザメのように高速巡航艦の底部に張り付いている。
そしてその高速巡航艦は自動航行がセットされていた。
目的地はもちろん、都市空母『キャンディ・タフト』だ。
☆
「巡航艦の
ウェルスが報告すると、パルミュラは黙って親指をたてた。
「第一段階はクリアした。さあ、ここからどう出て来るかな」
最悪、即座に撃沈させられるケースも考えられたのだ。作戦は順調に推移していると言っていいだろう。
身体にも感じられるほど加速度が変化した。巡航艦のエンジン音に他のものが混じる。どうやらタグボートで牽引を始めたようだ。
「見眼麗しい少年の部屋に誘い入れてもらえそうだな、艦長」
隊長級ではアリソンだけが同行を許されていた。その彼女ひとり全く緊張感もなく、平然と軽口を叩いている。
「目標に取り付いたのは、うちが最初と思われます」
ヘッドセットを着け、他の海賊たちの無線通信を傍受していた副官のルセナが顔をあげた。
「他は近海まで接近していますが、迎撃に遭い苦戦中だということで……」
「正直に真正面からぶつかって、勝てる相手ではないだろうにな」
パルミュラは呆れ顔になった。
「まあいい。うちは、うちの作戦を遂行するまでだ」
その方が好都合だ、口の中で呟く。
都市空母には搭載艦を収納するためのドックが設置されている。いわば通常の都市における港に、巡航艦とその艦底の揚陸艦は引き入れられた。
揚陸艦に衝撃が伝わった。巡航艦が浮きドックに固定された音だ。
「第二段階も成功したみたいですね」
「だから言っただろう。わたしの計画に失敗はないのさ。……総員、戦闘準備!」
ウェルスを残し、女海賊たちは上陸ハッチ部へ移動した。
巡航艦の艦内モニター映像を揚陸艦に伝送させる。そこでは、武装した兵士たちが通路や各部屋を探索しているのが映し出されていた。
「どうする。襲撃するか、艦長」
「ふん、無益な殺生はしないよ」
モニターを覗きこみながら、パルミュラはアリソンの言葉を軽くいなす。
☆
「ウェルスたち、ちゃんと都市空母に入れたかな」
意味も無く機械式眼鏡の鏡胴を前後させながらコルタが窓の外を見る。海上は深い霧に包まれ、何も見ることは出来なかったが。
「一緒に行きたかったね。で、ウェルスくんを……」
アクィラが言いかけて、唇をへの字にまげた。涙の玉が盛り上がってくる。
「泣くなよ、アクィラ。艦長の話を聞いただろ。これはボクたち全員で決めたことじゃないか」
「分かってるよ、そんなこと。だけど、仕方ないでしょ……泣けてくるんだもの」
嗚咽するアクィラの肩を、やはり泣き顔のコルタが抱いた。
☆
「ドックの出入り口付近を警護しているのは、正規兵じゃありませんね」
モニターを見ながら、ウェルスは上陸用ハッチ付近にいるパルミュラ達に状況を知らせた。艦内の調査をしていたのは正規兵だろうが、彼女たちもそれが終わると他の方面へ向かっていった。
「あれはきっと士官候補生です。あの制服は見覚えがある」
その少女と思しい集団は制服の上に防弾ジャケットとヘルメットを着用しているだけだった。腕の部分や、スカートから伸びる脚にはなにも装着していない。
「よっぽど人手不足なんだろう。死なない程度にあしらってやれ」
女海賊たちは手にした銃の殺傷力レベルゲージを『強』から『中』に下げた。
「当たり所が悪ければこれでも死ぬことはあるが、遊びではないからな」
「よし、ウェルス。揚陸艦を切り離せ。埠頭へ直進、一気に上陸しろ!」
白い水柱があがり、ドック内に強襲揚陸艦が浮上する。急速に前進し、その艦首を埠頭に乗り上げた。
「上陸したら重装歩兵を前面に配置、通常歩兵はその掩護にあたれ」
接岸の激しい衝撃を物ともせず、パルミュラは仁王立ちのまま指令を発する。艦首付近のレバーを引くと、上陸用ハッチが大きく口を開けた。
「行くぞ、海賊シー・グリフォン見参!」
パルミュラが見栄を切る。
重装歩兵の放った弾丸が、警戒に当たっていた大柄な少女を撃墜する。防弾ジャケットを貫通するほどの威力は無いだろうが、狙撃銃とは比較にならない大口径だ。その少女は一発で戦闘不能になり、床に転がった。
「だがこいつら、ただのお嬢ちゃんじゃなさそうだぜ」
アリソンが声をあげた。驚きが混じっている。幸先よく一人を倒したが、緒戦の戦果はそこまでだった。
「よく訓練されているな、これは」
パルミュラも顔をしかめた。ツーマンセルで攻撃をかけてくる少女たちに、歴戦の女海賊たちも明らかに手こずっていた。
おそらく双子だろう、そのペアの一人を撃墜したが、戦闘力を奪うことは出来なかった。墜落したキャットウォークから的確に狙撃してくる。
「これで正規兵じゃないとはな……」
強引にドック出口へ向かおうとすると、コンテナを盾にした少女たちから、短機関銃の銃弾が滝のように浴びせられてくる。
「ちょっとは弾丸がもったいない、とか思えよ、小娘どもがっ!」
アリソン隊長が、八つ当たりのように叫んだ。
後方で鈍い破裂音が響いた。
振り返ると一体の重装歩兵の背中から黒煙が上がっている。
「……くそっ!」
天井近くから急降下し、重装歩兵の背中にある補助動力装置を破壊したのは、腰に大型のナイフを装着した長身の少女だった。格闘戦も得意としているのだろう。
ルセナの銃弾がその少女の肩口を撃ちぬいた。血をしぶかせ、ドック出口方面へ後退するところをもう一人の少女が素早く援護する。
その少女はキャットウォークの二人と一緒に、最初に撃たれた少女を回収してドック出口に後退して行った。
ここでやっと、海賊たちが攻勢に転じた。
「重装歩兵、前へ!」
パルミュラ艦長の命令一下、再び侵攻が開始される。
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