第34話 届いた手紙

 新しい仕事だろうか? 

 それとも、提出した書類の直しだろうか?


 とりあえず、賽奈先生の所へ向かおうと、私は先生の部屋の前まで向かう。

 扉には『九尾賽奈』と書かれた銀のプレートが貼られているが、私はこれを見て心の中で「めっちゃヒントじゃん」とツッコんでしまった。


 九尾……九本の尾……九尾の狐。

 まさか、こんなところにヒントが隠されているなんて!

 今更ながら気づいてしまった。


 そういえば、賽葉先生の事務所のコースターは狐柄。


 先生達の正体を知ってしまったせいだろうか。

 今までスルーしていたけど、もしかして? と賽奈先生達の正体に関係するかもしれないって思う事が多々ある。


 私は気になって仕方なくなりそうなので散りばめられたヒントを探すのを止め、

腕を伸ばして扉をノックした。

 すると、ほんの数秒間が空き、「どうぞ」という返事が。

 私は「失礼します」と言いながら扉を開ければ、ちょうど脚立に昇って本を取ろうとしている先生の姿が目に飛び込んでくる。


 スリットの入ったタイトスカートからは、すらりとした足が伸びていた。


「先生、危ないですよ。言って下されば押さえますって」

「やだ、紬ちゃんったら心配性ね。大丈夫よ。慣れているから」

 先生はそう言って微笑むと、本を手に取り軽やかに脚立を降り始める。


 ヒールなのに脚立に昇るのは不安定のような気がするのだが、先生はそんな事は微塵も感じさせず床に降り立った。


「賽奈先生。愛花ちゃんから先生が呼んでいると聞きました」

「お仕事中に呼び出してごめんなさいね。実は紬ちゃんに渡したいものがあるの」

 賽奈先生は手にしている本を持ちながら書類が山積みになっている机へと向かう。

 そして、引き出しから何かを取り出すとこちらに戻って来た。

 先生が手にしているのは、水色の一枚の封筒だった。


 手紙……?


 てっきり仕事の話かなと思っていたので、ちょっと拍子抜け。


「緑川武史さんから預かったの。紬ちゃん宛ての手紙よ」

 賽奈先生に差し出された封筒を受け取れば、確かに私の名前が記されている。

 予想もしていなかったから、内容に全く心当たりがなかったので首を傾げた。

 

 緑川さんの件は上の賽葉先生の弁護士事務所で委任関係を結んでいるから、私には情報が回って来ない。

 賽葉先生が依頼を受けているから、きっと良い方向に問題は解決していると思うけど。


「引っ越しの荷作りなどで忙しくてこっちに顔が出せないから、手紙で紬ちゃんに……って事みたい」

「引っ越しをしているんですか?」

「えぇ。手紙にも書いていると思うけど、引っ越すそうよ」

 私は受け取った手紙を確認するために賽葉先生にハサミを借りて中から便箋を取る。

 

 手紙を読み進めていけば、近況が書かれていた。

 直接お礼に行けずに申し訳ないこと。


 三浦さんが仕事を辞めたこと。

 賽葉先生の助けを受け、新しい生活を始めるために引っ越しなど動いていること……など。


 三枚の便箋にはぎっしりと文字で状況が綴られている。


「良かった……」

 ほっと安堵の息を漏らせしかければ、最後に記されていた文字を見て目を大きく見開く。

 ぎっしりと文字が詰められていた便箋の下部には、一行開けられ『あの時、貴女が声をかけてくれたお蔭です。ありがとうございました』と記されていたからだ。


「どうしたの?」

「声を掛けてくれたお蔭って……」

「紬ちゃんの勇気が実を結んだ結果ね。声をかけるか迷うもの。あの状況では」

「私は声をかけただけです。実際に動いてくれたのは、先生達や陽です」

「そんな事ないわ。私達が仕事をしているのは、紬ちゃん達がいてくれるからよ。補助者は業務のサポートをしてくれているだけじゃなくて、依頼者との縁滑油になってくれる時もあるの。私達では畏まって話がしにくい依頼人がいても、紬ちゃん達が間に入ってワンクッションになってくれているし。ほら、この間も私には直接言いにくいから紬ちゃんから先生に言って! って、言われた件もあるじゃない」

「ありましたね」

「怖くないのに萎縮されちゃう時があるのよねぇ。本体なら怖がらせるかもしれないけど」

「逆に今無性に本体が気になります。今、変化を解いて貰っても良いですか? 見たいです」

「んー……それは無理だわ。だって、このビル壊れちゃうもの」

「どんだけ大きいんですか。ますます興味が出ました」

「神見君に自慢しちゃおう。紬ちゃんが私に興味を持ったって」

 なぜ陽の名が出てきたのかわからないが、そろそろ仕事に戻った方がよさそうだ。

 書類作成が終わらなくなってしまう。


「先生。そろそろ私は戻りますね。仕事がありますし」

「長々と引き留めてしまってごめんなさいね」

「いいえ。お手紙ありがとうございました」

 私は会釈をして立ち去ろうとしたけれども、ふと記憶の片隅に引っかかっていたパソコンの存在を思い出す。


――あぁ、そうだ。パソコンの不調言わなきゃ。


「先生。私が使っているパソコン調子悪いんです」

「あら、大変だわ。保守サービス入っているから、連絡してみる?」

「いえ、もう連絡はしています。今、すごく混んでいるみたいで……午後に終わり次第来て下さるそうです。なんか、シャットダウン出来ない時があるんですよね。前も調べて貰ったんですが、異常なしって言われてしまって」

「買い替えした方が良いのかしらねぇ。私は素人だからわからないから、業者が来たら教えて」

「はい」

「怪現象かしらねぇ。ほら、紬ちゃんの所に怪現象の解明のお仕事依頼が来ていたし」

「断じて仕事ではないですよ」

「紬ちゃんに怪現象の解明依頼が来ると仕事が増えるから遠回しだけれども、お仕事よ。また近々新しい不可思議現状の相談が来るんじゃないかしら?」

「来ませんって。仕事があるので戻りますよ」

 私は呆れた声で先生に言えば、ちょうど部屋をノックする音が室内に響いてきた。

 私達が音と認識すれば、「賽奈先生?」という杏先生の声が聞こえてくる。


「あら、やだ。本当に怪現象の解明依頼じゃない?」

「きっと仕事の相談ですよ。声、杏先生のですから。それでは、私は失礼します」

 私は邪魔になるのでさっさと部屋に戻ることに。


 杏先生へ入室を促す先生の声を背に聞きながら扉の方へと向かえば、ちょうど扉が開かれ杏先生とばったり。

 先生の手には大きな桐箱が窺えた。


 杏先生は私と出会うと「良かった」と呟き、ゆっくり息を吐き出す。


「杏先生、紬ちゃんに用事があったの?」

「はい。菜乃さんから賽奈先生の所にいらっしゃると伺って……」

 珍しい。杏先生が私に用があるなんて。


 私は賽奈先生付きなので、基本的には杏先生の業務の手伝いはしていない。

 そのため、仕事の話をする事は殆どないのだ。


「紬さん。今、お時間よろしいですか?」

「はい」

「先ほど門崎様がいらっしゃっていたんです」

「えぇ、知っていますよ。来客は私達が仕事をしている部屋を通りますので。役員変更したので登記の依頼ですよね。予約の電話でちらっとそんな事をお話されていました。もしかして、登記に関することですか? それなら賽奈先生に伺った方がいいと思います。私、資格者ではないので」

「いえ……実は門崎様から紬さんにお願いがあるそうなんです……その……」

 杏先生はちらちらと私を見ながら唇を何度か動かしながら言葉を発そうとしているが、言いにくいのか、なかなか言葉を発することは出来ないようだ。


「こちらを紬さんに預かって欲しいそうです」

 杏先生は手にしていた桐箱を私へと差し出して来た。


 咄嗟に受け取ってしまったが、若干……というか、確実に嫌な予感しかないんだが。


「杏先生、この箱の中身は?」

 賽奈先生が箱に触れながら、杏先生へ訊ねた。


「人形です。お断りしたのですが、ちょっと強引に置いていかれてしまって……会社を起業する友人がいるから紹介してくれるそうです」

「まぁ! 新規のお客様」

「いや、先生。違う。そこじゃないです」

「実はこの人形、夜中に愚痴を零すそうなんです」

「愚痴……」

 私はそっと箱へと視線を向ける。

 気のせいだろうか。一気に箱に重量を感じたのは。


「なんで私なんですか!?」

「土地家屋調査士の水澤先生から古民家の件を窺ったそうです。この間、土地の測量お願いした時にたまたまうちの事務所の話になったとおっしゃっていました」

「紬ちゃん、もうすでに常連さん達に怪現象担当って認識されているのね。ほら、お客様ご紹介して下さるからプラスになるわ」

 賽奈先生に肩を優しく叩かれたが、納得できない。


 私は声を大にして叫んだ。


「ですから、私はただの司法書士補助者なんですがっ!」

 今日も私の非日常的な仕事が始まる。








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司法書士補助者の非日常な仕事~実は上司が天狐でした!?~ 歌月碧威 @aoi_29

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