手袋
早瀬 コウ
幸せの手袋
とても寒い国がありました。
でも、みんな寒さには負けません。
かじかんだ手が赤く腫れたら、それは冬でも休まない働き者と言われます。
それでも年に3日だけ、特別寒い日があります。
その3日だけは、みんなで手を握り合って春が来るのを祈るのです。
3日目の夜が明けると、その国は少しずつ少しずつ、暖かい春へと向かいます。
ある日、どうしても寒かった女の子が、こっそり手袋を編みました。
それは真っ赤な手袋で、寒い冬でも指先までポカポカします。
女の子の指は冬でも腫れません。
だから人よりもたくさん働くことができました。
女の子の指が腫れないことに気がついた男の人が大きな声で言いました。
「おい、
「ごめんなさい。でも、これは手にも服を着せてあげたから……」
「うるさい!」
男の人はそう怒鳴ってどこかに行ってしまいました。
すぐに他の男の人が声をかけてきます。
「手にも服を着せたってどういうこと?」
「こういうのを作ったの」
女の子は真っ赤な手袋を見せました。
「つけてみてもいい?」
「いいよ」
男の人は小さな手袋に指を入れてみます。
「あったかい!」
「だから指が腫れないの」
女の子がにっこり笑うと、男の人は目を丸くしたまま言いました。
「すごく働くなぁと思ってたから、秘密がわかってよかったよ。こんど僕のぶんもつくってもらえない? もちろん、お礼はするよ」
「うん、いいよ」
女の子は嬉しくなりました。
お家に帰ると、すぐに手袋を編み始めました。
同じ真っ赤な手袋です。
この前よりも大きな手袋です。
それからすぐに、真っ赤な手袋の噂が広がりました。
女の子と一緒に働いていたみんなもそれを欲しがって、女の子はお家でたくさんの手袋を作りました。
みんなからお礼をもらって、女の子はその冬だけでたくさんお金を貯めることができました。
大変だったのはその冬が終わったときです。
女の子の周りの人たちだけ、他の人たちの何倍もたくさん働いていて、それなのに、誰も手が腫れていなかったのです。
あのとき女の子を怒鳴りつけた男の人がやってきました。
「噂を聞いた。手袋とかいうものを作っているんだって?」
「はい。みんな暖かくなってたくさん働けるようになったって」
「いいだろう。じゃあ君のこれからの仕事は手袋を作ることだ」
女の子はその日のうちに、大きな大きな部屋に連れていかれました。
隣の部屋の扉を開けると、その中は真っ赤な毛糸でいっぱいです。
「ここにある毛糸で全部、手袋を作りなさい」
「わかりました」
女の子はたくさんの真っ赤な手袋を作り始めました。
それから1週間もしないうちに、お手伝いが1人やってきて、その2日あとにはまた1人、次の週にはまた1人……次から次にお手伝いがやってきて、部屋には何十人も集まって、みんなで手袋を編んでいます。
それから国中大騒ぎです。
『幸せの赤い手袋』をみんなが欲しがりました。
次の冬までに買わないと、給料が半分に減ってしまうという噂も流れました。
みんな夏の間にせっせかせっせか働いて、真っ赤な手袋を買いました。
「ほら見てよ、幸せの手袋買っちゃった。君はまだなの?」
「えーっ、まだ買えてないよ。もっと働かなきゃ!」
「手袋がなくちゃ、来年の仕事はないかもよ?」
「わかってるよ! 絶対買ってやるんだから!」
国中どこでもそんな調子です。
ようやく冬がやってくると、今度は別の騒ぎが起きました。
手袋を買った人たちがたくさん働いたこと?
いいえ。
手袋を買えなかった人たちが、働かせてもらえなくなったのです。
「手袋を買いたいけど、手袋がなきゃ働かせてもらえない」
「当たり前だ、手袋がない人は半分も働かない。こっちは大損だ」
その冬の最後の3日には、たくさんの人が死にました。
手袋を買った人たちの手は暖かかったので、手を繋いで寒さをしのぐのをすっかり忘れていたのです。
ずっと赤い毛糸で手袋を編んでいた女の子がそのことを知ったのは、その次の冬が来る頃でした。
「たいへん! もっとたくさん編んで、みんなが買えるようにしないと」
女の子は今までよりももっと頑張って、たくさんの手袋を作り始めました。
お手伝いをたくさんお願いして、それはそれはたくさんの手袋を作ります。
2回目の冬の終わりには、国中の人が真っ赤な手袋をつけていました。
だから誰も凍えずに済んだのです。
女の子は喜びました。
「これからももっとたくさんの人に、手袋を編んであげなくちゃ!」
次の冬、ある女の人の手には、青色の手袋がついていました。
みんなが不思議そうにそれを見ています。
「幸せの赤い手袋じゃないけど、どうかしたの?」
恐る恐る尋ねてみると、女の人はにっこりと笑ってこう言います。
「赤色じゃなくて、青色の方がカッコイイ気がしたの」
その言葉にみんなが目を丸くします。女の人はさらに言いました。
「みんなで同じものつけてるのって、ちょっとカッコ悪くない?」
今度はみんなが口を大きく開けました。
「ほ ん と だ !!!」
それからまた国中大騒ぎです。
黄色の手袋を作ってみたり、緑の手袋を作ってみたり、中には模様を編み込んでみたり、宝石をつけてみたり、トゲトゲをつけてみたり、ぬいぐるみをつけてみたり……みんなが自分だけの手袋を欲しがり始めたのです。
女の子のところに、あのうるさい男の人がやってきました。
「おい、もう赤い毛糸はいい。今度は緑と青と宝石とトゲトゲとぬいぐるみと……」
「いやです」
「なんだと」
「みんなが真っ赤に腫らした手を働き者の手って言ってたから、赤い手袋にしたんです。赤い手袋は働き者の手袋です」
女の子は大きな部屋を飛び出しました。
背中にはたくさんの赤い毛糸を背負っていました。
それから何度目の冬でしょうか。
男の子の手には赤い手袋。それを見て、他の子供が笑います。
「うわー、あれ、一番むかしの手袋じゃん」
「いまどきカッコ悪ぅ」
「あんなので幸せとか本当に思ってるのかな?」
一人の手にはふさふさの毛糸が膝まで垂れた手袋が、
もう一人の手には鋭いトゲが三つも生えた手袋が、
もう一人の手には指のところが虹色に伸びた手袋があります。
「そんなの知らないよ。お母さんが言ってたんだ。赤い手袋は、働き者の手袋なんだって」
そう言っても、子供達はクスクスと、声を潜めて笑うだけでした。
手袋 早瀬 コウ @Kou_Hayase
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