第10話 転校生vs.トップカースト

 ア、アム……とんでもない事を宣言しおった……絶句した教室の静寂を切り裂いたのは穂村ほむら先生の大きな一言だった。


「ふむ、という事情なわけだ! 杵柄きねづかは実はこう見えて耳が聞こえない! 故に事情が事情だし、隣の席は知り合いで喋ることができる西東さいとうがいいだろう! 小野おの津村つむら! どっちか窓際後ろの席に移動してくれるか!?」


 事情説明が雑だなぁ!?

 いや、間違ってはないけど、雑過ぎてわざわざ机を代わろうとなんて、千里せんりさんの取り巻きAの津村さんがするわけ無いし……。


「えー、エンジンじんけんしんがーい!」

「何を言う! 人助けだぞこれは!」

「わたしはパース。今更後ろとかだるーい」


 予想通りの反応だった。あ、でも小野さんなら……。

 ちらっと小野さんを見ると、僕と彼女の眼鏡越しに目が合い、パッと下を向かれる。やっぱりいきなり席変わるのなんて嫌だよね。あぁ、気まずい感じに……そりゃそうだよなぁ。津村さんの反応だって当然の反応だし、あ、いっその事僕も一緒に後ろの席に……


「私、代わります」


 そう思った時、小野さんがくっと目を瞑ってから、意を決したように勢いよく手を上げた。


「そうか小野! ありがとう! では杵柄はあそこの席に! これで朝のホームルームは終了だ! すまんが今日は次の授業の準備があるから俺は行く! みんな、杵柄の力になってやってくれ! それじゃあな!」


 めちゃめちゃ早口でめちゃめちゃあっさりと出て行ったな穂村先生……。


「お、小野さん、ありがとう」


 荷物をまとめ始めていた小野さんに話しかけると、ビクッと肩を揺らして反応した小野さん。


「ぜ、全然! 私! 後ろの席の方が良かったし!」

「そ、そっか」


 取れそうな勢いで手をブンブン振ってから、慌てたように荷物を持って後ろの空き席に移ってくれた小野さん。ずっと隣の席だったにも関わらず、あまり喋った事は無いけれど、いつも隣同士で英語授業でペアになると、優しそうな女の子だなとは思っていた。

 

「コーマ、コーマ。隣の席になれて嬉しいです!」

「そ、そうだね」


 隣の席に座ったアムさん上機嫌。その代わりに小野おのさんが席を窓際、一番後ろに移動する事になってしまって激しく申し訳ない。

 実際問題、この無理やりな席配置は穂村ほむら先生の粋な計らいなのだろうが、あのアムと先生の徹底的に内容を省かれた事情説明じゃ、納得しないというか事情を聞きにくる人物は到底いるわけで。


「杵柄さん」


 話しかけてきたのは、千里せんりさん。海外からの転入生相手にも関係なく、自分の立ち位置を教え込もうとしているのか。

 だが、当然後ろから声をかけられても、アムは気づきようがない。


「杵柄さんってば」

「あ、アム後ろ。話しかけられてる」

「……shit.(ちっ)」


 えええぇ!? めっちゃくちゃ舌打ちしたぁー!? このクラスのトップ相手なのにー!

 いやトップだって知らないにしても、舌打ちは良くないなぁ!

 嫌そうに振り向いたアム。だが、聞こえてなかったのか、千里さんは迎え入れるような微笑みを浮かべていた。


「あたし、千里愛花せんりまなか、愛花で良いよ。海外じゃファーストネームで呼ぶのが当たり前でしょ?」

「…………」

西東さいとう、何でこの子あたしを睨んでるの?」

「き、聞こえてないから、どう反応しようか困ってるだけじゃないかなーはははー」

「へぇー、エンジンが言ったの本当なんだ。耳が聞こえないとかなんとか」


 アムさん、気を許してない相手だとガラが悪過ぎる問題。これは一刻も早く事情を説明する必要があるな。穂村先生がアムにとっての僕の声事情含め、しっかりと言ってくれれば良かったのだが、アムとクラスに入る前に話をして、時間が無かったせいか、さっさと行っちゃったんだろうなぁ。

 僕のヤワな誤魔化し程度じゃ、この場を乗り切れないのはわかっていたが、隣の唯我独尊ガールはめちゃめちゃ素の声で尋ねてこられる。


「コーマ、この女なんて言ったです?」

「せ、千里さんだからね。アム。この女って言い方は良くないなぁ!」


 千里さんを指さしてそう言い放ってのけるアムさん。まずい。流石に千里さんも面白くないという顔になり始めた。


「でもさっきから西東とは手話とか無しで喋れてんじゃん。どゆこと?」


 静かなる怒りの矛先が僕に向かっていて超怖い。千里さんが怖いのは言わずもがなだけど、隣のアムさんも、お兄さん相手や穂村先生初対面時に見せた臨戦態勢へと移行していているのがなお怖い。まさに竜虎相搏りゅうこあいうつ直前とでもいうような雰囲気だ……。


「えっと、アムは耳が聞こえないんだけど、僕の声の高さなら聞き取れるみたいなんだ。だから、こうしてやり取りできる僕の隣の席に先生もしたわけで」

「何それ、そんな耳の病気聞いたこと無いけど、本当は聴こえてるのに聴こえないフリして私たちと関わる気が無いだけじゃないの? それか、男子の気を引くために、わざとやってるとかさー」


 な、なんか怒り方がズレてるような気がするが、というか幾らアムの態度が酷いとはいえ、そんなに怒るか普通??

 ピリピリした空気に周りも緊張が走っている様子。だが全く怯んでないアムは僕を見て斜めに小首を傾げた。


「なんて言ってるです?」

「本当はアムは耳が聞こえてて、その、気を引く為に嘘ついてるんじゃないかって」


 伝えた瞬間、アムはピキーンと目を光らせて、ニコッと笑いながら千里さんを見た。


「well well well.(おやおや)Are you looking for a fight?(喧嘩売ってる?)」

「はぁ? さっきまで日本語で喋ってたでしょ。伝わらない英語でしか面と向かって言えないわけ?」


 メンチ切り合ってる二人の威圧感がとんでもない。出会って3分で大喧嘩だなんて誰が予想したよ!


「ふ、二人とも落ち着い……」

「良い加減にしろ愛花」


 僕が少ない勇気で場を取り持とうとする前に、島原しまばらくんの諌める声が千里さんに向けられた。


「何、虎吉とらきち。文句あるの?」

「耳にハンデを持ってる女の子相手に、なんて態度を取ってるんだ。見苦しい。頭を冷やして来い」


 強さを感じる言葉に、千里さんは軽く舌打ちしてから教室を出ようとする。

 取り巻きの女子達がついて行こうとしたが……。


「いい、着いてこないで」


 と、ピシャリ。怖い……何であんなに怒ったんだろう。島原くんが居なかったらどうなっていた事やら。


「ごめん島原くん、千里さんにあんな事言わせちゃって」

「良いんだ。俺が思った事を言っただけだから」

 笑ってそう言うと、島原くんはポケットから出したスマホに文字を打ち込み、アムに見せながら口にする。

「杵柄くんも、悪く思わないでくれ。愛花は自分の思い通りにならないと気の済まない性分なんだ」

「いえ、別に……」


 目線を逸らすアムだが、僕は電車でやられた時のようにその目線の方に先回りして、しっかり目を見て言う。


「というか、アム、千里さんも悪いけど、いきなり喧嘩腰なのも悪いよ。ちゃんと謝りに行こう。僕も着いて行くから」

「コ、コーマ……分かりました」


 ガビーンとショックを受けた感じの表情のアムさん。

 そしてショボーンとしょぼくれているアムを連れて廊下出て行くが、千里さんは見当たらない。

 渡り廊下の方かな? と思い、そっちに向かった瞬間、大きな声が聞こえてきた。


「あぁーーーもう! 何で虎吉にあんな態度取っちゃったんだろう!! あたしのバカバカバカバカァ!」


 そこにいたのは頭を抱えながら、後悔の涙を見せる、ひとりの乙女の姿なのであった……。

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