第11話 握手ってなんだっけ?

 恋する乙女の慟哭どうこくらしきものをしっかりとその耳に焼き付けてしまった僕。アムには聞こえて無いだろう。

 気づかれないうちにここから離れた方がいい気がする。絶対良い。


「コーマ、行かないです?」

西東さいとう杵柄きねづか!?」


 ハイ速攻気づかれたー。アムは何が起きてるか分かんないもんねー。そりゃ僕がいきなり止まったら不自然だよねー。

 目が完全に合ってしまった僕と千里せんりさんだが、千里さんは冷や汗を垂らしながら、僕に問うてくる。


「い、今の聞いてた?」

「あ……ハイ。アムはこの通り何のこっちゃと聞こえて無いですが」


 アムの様子を見て、頬をひきつらせながら千里さんは気もそぞろな返答をする。


「そ、そうなんだぁ。本当に聞こえてないわけね」


 明らかに気まずい空気が漂う中、そんなのは知ったこっちゃ無いアムさんがズバッと切り込んだ。


「コーマ、何があったです? もう謝って良いです?」

「千里さん、アムがさっきの態度謝りたいってさ!」

「え、あ、うん」


 虚を衝かれた反応を見せた千里さんに、アムは近づき、ぺこりと頭を下げた。


「さっきはすみませんでした。話しかけてくれたのに、嫌な態度を取りました」

「……そんなにしっかり謝られると」


 バツが悪そうにそう言った千里さん、意外と落ち着いているのか、それともさっきの姿を見られてある意味吹っ切れているのか。

 このタイミングで聞いておこうかな。


「あの、さっきアムに怒ったのって、態度が悪かったからだけかな? 何かそれだけじゃ無い気が」

「ぐっ!」


 めちゃめちゃ赤面しておられる。何でだ?

 さっきの聞かれた言葉について今更恥ずかしくなったとか? 恥ずかしさが遅れてやってきたのか?

 僕が考えてると、小さなため息を吐いてから千里さんが喋り始める。


「さっきのを聞かれてたあんたに誤魔化すのも、往生際が悪いってーか、ダッサいかぁ」


 綺麗にセットしている茶髪をくしくしといじりながら、千里さんは告げる。


「こいつ、朝あんたら三人だった時、虎吉とらきちと手を握ってたでしょ!?」

「……え、アムと島原くんが?」


 アムの方を見るとキョトンとしたあどけない顔でこちらを見ている。


「なんです?」

「アム、今日島原くんと手を繋いだ?」

「シマバラと? つないで無いですよ。握手はしましたけど」


 思い出すように人差し指を唇に当てて逡巡して話すアム。そういやぁ、仲直りの時に握手はしてたかも。

 千里さんの方を見ると、何故か、わなわなと震え、そしてこっちをキッと睨みつけて叫んできた。


「同じことでしょ!!」

「同じでは無いなぁ!?」


 千里さんと僕、それはもう、渡り廊下に響き渡る大きな声であった。


「つ、つまり、あれかな? アムが島原くんと握手してたのが、気に入らなかったって事?」

「本当は私以外の女と虎吉が話してるのを見るのも嫌」

「重症だぁ……」


 千里さん、トップカーストで逆らったらヤバい人ってイメージだったけど、本当にヤバい人というカテゴライズに、たった今僕の中で分類された。


「つまりセンリはシマバラが好きだから、仲良くした私が気に入らなかった。ってとこです?」

「そうみたい」


 アムの質問や頷くと、ポンと納得したように手を叩き、シャーッと猫ばりの威嚇いかく状態の千里さんの顔を覗く。


「ならば、心配ありませんよ。私、シマバラとは友達にはなりましたが、恋人になる気も、なりたいという気も、全く、微塵も、slightest(これっぽっち)もないです」

「その言われ方は何か腹立つんですけど!?」


 千里さんのツッコミなど露知らず、こちらにもバチコーンと大きなウインクを飛ばしてきたアムさん。

 ウインク上手いし様になってるなぁ。

 けど島原くんが本人のいないところで、色んな意味で、なんかちょっと可哀想だなぁ。

 そう感心と同情をしていると、千里さんから刺々しく、禍々まがまがしいオーラが消えていった。


「まぁ、そういう事ならいいわ。私もごめん。なんか変に突っかかったりして」

「アム、千里さんも謝ってくれたよ」

「喧嘩両成敗ですね」

「うん、喧嘩両成敗は喧嘩したけど一件落着って意味では無いからね?」

「え、この後、二人とも均等にエンジン先生から青春ビンタされに行かないです?」

「正しい意味で理解してた!? いや、アムは日本の昔の漫画読み過ぎだよ。今時そんなの体罰騒ぎになっちゃうし」

「虎吉からビンタ喰らうってんならまだしも、何でエンジンなんかのビンタ喰らわなきゃいけないんだっての」

「うん、千里さんはちょっと黙っててくれるとややこしくならないと思うな僕は」


 てゆうか島原くんのビンタなら受け入れちゃう。ぐらいの事を今サラッと言わなかった? やっばいなこの人。島原くんを好き過ぎてドン引きなんですけど。

 しかも朝僕たちと一緒の電車に乗ってたって事だよな? 隠れて見てたのかな?

 それってストーカ……。


「おいこら、今何か失礼な事考えてるだろ?」

「いえ、千里さんと島原くんはお似合いだなぁっと思っただけです」

「はぁ!? 何それ!? そんな事言って機嫌を取ろうなんて百年早いんだから!」

「じゃあ何故満面の笑みなんだろうか……」

「いい? 西東、この事周りにも、当然虎吉にも内緒だかんね?」

「この事って、千里さんが島原くんを好きってこ……」

「そいやァ!」

「グハァ!」

「コーマァ!」


 耐えかねて羞恥心爆発の乙女掌底おとめしょうていを腹に喰らってうずくまる僕、けどちゃんと千里さんな掴み掛かろうとしているアムの制服の裾は、しっかり握って止めてるの我ながら偉い。

 取り敢えずクラスのトップカーストの弱みを図らずとも握ってしまったらしい。

 そして、二人の仲をそれとなーく取り持つように生きて行く事を余儀なくされました。

 両想いなのにね。早く付き合っちゃえよ……。

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