エピローグ
目が覚めると、そこは病院で、曖昧な記憶を辿って、あの夜プールサイドで倒れたことを思い出す。ぼんやりとした視界に、白い封筒が映る。手に取って、中身を取り出す。
『優弥へ』
端正な字で書かれた宛名で、誰がこれを書いたのか理解する。でも、どうして。
『急にごめんなさい。でも、もう私は君に会えないから、最後に手紙を書くことにしました』
なんだよ、最後って。
『初めて家であった日はこいつなんなんだって思っていたけど、あの神社でよく喋るようになって、君の言葉のおかげで学校にも行けるようになりました。さっき、やっと君に抱いていた感情の名前が分かりました。どうやら、私は君のことが好きみたいです』
まっすぐに言えない、彼女らしい告白に、思わず笑みが零れる。でもどうしてか心は苦しくて、いつの間にか涙を流していた。どうして俺は泣いているのだろう。
『私は遠くの高校へ転校することになりました。もう、お母さんを困らせたくないから。誰も私のことを知らない地でひっそりと生きていこうと思っています。そこでは、もっとお母さんに優しくしなきゃな』
涙がぽたぽた零れて、彼女の書いた手紙にじんわりと染みて、ボールペンで書かれた文字が滲む。
『ばいばい、優弥。また会えたら、今度はもっと素直な自分でいたいな。君の名前も、呼んでみたい。会うことがあるかは、わからないけど。言いたかったのはこれだけです。さようなら』
信じたくなかった。彼女が書いた手紙だって。でも、最後の行に書かれていたのは、『咲川朔良』の文字で、受け入れなければいけない事実だった。
素直じゃない、ちょっと卑屈な、でもそれが彼女のかわいらしさで、どうしようもなく、俺は彼女のことが好きだった。そのことに、今、気付かされた。目の前にいなくなってしまった、今。
それでも、俺に希望が無くなったわけではない。いつか彼女に会うまで、俺は精一杯生きよう。一番いい自分で、彼女に会えるように。
その日まで、さようなら、朔良。
三年後、桜舞う境内で、うたた寝をしていた。隣に誰かいることに気が付く。
「私を待たせるなんて、いい度胸してるじゃない」
三年経っても、彼女は彼女のままで、思わず抱き締めた。
「ちょっ、どうしたの、急に!」
「朔良」
まっすぐ彼女の顔を見つめて言う。
「大好きだよ」
雨宿り、君の隣 柏木しき @shiki_kashiwagi
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