幼子のぬいぐるみ

滝野遊離

本文

 耳障りなクリスマスソング。喧騒。彼はそんな街を果敢にもひとりで歩く。そういうよりかは、一緒に歩く友達が居ないという方が正しいのか。

 陽もまだ真上に来ない頃には用が済んでしまった。

「すみませーん、そこの緑のリュックサックのお兄さん」

 彼にとっては全くもって面識のない幼女が話しかけてきた。すう、はあと幼女は深呼吸をしてから話し始めた。

「ちょっとだけ、助けてほしいんだけど。今は暇なの?」

 くるん、くるんと耳の脇に垂れ下がった髪を触りながら尋ねてくる。

「暇だけど」

「ならちょっとだけ、こっちまで来て」

 彼は幼女の言うとおりについていく。迷わず歩く幼女とおどおどとついていく彼。大通りから逸れた道、そして建物の間まで連れてこられた。

 幼女は側溝の横にしゃがみ込み、グレーチングを人差し指で軽く指し示す。

「んと、お金がこの下に落ちちゃって」

 そこには確かに、かわいらしいキャラクターが印字された首から提げるタイプの小銭入れが落ちていた。

 彼は仕方無いと言いながら、リュックサックから取り出した予備の軍手をはめて取り外し、小銭入れを救出する。

「ありがと。もう少し手伝ってほしいものがあるんだけど」

「何?」

「一緒に行ってほしい場所があって」

 彼は首を傾げながらも了承した。


 そこから徒歩十分、インスタグラムで有名なスイーツの店へ連れてこられた。

「ここ、来たかったんだけど友達とは行けなくて」

「一人で行けばよかったんじゃないの?」

 幼女はふくれっ面になって抗議する。

「男子はそれでもいいかもしれないけど。ちゃんと人間関係ってもんがあってね」

「女の子って大変だね」

 彼は共感することを覚えたようだ。

「高い。明らかにぼったくりなレベルの値段でしょ」

「いーのいーの。こうやってお店をきらきらした見た目にするためにたっくさんおかねつかってるんでしょう?」

 買ったアイスクリームを、ぱしゃぱしゃとスマートフォンで撮っていく。

「誰かと行った証拠残したいからちょっと手元だけ映させて」

「まあいいけど」

「角度はこう、そしてこのハートの部分をもう少し見えるように」

「こうか?」

 幼女は頷き、彼のことを褒めながら撮影をする。照れた様子に、成熟の中の幼さが覗く。


 全ては幼女様のお望みどおり。次の目的地へと向かう彼等。幼女が急に、走り出す。

「これかわいー!」

 ピンク色のクレーンゲーム機の中には、なんとも可愛らしいぬいぐるみが。幼女はキラキラとした眼で彼を見つめ続ける。

「これ……取ればいいの?」

「えっ?いいの?」

 彼は、仕方ないなあと呟きながらも、ちゃりちゃりと鳴る小銭入れから百円玉を取り出す。

 ぴろぴろと鳴りながら機械は動き出し、熊の胴体をがっちりと掴む。

「すごーい」

「まあね」

 排出口から取り出して、袋に突っ込んで幼女に渡す。

「ゲーム好きなの?」

「人並みには」

「ってことはできるってことでしょ?一緒にやろうよ!」

 結局マリオカートを三クレジットやった。


 安っぽいクリスマスイルミネーション。彼も、こんな日になるなんて思ってもいなかっただろう。

「きょうはなんだかんだありがとう」

 ぬいぐるみを抱え、首にポシェットを掛け、キラキラとしたヘアアクセサリーを着けた幼女。

「いや……こちらこそだよ、たのしかった」

「じゃあね」

 幼女は、ゆっくりと光の濃くなる方へと歩き出す。彼はすう、はあと深呼吸をして叫ぶ。

「待って」

 その呼びかけにワンテンポ遅れて振り返る。

「えっ?」

「まだ一緒にいたいんだ」

「どう――して」

「楽しかったんだ、それが無理なら今度また会いたいな……って。」

 幼女はニコニコとしてやったあまだ遊べるの?なんて言い出した。

「じゃあ。私といてくれるのね」

「もちろん」

 幼女はそっと彼の手を掴む。

「では、戴きます」

 幼女は思い切り、彼の腕を引きちぎった。ちょうど肘関節のあたりから捕れたのか、骨の破片は混じっていない。

 血の滴り続ける彼の腕にも、捕れた方の腕の血を啜る幼女にも、群衆の視線は集わない。群衆には見えていないと考えたほうが自然なくらいに。

「どう……して」

「食べるためにここまで頑張ってきたんだもん。なんだか私と遊んだほうのお肉のほうが美味しいし。今まで食べてきたのもそうだったんだよ?」

 幼女は「戴きます」と再度発し、皮膚の内側の筋肉だけを器用に取り出して食べる。

「うーん。やっぱり調理したほうがおいしいかも、でもとってもいいお肉だよ?」

 ガクガクと震え続ける彼をもう一度見る。

「生きてさえいれば腕って再生できるし? はやく一緒にお家に行こうよ」

 幼女は震える気力さえなくなってしまった彼を背負い、細くて暗い小径の中へ消えていった。

 僕はなんて幼女をストーカーしてしまったのだろうか。本当はこの近郊にいる間だけにしようと思っていたのにも関わらず、学友が幼女と歩くなんて可笑しいと思いながらつけてしまったのだ。


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幼子のぬいぐるみ 滝野遊離 @twin_tailgod

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