第4話夢の報せ

不思議な夢を私はみた。

そこはどこか懐かしい喫茶店だった。

四人がけのソファー席に、私はある男と向かい会わせになって座っていた。

目の前にはアイスコーヒーがおかれている。

それをずずっとすするとほろ苦く、すっきりした味わいが口じゅうに広がった。

「こいつはまあ、アフターケアみたいなものなんだが、あんた一つ頼まれてくれないか。隣の部屋に行って欲しい。鍵がかかってるかもしれんが、ぶち壊してなかにはいってくれ。俺は夢想の世界の住人。現実世界のことは人間でないとどうにもできん。なに、ただとは言わん。この煙草をやろう。こいつを吸うとすきな夢を見ることができる。だから、行ってやって欲しい」

白い痩せたハンチング帽を被った男はそういうとジャケットのポケットから新品の煙草を一箱だし、私に握らせた。


目が覚めると私はその煙草を握りしめていた。


妙な使命感のようなものが心の底から湧きだし、私はベランダに出た。

非常用の区切りになっている板を蹴破り、隣室に侵入する。

窓から中の様子をうかがう。

カーテンのわずかな隙間から中の様子を確認することができた。

フローリングの床に痩せ細った二人の男の子たちが寝転がっていた。

数分見ていたが、まったく動く気配がない。


もしかすると……。


彼らの命が危うい。


部屋に一度もどり、私は金づちを工具箱から出して、手に握る。

隣室のベランダに行き、窓ガラスに金づちを叩きつける。

ガラスの破片が部屋の内側に飛び散る。

手首を切らないように空いた穴に手を差し込み、鍵をあける。

破片を踏まないように部屋の中に入る。

倒れている男の子の首にそっと手をあてる。

小さいほうの男の子はもうすでに冷たくなっていたが、少し大きなほうの男の子はまだ息をしていた。

抱き上げるとあまりの軽さに驚愕した。


救急車を呼ぶと、彼らを救急隊員が連れ出していった。

私はその後、警察の事情聴取をうけることになった。いろいろと聞かれたが、適当に話をでっちあけげた。

さすがに夢の中の人物にたのまれたとは言えなかった。

「いやあ、いろいろときいてすいませんね。もう、帰ってもらって大丈夫ですよ」

丸眼鏡の早瀬という刑事がそう言い、私は解放された。

「あの子達はどうなったんですか?」

と私はきいた。

「弟くんのほうはあなたが発見したときはもうすでになくなっていたようなんですが、お兄ちゃんのほうはどうにか、一命をとりもどしたようですよ。あっ、これは内緒でお願いしますよ」

と小声でその刑事は言った。


しばらくテレビのワイドショーはそのニュースでもちきりだった。

遊ぶ時間ほしさに幼い兄弟を置き去りにした母親が保護責任者遺棄致死の罪で逮捕された。部屋に閉じ込められ幼い兄弟は冷蔵庫に残ったマヨネーズや味噌などの調味料を口にいれ、どうにか生き延びようとしたようだったが、弟のほうは体力が持たずにこの世を去ってしまった。

意識を取り戻した兄が最初に言ったのは、「お母さん、まだ帰っこないの」という言葉だった。


ベランダで夜空を見ながら、私は夢の中でもらった煙草に火をつけた。

煙草は久しぶりだった。

どうしてかはわからないが、星空に浮かぶ雲がSL機関車から出される煙を連想させた。








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夢食み 彼だけの銀河鉄道 白鷺雨月 @sirasagiugethu

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