てん☆じん

夏屋なつ

1章 天候擬神

第1話 幼馴染雷雨

 夏の終幕を知らせるように、叩きつける強雨や天を裂くような轟音と共に轟く雷鳴の回数もようやく下降気味となり始めた八月の終わり。

 晴れ晴れとした青空の下。運動着に身を包んだ若者達が、遅刻回避の為に小路を急ぎ足で行き交う影よりも上。

 とある雑居ビルの屋上に、四つの人影があった。


 「……でさ」

 「……へぇ、やるじゃない」


 貯水タンク付近。身を寄せ合い、こそこそと密談しているのは、ぴょんとしたアンテナっ毛が目立つ赤毛が特徴的な小柄な少年と、光の加減で群青色にも見えそうな艶やかな長髪が美しいスレンダーな女性。

 少年の方は、十代半ばより少し下くらいの見た目。女性の方は十代後半か二十代前半の印象を受ける。ついでに言うと、どちらも赤と青を基調とした私服姿。

 成人した女性に見えなくもないスレンダーな長髪の女性はともかく。一見、学生ほどの年齢に見える少年が、学生達の行き交う時刻にも関わらず私服姿で町中にいると言うのは、些か違和感を覚える者もいるかもしれない。

 第一、人気ひとけの少ない雑居ビルの屋上に人影があること自体、傍から目撃した際、違和感しか抱かないのかもしれないが。

 だが、少年と女性はそんな世間一般の常識に囚われることもなく。楽し気な様子で、にやにや、にこにこと笑顔のまま相も変わらず密談を続ける。

 しかし、この二人の笑み————一応、笑顔に分類されるはずであるのに、見ている者に対して妙に不安感が煽られるのは何故だろう。

 まるで、急速に灰色の雲が広がって、生温い風からひやりとした風が吹き始めるような、荒天の兆候を目撃した気分だ。

 そんなことを考えつつ、意味ありげな笑顔で仲良さ気に密談している二人を、少し離れた場所から不安そうに見つめていた別の人影二つは、合図もなしに同じタイミングで溜息をこぼす。


 「……なんだか、生き生きしていらっしゃいますね……あの二人」

 「……ああ。レイの笑顔が、とてつもなく胡乱うろんだ……」

 「ライ君の笑顔も、とてつもなく悪そうな笑顔です……」


 左の耳の下辺りに大きな花の髪飾りを付けた小柄な少女と、上背のあるサングラスをかけた長い金髪ポニーテールの少年は、ぽつりとそう呟いたのち、再び揃って溜息を吐き出した。

 ちろりと動いた二人の不安気な色の瞳の先では、生き生きとしていて、かつ胡乱で悪そうな笑顔の少年と女性が『雷雨』について熱心に語っている。


 「やっぱさぁ、雷が一番綺麗に演出できるのって、夜だと思うんだよな。暗いから稲妻がハッキリ見えるし、基本的に静かで音もよく響くじゃん? 人気ひとけも昼間より少ないから、安全面でも日中よりは事故る確率低いしさ」

 「そうねぇ……。まぁ、下界に生きる現代人のタイムスケジュールは、日々変化してるから安全面の確立云々はアレだと思うわよ。眠らない町なんて、都会じゃザラ。恋人達が夜遅くに町の灯りで都会のイルミネーションを楽しんでるイコール灯りの点いてるビルの分だけ、どこかの人間が労働してるってことなんだから」

 「ん~~……そっかぁ……」

 「それに、雷が綺麗に演出できるタイミングなら、朝方なんかもいいんじゃない? 多くの人間がまだ微睡みの中にいる時間の白んだ空に稲光……ここは豪雨じゃ駄目。音のないような雨の中、カッと光る一筋の閃光。——ほら、ね? これもまた雷と雨が作り出す美じゃない?」

 「お、おぉ……!  流石、レイ姉! レイ姉は雷に理解ある!  最近の雷は風情がないって言われがちだけど、あの豪快さの中にある繊細なウツクシサってヤツをちゃんとわかってくれてるよなぁ!」

 「当たり前じゃない。何年あんた達と組んでると思ってるのよ、ライ」

 「俺、レイ姉と組めてマジ良かった~!」


 小柄な赤毛の少年こと『ライ』は、感動を覚えたような表情で、ふっと麗しい笑みを浮かべて髪を片手で何気なく払った『レイ』を見上げた。

 なんだか、あの一角だけキラキラとしたオーラに包まれているが……あの二人をよく知る第三者から見れば、アレは全くもって微笑ましい場面ではない。

 どこかの世界にいる誰かに向けて、驚きと未知の体験をサプライズプレゼント! と『悪戯』を目論む、自称・ハッピークリエイター達の大体はた迷惑な会議風景でしかないのである。


 「あの二人……また、仕事をダシにして、余計なことを考えてる気がする……」

 「今日は、関東方面に雨雲と雷雲のタマゴを設置するだけのお仕事なのに……」


 上背のある金髪頭でサングラスをかけた全身黒ずくめの装いをした少年は、呆れたように呟いて黒い手袋に包まれた左手で額の辺りを押さえた。

 金髪・サングラス・左頬には大きな傷跡、オマケに全身黒ずくめと言った、怪しさ満点のスタイルをしている割りに、彼の背後には重苦しい苦労人オーラが見える。

 一方、その隣に佇んでいる花の髪飾りを付けた小柄な少女は、足元に置かれたバスケットを一瞥した後、髪飾りが揺れる勢いで思い切り項垂れた。

 すると、そんな苦労の色たっぷりな二人分の声が聞こえたのか。ふと密談を交わしていたライとレイが、声の方へと視線を向けて口を開いた。


 「なーに? アズマ。 イヤミったらしく人の背後で溜息なんかついて……言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいよ」

 「なんで、俺名指しなんだ! あと、別にイヤミったらしい溜息なんかついてないだろッ!」


 じと目でレイに睨まれ、『アズマ』と呼ばれた上背のある少年は、金色のポニーテールを揺らしながら、思わず抗議の声を上げる。

 だが、レイはそんなアズマの声に一切怯むことなく『しらばっくれるんじゃないわよ』と小さく鼻で息を吐き出し、腰に片手を当てて強気な態度で彼に言った。


 「さっきから、こそこそこそこそ……こっちを見ながら、ウルルと話してたじゃない」

 「う……」

 「どーせ『またロクでもないこと考えてるぞ、あいつら』的なことでも言ってたんでしょ? アンタ。ホンット、鬱陶しいくらい心配性よね。そんなだから、私より年下のくせして老けて見られるのよ」

 「うっとおし——っ⁉ 老け——っ⁉」


 たった一度のセリフで、自分よりも上背のある————アズマに確実なダメージを与えるレイ。

 ぐっさぁ! と勢いよく突き刺さった言葉の刺創しそうを塞ぐように両手で胸元を押さえるアズマを一瞥しつつ、レイは溜息雑じりに呆れ顔で言う。


 「アンタが頭にキノコ生えるレベルのウジウジ男なのはよく知ってるけど……私の『妹分』にまで、ウジウジオーラに影響受けちゃったらどうしてくれるのよ。アンタ、うら若き乙女にキノコが生えてきたら、人生賭けて責任取れるの?」

 「はっ、生えるわけないだろ⁉ 人体にキノコなんて‼‼」

 「あーら? 下界には『冬虫夏草』ってモノがあるんだから、キノコが絶対に人体に寄生しないなんてことないんじゃないの? 『あるわけない』は最早『在り得る』フラグよ。私に口で勝つ気なら、前世からやり直して来なさい。この、なんちゃってヤンキーヘタレ!」

 「い、言いたい放題と……! お、お前……俺になら、何を言っても問題ないと思ってるだろ!」

 「この世は弱肉強食なのよ。男が女よりも優れてる生き物だなんて思わないことね。いくら私が一見、

 「(レイが『か弱い』なんて思ったこと、生まれてこの方一度もな——)いっだぁッッッ⁉⁉」

 「今、なんか小声で失礼なこと言わなかった?」

 「べっ……弁慶の泣き所を尖ったパンプスで蹴っ飛ばすな……ッッ‼‼‼‼」


 細身の黒いパンツ越しに、向こう脛をしっかりと押さえてしゃがみ込むアズマ。

 ちなみに、パンプスの似合うしなやかな長い足でアズマの向こう脛を蹴ったレイは、気高い女王の貫禄を醸し出しながらしゃがみ込むアズマの前で、腰に両手を当てて仁王立ちしている。

 と、そこへ。


 「あ、あのっ……! えっと、れ、レイさんっ! そっ、そのくらいでもう……!」


 たどたどしいソプラノ声が、レイとアズマのやり取りを仲裁するように割り込む。

 声の主は花の髪飾りで、顔の左側に作られた小さな縦ロールを飾った、小柄な少女のものだった。

 ゆるふわデザインの『THE・女の子スタイル』と言った服装に身を包んだ少女は、小さな胸の前で両手で両手を握り締め、不意に自分に向けられたレイとアズマの視線の中で必死にこう訴える。


 「そ、その……っ、アズマさん……すごく、痛そうですし……! 怪我しちゃったら、労災申請書とか作らないとですしっ! わっ、私もキノコ生えませんしっ! もし生えてきても、キノコ好きですから大丈夫ですっ!」


 やはりたどたどしい感じで、太めの眉尻を下げつつ、些か方向性迷子なフォローだった。思わず対峙していたレイとアズマの表情が、きょとんとなる。

 何と言うか。姉弟喧嘩している最中に、飼っているペットが必死に自分達の気を惹こうとわちゃわちゃしている様を見た時の気分に近い。

 レイとアズマがそれぞれ少女のすっ飛んだセリフに毒気を抜かれていると、少女の傍らから呆れたライの声が飛んだ。


 「ウソつけ。お前、キノコ好きって……マッシュルームくらいしか食べねぇじゃん。シイタケとか風味が強過ぎて苦手とか、ガキみたいなこと言ってただろ。兄ちゃんの前だからって、カッコつけてんじゃねぇぞウルル」

 「はうっ⁉」


 『ウルル』と呼ばれた少女はびっくぅ! と両肩を上げながら、小さな悲鳴を上げる。

 ウルルはわなわなと小刻みに震えながら、呆れ顔のライを少しばかり膨れっ面で睨むと。


 「べ、別にカッコなんてつけてませんっ! 大体っカッコつけなのはライ君の方でしょうっ! 毎度毎度、仕事で下界に来る度に悪だくみしてっ! あんまり悪戯ばかりしていると、また神様から『五行山の刑』に処されるのですからねっ‼」


 びしっと人差し指を突き付けながら発したウルルのセリフに、ライは赤点のテストが母親に見つかった時の子供のように、思い切り顔を顰めた。

 しかし、ウルルの追撃は止まない。十センチほどの身長差があるライに詰め寄って、ぷりぷりとしたお説教モードに入る。


 「忘れたとは言わせませんよ!  つい十日ほど前も、お仕事が終わった後、勝手に能力を使って積乱雲を成長させてっ! 三時間も社の離れにある『五行山の間はんせいしつ』に入ることになったのですよ⁉」

 「あれは別に悪戯でやったんじゃねぇっての! ほっといたら、ゲリラ雷雨にな事故りそうな積乱雲の膿みを早めに出してやっただけだし! 巨大積乱雲スーパーセルにでもなってからじゃ、それこそ業務上過失事故に成りかねねぇだろうがよ! 八月の終わりから九月にかけて、一番竜巻が起きやすい時期なんだぞ下界は!」

 「そう言うことは、天恵庁てんけいちょうから指示があってから対処するのが基本ですっ! 『天神塾』で何を学んできたのですかライ君は!」


 如何にも優等生みたいなセリフを突き付けてくるウルルに対し、ライは思い切り『はんっ!』と鼻を鳴らしてから、ウルルに向かって詰め寄り返すと。


 「言われたことだけやってりゃいいなら、マニュアル持った素人でも『天神』は務まるわ! いつまで塾生がくせい気分なんだっての! そういう甘ちゃんなとこが二流なんだよ、ウルルは!」

 「なっ……! だっ、誰が二流ですかーーーーっ‼‼ 私だって、きちんと半年の研修期間を修了した『雨天神』なのですよーーーーっ⁉」

 「それを言い出したら、俺だってちゃんと研修終わらせた『天神プロ』だってんだよ! バァカ‼」

 「馬鹿とは何ですか馬鹿とはーーーーっっ!」


 目測一六〇センチ前後の小柄な少年少女達は、人目も憚らず子供の喧嘩のようなやり取りを繰り広げる。

 暫く蚊帳の外状態だったレイとアズマは、何とはなしに顔を見合わせ、それぞれの『妹分』と『弟分』の肩に手を置いて、二人の仲裁に入った。


 「まぁまぁまぁ! 落ち着いて、ウルル。心が乱れると、能力も乱れてしまうわよ? それこそ、業務上過失への第一歩だわ」

 「ううぅぅぅ……!」

 「はぁい、深呼吸深呼吸。喧嘩は『天界』に戻ってから、好きなだけやりましょ? ね? より正確に言うと、『天神塾』の能力観測用プールを借りて、水攻め……もとい、雨攻めすれば私達『雨天神』に敵う『天神』はそうはいないもの」


 ————なんか、綺麗な笑顔で物騒なことを言ってるんだが、あの女。


 撫で子撫で子、と色素の薄い髪色をしたウルルの頭をなでているレイを一瞥しながら、思わず心の中でぼそりとしたツッコミをこぼすアズマ。

 それから、自分の右手を置いた小さな肩の主————赤い髪が目立つライの表情をふと窺う。

 ライは『ちぇっ』と不服気に唇を尖らせ、目前のレイとウルルのやり取りから視線を外していた。ここで冷静さを取り戻す辺り、アズマよりも年下ながら同じ職責を持つ『天神』であることを実感させる。

 アズマはつい感心したのち、小さく一笑を浮かべて、肩に置いていた手を赤い髪の頭頂部に移動させた。


 「偉いな、ライは。上げた拳を下ろすって、結構大変なのに」

 「——だって、子供ガキじゃねぇもん。俺」

 「そっか」

 「うん。俺の目標は、兄ちゃんみたいなクールでカッケー男だしっ」


 ぐっさぁ‼‼ ずどぉんッ‼‼

 穢れのない無邪気な少年の笑顔と、憧れの雑じったセリフが、アズマの胸に鋭利に突き刺さる。次いで、頭上から隕石の如く落とされた悪意のない重圧プレッシャー

 アズマは一人、勝手に生み出した心象ダメージに打ちひしがれるようにして、ずるずるとその場にへたり込んだ。それにぎょっと慌てたのは、ライである。

 

 「兄ちゃんッ⁉」

 「……違うんだ……俺ってヤツは、そんな期待に満ちた眼差しで見られるような男じゃないんだ……クールに見えてるのも、ただ口下手なだけだし……サングラスも、ただ単にと目を合わせるのが苦手で、目つきの悪さと顔の傷を目立たなくさせる為って言うか……身長に至っては、完全に親からの遺伝だし……『雷天神』になったのだって、ホントは何かの間違いだったんじゃ……俺個人の取り得なんて、町中に落ちてるポイ捨てのゴミを数え続けられるくらいなもんで————」

 「ちょっ、まっ、兄ちゃんのネガティブ・スイッチが入ったァ⁉ なんで⁉ 一体何がスイッチだったんだよ兄ちゃん‼‼」


 突然両膝を抱えた三角座りで、どよんとしたオーラを放ちながらブツブツと独り言を唱えるアズマ。

 そんなアズマに慌てた様子のライは、デカい体躯でめいっぱい縮こまってしまった彼の周囲をうろうろとしながら声をかけるが————アズマは、既に三角座りのまま深淵の中にとっぷりと浸かっていた。

 率直に言って、人の話なんぞ聞いてるメンタルにない『超ネガティブモード』である。

 金髪頭にサングラス。すらりとしながら、一八〇近い高身長。おまけにその下に見える色素の薄い三白眼に、大きな頬の傷————と。

 一見すると、箔のある『強面』な風貌のアズマだったが……その内面は、おぼろ豆腐もびっくりなほど、実に心優しい繊細な男の子だった。


 「……ホンット、いちいち面倒臭い男ね」


 と、そこへ横目にそんなアズマとライのやり取りを確認していたレイが、呆れ果てたように深い溜息をこぼしながら近付いてくる。

 彼女はカツカツとヒールを鳴らしながらアズマのすぐ背後まで歩み寄ると、整えられた爪先が美しい右手ですぱーーん! と金髪頭の頂点を引っ叩いた。


 「ぶッ⁉⁉⁉」


 両膝を抱えていたアズマはその衝撃で思い切り顔面と自分の膝小僧をぶつける。

 アズマはちょっとズレたサングラスを直した後、地味に痛む鼻の辺りを押さえながら背後の襲撃者に上半身だけ振り返ると。


 「アンタねぇ……雷の擬人として生まれて凡そ、天界換算一七〇年——下界換算でも、十七年経ってるのよ? 『雷の天神』としても、十年いちねんよ。十年いちねん! いい加減、自分と自分に与えられたお役目に自信持ちなさいよ。あと、仕事終わる度に下界チャンネルでニュースチェックするのもやめたら? 自分で自分の粗探しして、何が楽しいってのよ」


 情け容赦ない口撃。レイにとっては、単純に言いたいことを臆さず隠さず口にしているだけなんだろうが……。

 今日何度目かになる溜息をこぼしながら自論を語るレイに、アズマはちょっとだけ顔を顰めてぽつぽつとこう言い返した。


 「……俺はお前と違って、大雑把に物を考えられないんだよ……! いつも周りの目が気になって仕方ない……て言うか、そもそもお前がいつもいつも俺のメンタルに追い打ちかけてきてるんじゃないか……!」

 「失礼ね。『幼馴染み』のよしみで、引っ込みっぱなしのアンタのお尻を蹴っ飛ばしてやってるだけでしょ。 大体、『大雑把』って何よ? 私は自分にお役目を任されるだけの技量があることを理解していて、『天神プロ』であることを自負してるの。ただ、神経が図太い女みたいに言わないでくれる?」

 「……だから、俺とお前は違うって言ってるだろ。ほっといてくれよ……!」

 「だーかーら! ここまでやることちゃんとやってきてるんだから、ちったぁ自信持ちなさいって言ってるのよ、私は!」

 「……、」

 「それと、かまってちゃんな男はモテないわ。無駄にモデル体型してるくせに、女受けが悪いのってそういうとこよ。アンタ」

 「うっ、うるさいな‼ 大体お前だって————」


 どこまでも辛辣なレイの言葉に、アズマもようやく羞恥雑じりに反抗の一声を叫ぶ。


 「何よ」

 「…………、」


 だが、何か言いかけた途中でレイに一睨みされ、不意に火が消えてしまったようにアズマは口を噤んだ。

 レイは一瞬眉を顰めてから、前髪をさっと掻き上げるように頭を抱えると。


 「ったく、言い返すくらいして見せなさいよ。アンタの場合、紳士ジェントルマン気取りじゃなくて、ヘタレてるだけなんだからね。それ」

 「……もう、ほっといてくれ」


 諦念の色雑じりに深い溜息をつきつつ、アズマはレイから視線を外す。

 彼の心の中で、どうせ何を言っても口でレイに勝てる気がしないのだろう。

 ゆらりと立ち上がったアズマの横顔は、勤続三十年のサラリーマンとよく似た哀愁が漂っていた。

 ハリ、ツヤのある肌や髪からは十代のような若々しさを感じると言うのに……。

 レイは立ち上がった後で一切こちらを見ようとしないアズマの背中を、どこか苛立たし気に一睨みし————ふと、自分に向けられていた二つの視線に気付く。

 ちょっと心配そうな面持ちのライと、思い切り不安そうに眉尻を下げたウルルの視線である。

 レイは一笑雑じりに肩を竦め、自分よりも小柄な体躯の二人に向かって、穏やかな笑みを向けると。


 「とりあえず、今日の仕事を片付けましょっか。ウジウジかまってちゃんのアズマは放っておいて」

 「いや、レイ姉。それはどうかと」


 とは、小さく挙手したライのツッコミ。

 ちなみに、当のアズマはぎくりと一度身体を揺らしているだけだった。


 「そ、そうです! レイさん! 今日は雨雲のタマゴだけでなく、一緒に雷雲のタマゴも設置するんですよね? だったら、一緒に行動した方が良いと思いますっ」


 そこへ、少々不安が入り混じった大きな瞳でレイを見上げながら、ウルルが続く。

 レイは感心したような顔で一息もらし、やおら小柄な体躯の少年少女の頭を両手で撫でてやりつつ、


 「ホンットいい子ねぇ、アンタ達。仕事はキッチリ熟す上、ヘタレで見た目詐欺にも程がある超ナイーブな年上同僚のフォローまで入れてくれるんだから」

 「ぅぐっ!」


 さり気なく傷心のアズマにトドメの一撃を刺した。

 二人の少年少女は、そんな光景に微妙な表情やら苦笑顔になったものの、もう口を挟むことはやめた。

 結局のところ、これがこの四人が集まった際の『日常』であるのだから、仕方がない。




 「よっ、と」


 小気味良い音を鳴らして、ライは顔の前で勢いよく両手を合わせる。

 そして、徐に合わせたてのひらを離していくと、何かが弾けるような音と共に放電現象が発生し、ライはそこに向けて息を吹き込む。

 すると、放電帯を抜けたライの吐息は瞬く間に煙となり、十秒もしない内に畳一畳分ほどの雲となった。

 時折ゴロゴロと聞こえる厚みのある質量のそれは、『雷雲』と呼ばれるものである。

 ライが自ら創り出した雷雲それに飛び乗ると、ウルルも追うようにその後ろにそろっと乗り込み————不安気に眉を八の字にした。


 「……う、うぅ……」


 顔色のよろしくないウルルが、無意識に目の前に見えたライの真っ赤な上着の裾を掴む。

 ライは『またか……』と言わんばかりに、些か面倒臭そうな表情で息をついて振り返ると。


 「お前なぁ……いい加減、慣れろよ。雷雲での移動。『雷雨処理』の度にビクビクしてたらキリがねぇだろ。仕事だぞ、仕事」


 呆れた口振りでそう言えば、ウルルはくわっと言い返す。


 「っ、お仕事でもっ! 怖いものは怖いんですッッ!」

 「……あ、そう」


 半泣き顔で言われたところで、怒り口調の効果も半減すると言うもの。

 ライは皺が残りそうなくらいに小さな両手で掴まれた上着をそのままにして、本日最初の目的地である栃木方面へと雷雲を進ませた。

 今いる場所から感知するに、風は南西方面から風速一~二メートルで吹いている。通達された『雷雨処理』は、北関東エリアだったから丁度いい。この風なら、想定しているよりも早く仕事を終えられそうだ。

 ライは素早く思考したのち、音もなく高度を上げ始めた雷雲の上から、雑居ビルの屋上に見えるレイとアズマに手を振る。


 「じゃあなー、兄ちゃん、レイ姉! 南関東方面は任せたぜー!」

 「あ、う、いっ……いってきます~……っ!」 

 「はーい、また後でねー」


 一方、ライとウルルを乗せた雷雲をひらひらと手を振り返しつつ見送ったレイは、『さて、と』と呟いて。


 「南関東は雨がメインだったわよね……私が『足』を造った方がいっか」


 自身の掌を上に向けると、そこに向かって『ふぅー』と吐息を滑らせる。すると、吐息は巻き上がるような煙の渦となって、あっという間に灰色の『雨雲』に成った。

 レイがそれにひらりと乗り込んで数秒後、ふと背後に感じた気配に向かって、彼女は淡々と言葉を投げた。


 「アズマ。その鬱陶しい体育座り、いい加減にやめてくれないかしら。思わずアンタが居る場所の雲の質量を薄くして、乗雲拒否じょうしゃきょひしそうだわ」

 「…………お前、ホントは俺のこと嫌いだろ」

 「別に嫌いでもないけど、見ててイラつくのは確かね。私、優柔不断な男って嫌いなのよ」

 「(やっぱり、嫌いなんじゃないか)」


 レイが人差し指をつい、と動かすと同時に動き出した雨雲の浮遊感を感じつつ、アズマは心の中でしっかりとぼやく。

 どうせ、何か言い返しても五倍十倍になって返ってくる。無駄にアズマのガラスのハートに、傷を増やしたくはない。これは己の身を護る為、果ては生き残る為の知恵である。

 だから、言いたいことは心の中でだけにしておくのだ、アズマと言う男は。


 「それにしても……いつ下りてきても下界はいいわねー! 面白そうなものも沢山あるし……雲の上から人間を観察するのも飽きないし。あ、そうだ。仕事終わりに、渋谷で買い物して行くのもいいわね。丁度夏服のセールやってるでしょ? 今。なぎが言ってたわ」


 しとしととした雨粒を地上に落としつつ、都心部から埼玉方面へ向かっていく灰色の雨雲の上でレイは周囲を見渡しながら言った。

 レイが何の気なしにちょっと雲の下を覗き見ると、多種多彩な傘が幾つも花のように開いているのが見える。

 中には傘を持っていなかったのか、慌しく町の中を駆ける者もちらほらと。

 そんなありふれた光景を楽しげに眺めていれば、雨雲の上で体育座りをしていたアズマが小さな溜息交じりにこう呟いた。


 「——そりゃあ、俺達の住む『天界』のになってるんだ。この世界に親近感は沸くだろうし、こんなにも未知の文明や娯楽に溢れた世界は、面白くも見えるだろうさ。けど……俺達は、下界の人間にとってはでしかないんだぞ。オフの日ならともかく、仕事で下りて来てる時くらい世界秩序を考えろよ。過干渉は控えるに越したことはないだろ」


 体育座りをしたまま、ぽつりとそんなことを言うアズマに、レイは一瞬だけ視線をやって『そーお?』と呑気な反応をして見せる。


 「確かに私達は、別世界からこの世界に干渉してる『異分子』ではあるんでしょうけれど……その実、この別世界の天候秩序を護ろうと日々頑張っているのよ? 『能力』で干渉しないのなら、別にいいじゃない?」

 「……俺達は下界にいるだけでも、この世界の大気に無意識レベルで干渉してるんだぞ」

「だから? 何かあった時に責任と後始末をつけるのが『天神わたしたち』でしょ? プロって、そういうことじゃないの?」


 少し湿気を含んだ風に靡く艶やかなレイの髪が、サングラス越しにアズマの三白眼に映る。

 レイの視線は相変わらずビル群やら、徐々に近付き始めた山並みと言った風景に向いていた。会話しているくせに、後ろにいるアズマに向ける興味はほんの瞬くほどの間しか持たなかったらしい。

 アズマは三角座りにした膝の上で両腕を組み、手首の辺りに顎を置きつつ諦念の吐息をもらして呟いた。


 「……早く家に帰って、コーヒーが飲みたい」



***



 並行世界————。

 それは己が『今』実体験している現実せかいとは、別に在る現実せかいのことである。


 例えばそれは、天国や地獄と言った名前の世界であったり。漫画や小説、アニメや映画と言った二次元世界のことを示すものかもしれない。

 例えばそれは、今の自分が選び取らなかった『もう一つの人生』のことを示すのかもしれない。

 例えばそれは、この地球上に在る『日本』と呼ばれる島国の遙か上空にもう一つ————『人類に近い生きもの達が存在する国』が在ることを言うのかもしれない。


 その『国』の名は『天界』と言った。

 人間が言うところの『神様』と呼ばれる人物が、実際に地球上に存在する島国から着想を得て創造した————『空に浮かぶ島国』である。

 『神』は古来より、人間の住む『下界』を甚く愛していた。そして、『国』や『命』を創り上げる強大な力を持っていた。


 そして、とある時代————多くの災害を目の当たりにした『神』は、何処かの未来に繋がっているかもしれない『終末危機ハルマゲドン』を危惧し、ふと思い立った。


 ——己の愛する人間が自ら滅びの未来を選び取らぬように、『自然界の調整役』を創ってやろう——。


 『神』は自身の持つ創造の力で、八百万の神々を奉る信仰精神の強い『日本』と言う国の上空に、もう一つの『島国』を創った。そして、『神』は己の支配下にあった『地水火風』の分神を基に、先ず四種の命を創り出したのである。

 久遠のような時間をかけ、四種だった命は『気象の子』として名を得て、やがて『気象の子』は八種にまで増えた。


 『雷』『雨』『雲』『風』『晴天』『雪』『台風』『霧』————。


 姿形は人の子と何ら変わりない。ただ、生まれた『気象の子』らは生まれつき、それぞれ地水火風を元とした力————『天候の力』を扱うことが出来た。

 例えば、『雷の子』ならば、その身一つで雷雲を創り出し、いかづちを起こせると言った具合である。

 『神』はそんな彼等を、こう名付けた。天候を司る人の模った者————『天候擬人てんこうぎじん』と。

 そして、その『天候擬人』を総べる頂点に立つ擬人を『天候擬神』。通称、『天神てんじん』と呼ばれる擬人が生まれたのは、今から凡そ二千年ほど前のこと。

 幾度も生まれ、語り継がれていった『天神』の今は____。


 「そーーー…………らっ……よっ!」

 「きゃあああ! らっ、ライ君! デリケートな雷雲のタマゴを、砲丸投げよろしく投げ飛ばさないでください! 割れたらどうするんですかっ⁉」

 「割れなきゃ、仕事にならんだろうが……何を馬鹿なこと言ってんだ、お前」


 赤毛の少年・ライ。並行世界・天界で生まれ、西暦二〇〇〇年代の下界の天候を統制する『雷の天神』の一人である。

 ちなみに、その隣でライの行動にハラハラとした声を上げているウルルも、同じく天界生まれの『雨の天神』の一人。

 そして現在、下界・南関東エリアで、ライ達と同様に薄いプラスチックの球体を打ち上げているアズマとレイもまた、天界生まれの天神。アズマは『雷の天神』、レイは『雨の天神』としての役を担っている。

 『天神』とは下界の天候を調整する重要な擬人。一種の『神の力』を持った擬人と言っていい。

 故に天神は『天候』と、創造主と同じ『神』の名を名乗ることを許されていた。

 各天候八種……即ち八名の『天神』の御役目は、『下界の天候を調整すること』。

 気象の能力を司る彼等は、神が愛する下界の『終末危機ハルマゲドン』を回避する為、生まれ出でた命の平衡バランスを取る為、地表に影響をもたらす大気に干渉しているのである。

 ————が。


 「しかし、あれだな。何回やっても、原理がわかんねぇんだけど……この薄っぺらい『タマゴカプセル』にちょっと能力ちからを込めるだけで、勝手に雷雲に育つっつーのは便利だよな」


 小さな結晶が中央に浮かんでいる薄いガラスのような透明な球体を両手で包んだライが、何となくつまらなさそうに言う。

 手の中に在る空っぽの球体の中では、小さな発光が起こり始めていた。


 「なんだっけ……これにも『ウェザー・ナノマシン』ってのが組み込まれてんだっけ?」

 「はい、そうです。塾生の時に先輩方から『ウェザー・ナノマシン』についても色々と教えていただきましたよね。今の天界で私達の生活を支えるメインエネルギーシステムの核でもあります」

 「……なんか、難しい原理だ仕組みだって習ったけど……要するに、俺らの能力で自家発電して生活する為の『変換機』ってことだろ? 究極の自給自足生活じゃん、天界って」

 「国のシステムに一々噛みつかないで下さい。けど……『天神』のお仕事でも、最近は専ら、このタマゴを設置するだけで済んでしまうことが多いですよね」


 そう言って、ウルルも同様に足元のバスケットに見えた球体を一つ取り出し、両手で包み込む。

 すると、球体の中で薄灰色の靄が渦巻き始め、球体の内側に水滴が付き始めた。ウルルはそれを確認したのち、ふわりと両手で球体を空に向かって投げる。

 球体がふわりふわりと天へ上っていく様を見つつ、ウルルの隣にいたライは唐突に不服気な表情かおで呟いた。


 「確かに仕事は楽だし、だからこそ、広範囲かつ数も熟せるようになったけど……つまんねぇなよなぁ。やっぱ、雷ならドカン! と一発っつーかさぁ……夏の夕立みたいなのが理想じゃねぇ? 古き良き時代の情景っての?」

 「いいじゃないですか。それだけ、天界の技術も進歩してると言うことなのですし。私としては、ライ君の雷は激し過ぎるので控えてもらって丁度いいくらいです」

 「どういうことだよ。——けどよ、いくら天界(こっち)の技術が進化したって、下界の大気の状態が地球温暖化だか何だかで不安定になっていってるんじゃ、事故ゲリラ処理ばっか増えて……お?」


 不満そうにぼやいたライに対し、ぴしゃりと反論したウルルに、ライが一層不満げに眉根を寄せた時だった。

 ライの身体に斜め掛けで引っかけていたボディバッグから、ピーピーと電子音が飛んだ。


 「通信ですか?」

 「おー、兄ちゃんから。南関東あっちもタマゴの設置、終わったんじゃねぇか」


 言いつつ、ライはバッグのファスナーを開き、そこから『天神』に支給されている掌サイズの小型通信端末『スマフォン』を手に、画面上に表示された通話のアイコンの上に指を置くと。


 『__ライ?』

 「兄ちゃん。そっち、もう終わったのか?」

 『ああ、終わった。そっちはどうだ?』

 「こっちもウルルがも一つ打ち上げれば、終わるぜ」


 スマフォン越しにアズマと会話しつつ、ライは傍らのウルルを見やる。

 丁度、二つ目の球体__『雨雲のタマゴ』を空に向かって、そっと浮かび上げているところだった。

 と、


 『あ、おいッ! 急に人の物を取り上げるなレイ! ぐはっ!』


 スマフォンからライの耳に、アズマの慌てた声と短い悲鳴が届く。

 容易くスマフォンの向こうの状況が把握できたライは、苦笑いを浮かべながらスマフォンに向かって、声をかけた。


 「……もしもーし?」

 『__あ、ライ? そっちも仕事、終わったんでしょう? 今から合流して、東京の方でお昼でも食べない? 戻る頃には丁度お店もき始めると思うし』


 返ってきたのはアズマの声ではなく、レイの声。どうやら、スマフォンの向こうで通話権限がアズマからレイに代わった__基、奪われたらしい。

 既に年単位の付き合いである、この面子。こういった状況にも、当の昔に慣れたもの。

 ライはてくてくとこちらに寄ってきたウルルを一瞥して、『了解』と返した。




 四人が再び人目につかない雑居ビルの屋上で合流した頃、都内には遠雷の微かな轟きが届いていた。

 空を見やれば、数時間前まで晴れ晴れとしていた青空がすっかり灰色の雲に覆われ、小雨程度の雨粒を落とし始めている。


 「……タマゴを設置してから一時間と四十四分。まぁ、天恵庁の捕捉した天恵予報フォーキャストと誤差なく降り出したんじゃない?」


 都内某所に位置するファミリーレストラン内の大きなウィンドウから空を見上げつつ、左腕に付けた腕時計を確認したレイは満足げに呟く。

 店内に幾つか見える四人掛けのテーブル席の一角。テーブルを挟んだベンチシートの一方には、レイとウルル。もう一方にはアズマとライと言った席順でそれぞれが着席している。

 ちなみに、ライの正面には大盛りのビーフカレー。ウルルの前には、ハッシュドビーフソースがかかったオムライス。アズマの前には、ホットコーヒーとレストランおすすめの日替わりランチ(メインディッシュはロールキャベツ)。レイの前には、これまた大盛りライス付きのレディースランチ(ハンバーグプレート)が置かれている。


 「しかし、よく食べるな……お前」


 げんなりした面持ちで、レイの前に並んだレディースランチと呼んでいいものか迷うようなライスの量を見やりながら、アズマはつい呟く。

 しかし、即座に正面のレイから鋭い一睨みを受け、アズマは大人しく日替わりランチのロールキャベツを口の中に放り込んだ。


 「んんっ……今、リズム狂った。やっぱ、タマゴの雷は音も不安定だなー」


 そこへ、カレーを掬ったスプーンを口に運びつつ、不満そうにライがこぼす。

 その視線の先は、大きなウィンドウから見える灰色の空。微かに聞こえる雷鳴の音が、ライには不協和音に聞こえるらしい。


 「……で、でも、今日の雷は山沿いの一部地域だけで、都心の方には来ないんですよね……?」


 更に続けて、不安そうな表情でちらっと灰色の空を見上げたウルルが言う。

 レイはセットのサラダにフォークを伸ばしつつ、一笑ともに頷いた。


 「そうね。一応、その予定だわ」

 「で、ですよね……良かったです。建物の中にいる時なら、頑張れるんですけれど……外出中に雷が鳴るのは、ちょっと怖くて」


 少しほっとした顔で、胸を撫で下ろしたウルル。

 それをちょっと訝しげな目で一瞥したライは、手に持ったスプーンを揺らしながら怪訝そうに言った。


 「つーかさ、ウルル。お前、いい加減その『雷嫌い』、どうにかした方がいいぞ」

 「き、嫌いじゃなくて、苦手なだけですっ! そこは勘違いしないでください!」

 「どう違うんだよ」

 「そ、それは……」


 ウルルが一瞬だけ、正面にいたアズマを見る。その意図に気付いたのはライとレイ。当のアズマは、首を傾げるだけだ。

 それを見逃さなかったライとレイの口から、思わず溜息がこぼれたのは言うまでもない。

 薄らと赤らんだウルルの視線が意味する『理由』など、ある程度付き合いが長くなれば容易く察することが出来る。


 「——ま、アズマの所為よね」

 「ええっ!?」

 「えっ!?」


 頬杖を付きながら唐突に放たれたレイの言葉に、驚いた様子で一声を上げたのはウルルと一拍遅れたアズマ。

 と言っても、その一声の理由わけは似て非なる物だ。


 「や……やっぱり、俺、怖いから……?」


 高い背丈、長い金髪、大きなサングラス――どうしたって女の子受けの悪い『強面』の印象が強いことを自覚しているアズマは、すらりとした体躯を縮こませ、しゅんとした面持ちで、あからさまにショックを受けたように頭を垂れた。

 それに慌てたのはウルルである。


 「あ、あああ、あの! あ、アズマさんの所為ではありませんっ! 本当ですっ! ただそのっ、昔から大きな音が苦手なだけであって……! 決して! アズマさんが怖いだなんて思ったこと、ありませんっ!」

 「いや……別に、俺に気を遣わなくていいんだ……雷の擬人って、昔から人相悪いヤツ多いらしいし。……俺、この通り顔に傷があって、見た目怖いし」

 「こ、怖くないですっ! アズマさんは優しいですっ! 大丈夫ですっ!」


 小さな両手をぐっ、と握り締め必死に己の意見を訴えるウルル。

 アズマは数秒ほど呆気に取られたような反応をしたのち、大きな傷の見える左頬を人差し指で一掻きしつつ、小さな声で尋ねる。


 「そ……そう、なのか……怖くない、のか? 俺、こんなに大きな傷あるけど……」

 「も、勿論ですっ! 全然っ! ちっとも怖くなんてありませんですっ!」


 握り拳を作ったまま、音が聞こえそうなくらいにぶんぶんと頷いてみせるウルルの姿に、アズマはちょっと安堵したような笑みを浮かべると。


 「ありがとな、ウルル」

 「…………あ、は、はい……。あ、いえ! その……っ、当たり前のことを言っただけですから……はい」


 何やら、アズマとウルルの間に、ぽわぽわと花が飛んでいるような空気が流れる。

 それを間近で感じつつ、時折こちらに飛んできそうなお花空気を取っ払うような仕草をして、ライとレイはテーブルを挟んだまま、ちょっと腰を浮かせた状態で密談を始めた。


 「……なんで、この二人は塾生時代から自分達が発する空気に気付かねーの? 花飛んでんだけど。見てるこっちが色んな意味でムズムズするんだけど」

 「アズマが超が付くほど鈍くて、ウルルが人より純粋だからじゃない?」

 「て言うかさ。ウルルはなんで、自分が兄ちゃんのこと好きだ、って周りにバレてないと思えんの? わかりやす過ぎじゃん」

 「純粋だからじゃない?」

 「いや、それこそ鈍いからじゃねーの?」

 「……アンタ、自分の可愛い幼馴染み相手に言いたい放題ね」

 「それだけはレイ姉に言われたくねっす」


 うん、と深く頷いてライはレイを見る。レイは『そお? 私とアズマは、アレが普通なんだけど』と、けろりとした顔で言うだけだった。

 そして、軽い密談を終えた二人は、何気なくアズマとウルルの方へ視線を向ける。

 未だ、花が飛び交うほのぼのオーラが見えた。状況を何も知らない人間が見れば、決して悪い仲には見えないだろう。

 恋人とか、そう言う色気のある仲に見えるのかと問われれば、微妙ではあるが。


 「——俺達、周りから『どう』見られてんのかな。クラスメイトっつーには、外見年齢バラッバラだし。第一、制服とか着てねぇし。俺らくらいの外見年齢の下界の人間って、今頃学校だろ? 目立ってんのかなー、やっぱ」

 「あんまり深く気にしなくてもいいんじゃない? 今頃って下界の学生は『夏休み』らしいし。昼夜問わず外を歩いてたって、目立つことなんてないわよ。堂々としてればいいの、堂々と。外見年齢が合わなくても、お友達グループには見えるでしょ」

 「かっけ」

 「——まぁ、もしかしたら……一部誤解を招く可能性もないことは、ないんだけど」


 テーブルに置かれていた水の入ったグラスを持ち上げて、レイはもう一度アズマとウルルを観察するように見る。

 友人、同僚。妹分と幼馴染み。そんな欲目を抜いても抜かなくても、今のアズマとウルルは、到底恋人のような関係には見えなかった。

 悲しいかな、いいとこ『兄妹』。風貌は何一つ似ちゃいないので————ひょっとすると、アズマのヤンキー臭漂う外見が相成って、女児誘拐なんて疑いが湧く可能性も在り得なくは……ない、かも。

 と、その時。


 「……おい、レイ」

 「——は?」

 「今、何か俺に対して、とんでもなく失礼なこと考えてないか?」


 神妙な面持ちで考え込んでいたレイに、怪訝そうな顔をしたアズマがつい、声をかけた。

 その声でレイは、ウルルも不思議そうな顔でこちらを見ていたことに気付く。先程までレイやライは感じていたお花畑空気は、いつの間にかただの空気に戻っていたらしい。

 サングラス越しの怪訝そうなアズマの視線を受けつつ、レイは何事もなかったかのような顔をすると。


 「被害妄想も甚だしいわね」

 「いや、明らかに考えてただろ! そういう顔してたぞ、今!」

 「そういう顔って、どういう顔よ。ここには鏡がないから、確認のしようがないわね」


 残念だわ、と余裕たっぷりに言ってみせた。アズマは口籠るしかない。

 なんて口の回る女なんだ————そんな面持ちでレイを見やって、言い返せない自分に若干の悔しさを抱きつつ、深い嘆息をもらした。

 そんな少し年上の『幼馴染みの男女』のやり取りを見やりつつ、徐に頬杖を突いたライがぽつりと呟く。


 「……俺とウルルも傍から見てる分には、こんな感じに見えてんのかなぁ」

 「何です?」


 ウルルはそんなライを不可解そうに見つめて、首を傾げるしかない。

 ライは自分の『幼馴染み』でもあるウルルを一瞥しつつ、くるりと空いたスプーンを指先で器用に一回しすると。


 「別に。『幼馴染み』ってのは、どこもこんなカンジなんだろうなって話だよ」


 一匙掬ったカレーを口に運びながら答えたライに、ウルルはまた首傾げ。


 「……ライ君の言ってることは、時々よくわからないです。『幼馴染み』は『幼馴染み』でしょう? 小さい頃から一緒にいる者同士の関係性の呼び方です。塾の下界文化の授業で習いました」

 「……お前も大概、言ってることワケわかんねぇからな。ボケなのか真面目なのか、時々見分けがつかん。ツッコミがし辛い」

 「???」


 外見は十代前半か、上に見積もって半ばくらいかの印象を受けるライは、正真正銘同い年のウルルを怪訝そうに見たまま、カレーを含んだ口元をもごもごさせながら言った。

 ウルルは大きな瞳でライを見据えたまま、わかりやすく頭の上に『?』を飛ばしまくっている。

 こいつ、基本的に『ボケ』だな、とライは心の中で呟きつつ、ごくんと口の中に在ったカレーを胃に落とすと。


 「っ、そういやさ。メシ食った後って、どうすんの? もう帰んの?」


 既に空に近いビーフカレーの皿から顔を上げたライが、誰にと言うわけもなく尋ねた。その声で、他の三人もふと顔を見合わせると。


 「私とウルルは、タマゴの設置だけだったわよね。今日は目立った雨雲の動きはなさそうだから、って」

 「あ、はい。空気中の水分量の調整も、タマゴがもたらす短時間の雨で充分だそうなので……タマゴの様子を少し見てから帰還すればいいかと」


 まず、雨天神の二人が今日の予定を確認するように言葉を交わす。

 レイがアズマを見やって、『そっちはどうなのよ?』と軽く尋ねれば、アズマは隣のライを一瞥し。


 「俺達もタマゴの設置の後は、さして予定もないよな?」

 「うん。先月は馬鹿みたいに忙しかったから、そろそろシフト減らしてくんねぇと流石にブチキレる。半休くらい寄越せコノヤロー! ってカンジ」

 「ええと……まぁ、特急の事故ゲリラ処理でもなければ、このまま帰っていい感じ……だよな?」


 微妙に話が嚙み合ってない気もするアズマとライのやり取りを目視したレイも、空に近いレディースランチセットを前に、『ごちそうさまでした』と手を合わせた後でにっこりと微笑むと。


 「じゃあ、帰る前にみんなで買い物してかない? どうせ社に報告済ませちゃえば、天界で過ごすことになるんだし。私、ちょっと洋服見たいのよね。まだ下界って暑いし。お値打ち価格の夏服を何枚か買っておきたいって言うか」


 レイ以外の三人は何気なく顔を見合わせ、それぞれ同意するように頷く。

 食事を済ませた御一行の次なる行先は、渋谷にある大きなショッピングモールに決まった。


 


 レストランを出た後、四人は下界の住人達に紛れて、買い物や散策を楽しんだ。

 ちなみに天界の時刻、暦事情は基盤となった『日本』に合わせ、二十四時間制と一週間七日制を導入している。

 ただ一つだけ異なるのは、二つの異なる世界を繋ぐ異空間の加減で、天界に住まう彼等の体感時間は凡そ下界よりも十倍の速さであるということだけ。

 八月も末日が見え始めた頃と言えば、下界の学生は夏休みと呼ばれる夏休み期間中の者が多く、四人のような『学生くらいの年齢に見える若者』が真昼間から私服で街を出歩いていても、何ら問題はない。

 天界で様々な下界事情を勉強している天候擬神達にとって、下界に溶け込むのは決して難しくないことなのである。


 「やっぱり下界での買い物はいいわねー! ストレス発散も出来るし、向こうにはない物も安く買えるし! んふふ、凪のヤツに自慢しちゃおっと」


 甚くご機嫌そうな声色で、下界ではちょっとばかり有名な婦人物洋服店の紙袋を肩に下げたレイが、満足げな笑みを浮かべて言った。

 その後ろには、にこにこと笑顔のウルルと、少々疲れた面持ちのライとアズマが佇んでいる。


 「…………相変わらず、レイの買い物は長い」

 「……同感」

 「お疲れですね、ライ君もアズマさんも」


 げっそりとした様子の男性陣に対し、邪気のない面持ちでウルルは労わりの言葉をかけた。

 四人の中では、一番か弱そうな印象のウルル。しかし、三時間に及ぶレイの買い物にも嫌な顔一つせず付き合えるとは————小柄な少女のタフさに、男性陣は愕然とした視線を向けた。

 下界に住まう人間の間でも、『女の買い物は長い』と男が不平不満をこぼすらしいが……それは天神であったとしても、同じ真理に辿り着くのだなと、些かやつれた面持ちの男性陣は悟るのだった。


 「さっ、時間も時間だし。そろそろ天界に戻りましょ」

 「はい」

 「……おー」

 「……やっとか」


 この四人が集まると、自然とレイが主導権を握る。彼女が『どこかへ行く』と言えば、なんとなく馳せ参じるし、彼女が『じゃあ解散』と言えば、そうだなと揃って頷く。

 三人に意思がないわけではない。従わされているわけでもない。ただ、自然とそれが当たり前となっているのである。この四人の間では。


 「えーっと……『天上自然公園』は、っと……あ、あっちね」


 街路の片隅に見えた案内板を確認し、レイを筆頭にした四人は歓楽街から差ほど距離のない場所にある『天上自然公園あまのかみしぜんこうえん』へと向かう。

 天上自然公園は、昨今では珍しい大型の芝生公園だ。一年を通し、四季折々の草木を楽しめるこの公園は、大輪の花を咲かせる華やかな薔薇園が一番の人気スポット。

 ちなみに、入園料は大人だいにんが五百円。小人しょうにんが二百円である。

 そして、この日は土曜日。しかも、夏休み期間と言うことで、公園へ足を運んでいる人間は多くいた。

 そんな中で、四人は目の前の親子連れが入園料を支払った正面ゲートではなく、ゲート脇に見える関係者専用の小さな門の方へと進む。

 門の傍には、正面ゲート同様に入園料を支払うような販売機がある。しかし、それには『故障中』の紙切れが貼られていた。

 四人————まず先頭にいたライが故障中の張り紙を持ち上げると、カードの差し込み口のような穴が現れる。一見すると、それ以外にボタンやら硬貨の投入口などはない。

 ライは張り紙を持ち上げたまま、ボディーバッグの中からカードケースを取り出し、カードを一枚を取り出した。

 硬いプラスチック製のそれは、ライの顔写真と名前が印刷された天界への『通行証』である。

 それを差し込み口に通せば、故障中と書かれていたはずの販売機から電子音が鳴り響く。

 吐き出された通行証を取り、次はアズマ、レイ、ウルルと続いて、それぞれの通行証を認証させる。すると、電子ロックされていた小さな門がカチャリと音を立てた。

 それを耳で確認すると、四人は大っぴらにその門を開いて、公園内へと足を勧める。

 不思議なもので、周りに大勢見える入園者達は四人の存在を全く気に留めない。いや、と言った方が正しいかもしれない。


 「それにしても……この通行証、一体どういう仕組みなんでしょう? 神様から支給される品は、摩訶不思議な物が多いですよね」


 下界で購入した可愛らしい花柄のパスケースに通行証を仕舞い込みながら、ウルルが首を傾げて言う。


 「一応、全知全能たる『神』とやらのクソジジイだからな。色々何でもアリなんじゃねーの? 創造力を司ってるんだから」

 「もうっ! また神様に向かって、そんな言葉を言って!」

 「いいだろ、別に。クソジジイはクソジジイなんだから」

 「ライは本当に恐れってものがないわよね。清々しいわ、いっそ」


 平然と『神』に向かって暴言を吐くライに、くすくすと楽しげに笑うレイ。


 「……ちょっと羨ましいな。言いたいことが言えるってのは」


 そして、ぽつりと蚊の鳴くような声で呟いたのは、ライの少し後ろにいたアズマ。言葉通り、羨望の眼差しを小柄なライの背中にこっそりと注いでいる。


 「あーあ。これから、その全知全能たるクソジジイのとこに行かなきゃなんねーのか」


 そんなアズマの羨望の眼差しに気付くことなく、ライは頭の後ろで腕を組んで、面倒臭そうにぼやく。

 隣にいたウルルは『またっ! 目上の方にそんな言葉遣いをするのは良くないのですよ!』と、ライの言葉に不満そうにしていた。真面目な少女である。


 「めんどくせーなぁ……門番二人に報告して、終わりになんねーかな」

 「月締めの活動報告は、我らが創造主たる神様に申し上げなければならない————面倒な規約ルールっちゃあ、面倒よね」

 「その辺、もうちょっと天界も電子化しねーかなぁ。下界じゃケータイとかパソコンとかでパーッと報告できるんだろ?」

 「え? で、でも、何でもかんでも電子化で済ませてしまうのは、危なくないですか? 大切なことは、直接報告しに行く方が確実だと思います、私」


 とは、ウルルの自論。そこへ、苦笑を浮かべたアズマが二人の会話に入って来る。


 「そうだな。古臭い考え方だって言われがちだけど、報告・連絡・相談は大切だよな。俺もそう思うよ」

 「そう、ですよね。何かあってからでは、大変ですものね……!」

 「ああ、そうだな。臨機応変に、ってやつだな」


 少女らしい純粋な笑顔と言葉に、思わずサングラスの下にあるアズマの三白眼も和らぐ。

 ——ああ、そうだ。このくらいの年頃の女の子と言えば、人をおちょくって楽しむような小悪魔(比喩でなく)みたいな顔なんかしないよな。飽く迄、俺の傍にいた女の子がちょっと特殊だっただけ。女の子が皆全て、あの『幼馴染み』のような性質をしているわけじゃあないんだ。

 と、ほわほわした思想がアズマの脳裏に浮かんだところで、どこからか突き刺さるような視線を、はたと感じた。


 「……なんだよ」

 「いや……トラブルに弱いアンタが『臨機応変』とか言うか? って。あと、ついでに妙に腹の立つ気配をアンタから察知して」


 怪訝そうなレイの視線である。

 本能的に、自分の事を悪く言われていた気配を感じたらしい。あと、やっぱりアズマに対するツッコミに容赦がない。

 とりあえず、女の勘とは恐ろしい……と言った顔で、アズマはこっそり身を竦める。ちなみに、最初のちょっと失礼な部分は長年培ったスキルで、スルーした。

 と。


 「おっ、見えた見えた。相変わらず、綺麗に人が噴水避けてんなぁ」


 感心したように独り言ちたライの視線の先には、魔法陣のように丸を基盤とした円の中に、様々な模様が描かれたコンクリートタイルが敷かれた場所がある。

 よくよく見れば、丸く円を描くようにコンクリートタイルには直径七センチほどの穴が開いていた。辺りのタイルも濡れて、色が濃い物に変わっている。

 ここは地面から噴き出る噴水なのだ。これも、天上自然公園の売りの一つであり————同時にこの噴水は、天界と下界を繋ぐ『出入り口ゲート』でもある。

 まるで、見えない壁が噴水の周りにあるかのように、入園者達は一人も噴水の方に近付いて来ない。四人も、それが当たり前のように噴水の中央へと歩を進める。

 四人が噴水の中心に集まった時。水が噴き出すであろう円を描いていた穴が淡く光ったと同時に、勢いよく水が噴き出す。

 その勢いや否や、目測一八〇センチはありそうなアズマが頭の先まで、すっぽりと隠れてしまう程。

 水のカーテンとなったそこは、四人を包んだまま、淡く発光する。四人が水のカーテンに包まれていたのは、約数分のこと。

 段々と噴き出す水の勢いが弱まってきた頃には、そこにいたはずの四人の姿はどこにもなかった。

 そして、次の瞬間。

 何事もなかったように、ライよりも少し幼い印象の少年が、元気よく噴水中心を横切るように走って行った。




 「————あー、めんどくせぇ」

 「天界に戻って早々、面倒くさがらないでください。ライ君」


 天上自然公園と、全く同じと言っても過言ではない公園内。

 これまた、天上自然公園と全く同じ魔法陣のように描かれているコンクリートタイル製の噴水。先程と同様、円を描くように直径七センチ程度の穴も見える。

 天上自然公園と違う事はと言えば————突如、噴水らしき場所から噴き出した光の柱のような中から四人が現れたことに、誰一人疑問も驚きも抱いていないこと。

 それから、


 「よう、ライ! 仕事の帰りか?」

 「おう。これでもバリバリの『雷天神』だからな」

 「ナリだけで見りゃ、アズマのがよっぽど天神っぽいけどなぁ!」

 「……兄ちゃんがカッコイイのは認めるが、なんかカチンと来たぞ今の! 俺だって、歴代雷天神で二番目に次ぐ『最年少天神』なんだがっ⁉」

 「ライ……」


 気さくな様子でライやアズマに話しかける男性がいたり、


 「あら、レイちゃん。ウルルちゃん。今日もお仕事? 大変ねぇ」

 「ホント。うら若き乙女を馬車馬のように働かせてくれてるわよ。我らが神様は」

 「レイさんまで、そんな言い方……」

 「でも、立派な御役目に着いてる二人は、雨擬人の中じゃ期待の星よぉ。お役目、がんばって!」

 「もう……過度な期待はプレッシャーになるってば。私達だって、元は普通の擬人なんだから。ねぇ、ウルル」

 「ですね」


 ウルルやレイに親しげに声をかける女性がいたりすること。

 つまりは、周りが四人の存在を認知しているのだ。そのことから、ここが先程まで四人がいた『下界』とは異なる場所だと言える。

 ここは人間が生き死にし、生活する世界ではない。人間の姿形をした、人間とは少しだけ違う生き物————。『天界』である。

 四人はそれぞれ、気さくに声をかけてくる住民の擬人達と他愛ない会話を済ませ、とある方角を見やった。

 天界の『天上自然公園』からでも、良く見える真っ赤な鳥居。その大きさと言えば、下界の都心部に聳え立つ高層ビルにも引けを取らないほど。


 「……遠い。しかも、社方面のバスは次来るの三十分後だし。何? 報告するだけの為に、歩いて行かなきゃなんねぇの? コレ。めんっどくさ!」

 「ライ君!」

 「こういう時は風の能力が羨ましく思えるわよね。パーッと飛んで行けそうだもの」

 「いや、飛ぶのは無理だろ……————いや、もしかしたら、出来るのかな……今度聞いてみようかな」


 聳え立つ鳥居を次の目的地とし、四人は真っ青な空の下。下界同様、綺麗に整備されたアスファルトの街路を歩き出した。



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てん☆じん 夏屋なつ @natu728

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