第12話 カフェテリアにて

 1限目開始の時間ギリギリで教室に三人で戻ると、島原しまばらくんは、ほっと安堵した表情で迎え入れてくれた。


「仲直り出来たようだね」

「うん、色々と誤解があったみたいで」

「誤解?」


 その瞬間、千里せんりさんから眼光が飛んできたので、僕はすっとぼける事に命を賭ける。


「なんか、席替えてもらったのを当たり前みたいなのが気に入らなかったみたい! ほら、実際小野おのさんに迷惑かかってたし! 正義感強いよね、千里さんって!」


 すっとぼけ終了。眼光飛ばしてた人も、うんうん頷いてるのでセーフだったらしい。

 しかしこの思いつき、島原くんにも響いていたらしく、優しく笑う。


「愛花は昔から面倒見が良かったからな。百草中のジャイアンと言われていたし」

「それどっちかっていうと蔑称べっしょうなのでは……」

「映画版の方さ。きっと」

「希望的観測なんだ……」


 そう告げた島原くんが諦観めいた表情を浮かべていて哀愁が凄い。ジャイアンって映画版だとすげーいいやつだよね。

 そんな中チャイムが鳴って授業が始まったのでアムのサポートをしながら四苦八苦してのだが、いつの間にかもう昼食の時間になっていた。

 アムにうちの学校を色々と教えてあげるためにも、今日はカフェテリアの方に行こうと思っている。

 というか朝ごはんを食べ損ね、昼ごはんの準備なんて、とてもじゃ無いが出来てなかったので、どっちにせよ購買に行くしか無いし、部室に用事あるし。


「アム、お昼ご飯持ってる? 昼食は教室は基本みんな教室で食べるか、学年問わず食べれるカフェテリアがあって。そこを紹介しようかなと思うんだけど」

「コーマもそこで食べるんです?」

「あー、僕はちょっと用事あって、部室で食べようかなと思ってるけど」

「部室? コーマは何か部活入ってるです?」

「映像研究部……なんだけど、部活と言っていいのか分かんないくらい活動してないけどね。そこの部長と知り合ってからよく呼び出されるんだ」


 答えると、ふむふむとアムは合点がいったような反応を示す。


「そういえば映画が好きと言ってましたね!」

「文字通り研究してるだけで、映画撮ったりはしてないけどね。なんせあの人が部長だし……」

「あの人?」


 はてなマーク点灯中のアムさんだが、極力説明したくないというか、説明できないというか……。


「うん、だから、お昼ご飯はカフェテリアか、島原くんとかと一緒に教室で食べる事をおすすめするよ」

「コーマと食べます」

「ノータイム!? ごめんね、本当は教室でみんなと食べた方が仲良くなれるのに」

「あ、大丈夫です。それよりコーマがどんなとこで部活動してるかの方が気になるので。あと弁当は兄がサンドイッチを用意してくれてますからどこでもOKです」

「スーパードライだなぁ……」


 凄いなアムさん。転校生なのにこれからの学校生活の不安とかものともしない強靭なメンタルの持ち主だ。

 いや、でも普通に考えたら、唯一まともに喋れる存在から離れる方が不安か。

 けど休み時間の間も、アムさん色々スマホ使ってみんなとやり取りできてたけどね。

 僕がいなくても僕のようにぼっち飯する必要は皆無。

 何故か一人で虚しくなっていると、スピーカーから音楽が流れ始めた。


「よく聴くなぁこの曲」

「そりゃ天下のガヴリールだからね」


 後ろの島原くんが笑って言う。天下のガヴリール……?

 コンビニとか行くとよく流れてるし、そんなに有名なんだろうか?

 という疑問の心の声が溢れ出ていたのか、島原くんが目をまん丸くした。


「え、もしかして西東さいとうくん、ガヴリール知らないのか?」

「あ、うん。あんまり洋楽は聴かなくて……」

「ずーっと日本のトレンドでも取り上げられてるぐらい人気のあるバンドだよ。最近休止になったってニュースとかやってたが」

「そうなんだ……」


 島原くんから、僕が全然知らない事が許せないとでも言うように、そのバンドを好きな熱量が隠しきれてないのを感じる。なんせめちゃめちゃ目が煌々と光っている。


「良ければ僕の持ってるCD貸そうか?」

「え、そんな、悪いよ」

「いいんだいいんだ。良いものはみんなで共有しないと。えーっと、アルバムどこにやったかな?」


 聞く耳持ってくれない。感じたのは自分の好きなものを分かち合いたいって熱だったんだなぁ。

 でもそれだけ有名なバンドなら実際に興味があるし、丁度部室に行く予定だったし、あそこならCDも聴けるからな。

 島原くんはガサゴソと鞄の中身を探しているが、途中であっと何かに気づき、後ろを向いた。


「愛花、お前に貸したガヴリールのアルバム返してくれ。西東くんガヴリール知らないらしいから貸したい」

「はぁ? 西東さいとう、ガヴリール知らないとかマジ!?」

「終わってるわ」

「人生半分損してるわ」

「そんな奴いんの?」


 千里さんの取り巻きからも酷い言われようだった。おかげで、全然行きたくない部室へと行く気が僅かに増した。


「コーマ、行かないです?」

「あ、うん。待たせてごめん。購買案内するね」


 千里さんから嫌々渡された(多分島原くんのだから)アルバムを鞄にしまい、アムと購買の方に向かう。

 廊下からカフェテリアにかけて、やはりこの時間は人が多くて喧しい。

 カフェテリアっていうのは食堂スペースのこの学校の呼び方だ。なんでそう言うのかは知らないが、何故かみんなそう呼んでるので僕も呼んでいる。

 急いで残っていた菓子パンと飲み物だけ買って出てきたところで、まさかの人物と遭遇する。


「あ、西東くんだ」


 紙パックのいちごミルクを飲みながら、登場したのは、みんなの憧れの先輩、日比野先輩である。

 何故みんなとまで言えるのかは、周りからの同性の視線が証明してくれているだろう。端的に言うと凄い睨まれている。


「ひ、日比野ひびの先輩!」

「珍しいね。購買に来るなんて。いつもお弁当じゃなかったっけ?」

「今日寝坊しちゃって……先輩は購買で買い物ですか?」

「いや、友達の付き添い……あ、そうだ。今日西東くん。バイト休みだよね? 今度こそカラオケ行かない? テスト二週間前だけど最後の息抜きにさ」

「あ、い、いいですけど」

「やったぁ、楽しみにしてるね」


 ピースでニコッと笑う日比野先輩、本当いい人だぁ……。 

 ずっとバイトのシフトやら先輩の用事やら、僕の用事やらで全く行けてなかったのに、遂に先輩とカラオケに行けてしまうのか! 今日はなんていい日なんだ!

 しかし、良いことがあれば悪いことがあるのである。


「ん? その子は?」

「あぁ、そう、この子は今日転校してきた杵柄さ……何で!?」


 そう言ってアムを先輩に紹介しようとしたら、既に先輩にガンくれていた。


「コーマの知り合いですか?」

「う、うん、いつもバイト先でお世話になってる日比野先輩だよ」


 僕が告げると、アムはふむと頷いてから物凄い作り笑顔で、先輩に言いのける。


「そうですか、私は杵柄・アムールです。さようなら」

「よろしくする気が無い挨拶の仕方だ!? え、何この子ちょっと美人過ぎない? アニメに出てきそう!」

「あ、それ、僕も思いました」

「だよねだよね! CVはー……」

「しーぶい?」

「あ……今のはスルーで」

「は、はぁ」


 こんなにテンション高そうな先輩は初めて見たなぁ。と、とても微笑ましかったのだが、何故か先輩と喋る度に、隣からむーっという声が大きくなるんですよ。


「行きますよ、コーマ! 部室に行くんですよね!」

「え、ちょっと、アム部室の場所知らないでしょ! あ、それじゃあ先輩。またあとで!」

「りょ、りょーかーい」


 大きく手を振る先輩に見送られながらめちゃめちゃに引っ張られてしまう僕なのであった。

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