第9話 絶句する教室

 アムと穂村ほむら先生は、色々と話すことがあるらしく、筆談と身振り手振りを合わせながら話していた。

 めちゃめちゃスムーズにやり取りしてるように見えるのは、アム自身はだろう。

 生まれつき耳が聞こえない人は、言語を発する事が苦手な人達が多い中、アムは耳が聞こえなくなったのはつい最近とかなのか、めちゃめちゃ流暢りゅうちょうに話せるんだよなぁ。

 本当に、喋っている間は健常者けんじょうしゃと差し支えないというか、絶対に耳が不自由だなんて見ただけじゃ分からない。

 ウィルさんはアムの病気の原因が精神的な要因と話していたけど、一体アムに何があったんだろう……。

 そんな事を考えている僕はといえば、遅刻が決まるチャイムが鳴るまであと3分といった調子だった為急いで教室に向かっていた。

 扉を開けると8時29分、ギリギリセーフだぁ。自分の席を見ると、うわぁとため息が出る。

 幸運続きだったし、こんな不幸があっても仕方なし。

 僕の席の机を椅子がわりに、周りの女子達と喋っている派手な見た目の女子、千里愛花せんりまなかさんがいた。


「あの、千里さん。もうすぐチャイム鳴るから、その、席を」

「あん? 聞こえないんですけど」


 わざとだ。確かに辿々たどたどしくはあったけど、聞こえないほどか細い声では言ってない。


「千里さん、自分の席へ……」


 言うと、周りからまたあのクスクスとした笑い声が聴こえてくる。


「何だ西東さいとう。来ないのかと思って席使ってたわー。ごめんごめん」


 千里さんがポンと肩を叩いてきたタイミングでチャイムが鳴る。

 よっと掛け声と共に机から降りた千里さんは周りにはべらせている友達と共に自分の席に掃けていく。

 クラスの女子のトップカーストグループのリーダー格。それが千里さん。

 成績が優秀で、あの派手目とはいえ、モデル体型に、目鼻立ちが整ったルックス。

 男女問わず人気の高い彼女がトップカーストに君臨するのは何も変な事じゃない。

 おまけに家はいいとこのお嬢様らしいし、チヤホヤされて育ったんだろうなぁというのが生き方に顕著に表れている。

 そんな彼女とある意味、双璧そうへきを為すのが僕の後ろの席の……。


「愛花、早く席に戻れ。チャイムが鳴ってるぞ」

「へいへい、相変わらずうっさいなぁ虎吉とらきちは」


 そう言いつつ全然急いで席に戻る感じじゃないな……。

 千里さんにズケズケと言えるのは島原しまばらくんだけだ。

 他の男子は千里さんを持ち上げはするものの、意見を言ったりなんてしないというか、僕もさっきモロに喰らっていた千里さんの圧倒的強者オーラの前ではハムスター同然の戦闘力になる。

 けど、島原くんは校則をしっかりと守る学級委員長気質、何よりも根が真面目なのが働いてるのか、全然意に介さずに千里さんに意見を呈せる。


「すまない、西東くん。朝挨拶した時に愛花には机に座るなと言っていたんだが、聞く耳持たなくてな。いよいよ怒ろうかという時に君が来たから」

「ま、間に合って良かったよ」


 そんなんしたら教室がどエラい空気になっていた事だろう。

 島原くんって真面目というか正義感が強過ぎるからなのか、周りの雰囲気とか読んでないイメージなんだよね。僕にはとてもできない芸当でカッコいいんだけども、いつかは千里さんと教室内で大喧嘩しそうでヒヤヒヤする。

 でも二人のやり取りを見てると、特別な雰囲気というか、いち同級生って感じには見えないんだよな。


「前から思ってたけど、島原くんって千里さんと仲良いよね。お互い下の名前で呼び合ってるし」


 尋ねると、島原くんは1限目の授業の用意を整えながら答えてくれる。


「うん? いや、仲良いというか、ただの幼馴染だ。幼稚園から小、中、高と一緒のな」

「幼稚園から!?」


 そんな幼稚園から、高校までずっと一緒なんて人生の三分の二は一緒にいたって事かなぁ!? そりゃ気兼ねない仲に見えるはずだよ!


「あぁ。昔はよく一緒に遊んだりしていたが、中学の途中ぐらいからはさっき見た通りさ。年がら年中いがみ合ってるよ」


 そう苦笑気味に話す島原くんは、どこか寂しげに見えた。もしかしてとは思っていたけど、島原くんって千里さんのこと好きなんじゃ無いだろうか。

 友達とは言えなかった入学から今日に至るまでのやり取りでもそう勘繰かんぐっていたけど、さっきの表情的にちょっと確信へと近づく。


「島原くんってさ、千里さんの事……好きなの?」


 邪推じゃすいとは思いつつ、好奇心に耐えかねて小声で問いかけると、島原くんは大きく開いた目以外、一瞬時が止まったように止まってから、頬をぽりぽりと掻いて、小声で告げる。


「まぁ、昔からの初恋というやつで……、いや、高校の同級生で話すのは君が初めてだな」


 照れてらっしゃるー! 凛と真面目な雰囲気の島原くんらしくない反応に、好奇心が暴走しかけて、危うく質問攻めしそうになったが、教室の前の扉が勢いよく開いた音の反応で制される。

 勢いよく入ってきた穂村先生と、その後ろから教室の中をちらほらと視線を彷徨さまよわせながら入ってくるアム。中途半端にに後ろの席の為か、まだこちらには気づいてない。


「おはよう! 急な話だが、このクラスに転校生がやって来た! 皆んな、仲良くするように! じゃあ杵柄きねづか、事情も兼ねて自己紹介を!」


 穂村先生がアムに向かって頷くと、先程示し合わせたのか、黒板に杵柄アムールと書き始めた。字がカクカクでつたない。可愛い。

 そんな様子を眺めながら男子も女子も色めきたっていたのだが、書き終わったアムはキョロキョロとまた視線を飛ばして、僕を見つけてニコッと笑い、すぅっと息を吸った。


「杵柄アムールです! そこにいるコーマとだけしかお喋り出来ないので、話しかけてきても無視します!! Over and out!(以上)」


 そうアムがキラキラした顔で叫んだ瞬間、クラス中のざわめきが消え、クラスメイト達が絶句して、僕に視線が集まったのは言うまでも無かった。

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