フィルムとマヨネーズで耳が痛い話。

「僕はフリーランスの記者。手に入れた情報を新聞社や雑誌社に売って生計を立てている。とは言っても、まだまだ駆け出し。だから」

『俺の趣味は釣りだ。いつも知人の漁師に頼み、船で沖へと出るんだ。楽しみは、釣った魚をその場で食べること。船の上で調理すると、とても美味い」

「上手く行かないこともある。だけど、自分の仕事に誇りを持っている。新しい情報を誰よりも早くがモットーだ」

『ネタは鮮度が命だからな』

「ネタは鮮度が命だからな」

『今日も釣りに行く。当然、狙いは』

「今日も仕事だ。当然、狙いは」

『大物だ』

「大物だ」

『やあ、今日も頼むぞ。知人の漁師に挨拶。船を出してもらう』

「情報では、とある政治家が浮気しているという。新調したカメラの初仕事にふさわしい」

『船に揺られながら慎重に釣るポイントを探し、糸を垂らした』

「先日から引き続き、ホテルの前で張り込みを開始」

『しばらくして糸がピンと張った。きっと獲物が掛かったんだ』

「きっと獲物が掛かるはずだ」

『この強い引きは、間違いない。大物だ。リールを巻く手にも力がこもる』

「時間が過ぎる。おかしい。ここ数日はずっと張り込んでいるのに、ターゲットが姿を見せない。なんでだ?」

『あ!』

「あ!」

『糸が切れた……。バレたか』

「バレたんだ、張り込みが」

『くそー惜しいな。大きかったのに……』

「おそらく念入りの聞き込みが仇になったんだ」

『逃した魚は大きいぞ』

「逃した魚は大きいぞ」

『それでも俺は釣りを続ける。一度や二度の失敗がなんだ。そんなことで落ち込むわけがない』

「いや、逃したと決めつけるのは早い。もうすこしだけ待ってみよう。そしてこの判断は正しかった」

『よし、釣れた』

「目標の大物政治家がやってきた。側に若い女がいるぞ。間違いない、浮気現場だ」

『俺は浮ついた。なんて言ったって、この日は絶好調だったからな。次から次へと大物が釣れる。え、釣った魚をどうするのかだって? 当然、すぐに締めるさ』

「しめたぞ! 僕はすぐにカメラを構えた」

『そんな時だった。不意に背後から肩を叩かれた。振り返ると、知人の漁師が遠くの空を指差していた』

「そんな時だった。不意に背後から肩を叩かれた。振り返ると、同業者がそこにいた。どうやら偶然にも鉢合わせてしまったようだ。僕は悩んだ。今、シャッターを切ると、ネタを横取りされてしまうかもしれない」

『空を指差しながら知人は言う』

「そんな僕の様子を怪しんだ同業者が言う」

時化しけてくるぞ』

「湿気た面してるぞ」

『荒れる前に港に戻った方が良いと知人は言う。さて、どうするか。魚は釣れているから迷う』

「僕は迷った。ネタを共有するか、独占する代わりに今回は諦めるか」

『俺は空を見上げる。確かに』

「しかし浮気調査をしていたのは僕だけじゃなかった。政治家の奥さんが登場。これは」

『雲行きが怪しいぞ』

「雲行きが怪しいぞ」

『良し。すぐに港に引き返そう。こういう時は玄人の意見に従うべきだ』

「奥さんは夫へと突撃」

『波風が立つ前に、撤退だ』

「波風が立つ兆し、シャッターチャンスだ」

『しかし嵐に巻き込まれ、船が揺れだした』

「どうせ同業者には奥さんの怒鳴り声で気付かれてしまうだろう」

『俺達は海に落ちないように』

「僕達は話がこじれないように」

『手を組んだ』

「手を組んだ」

『助け合った甲斐もあり、無事に帰港を果たした。せっかくだから魚を捌くことにした』

「話が纏まり、改めて現場に注目。案の定、奥さんは浮気を責めだした。僕はカメラを構え、シャッターを押した」

『刺身はわさび醤油が鉄板だが、じつは一工夫するともっと美味しくなるんだ。俺は知人の漁師に言った。マヨネーズはないか?』

「しかしカメラが反応しない。うんともすんともしない」

『すると知人がムッとし、ギャーギャーと言い立ててきた』

「まさか」

『キレちまってるよ、マヨネーズで』

「切れちまってるよ、フィルムが」

『そんなに怒ることかね、たかがマヨネーズだろ。邪道だって? そんなこと言われても……』

「どうやらフィルムを入れ忘れたようだ。馬鹿をやらかした。同業者が怒っている、初心者でもしないミスだって」

『もうわかったから、側で怒鳴らないでくれ』

「耳が痛い」

『耳が痛い』

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昨今はタイトルから内容が察せられるモノが好まれていますが、では本作はどのようなタイトルが即しているのか。考えても分からなかったので、思いついた時にしれっと変えておきます。 田辺屋敷 @ccd

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