第14話 第二章(8)
「アドバイスなんて教える訳がないじゃない。私だってアドバイスを聞きたいぐらいなのに」
母さんに相談したら、そう一蹴されてしまった。
「ですよねー……」
「そもそも、小説家にアドバイスを聞こうというのが間違いな訳であって。こういうのは自分で書いていくのが一番なのよ」
「だからってさあ……、少しは考えてくれても良いんじゃないの? 息子が頑張って小説を書こうとしてるんだからさ」
「想像力をかき立てるものを探すのが一番なんじゃない? 例えば、ゲームや漫画、アニメや小説、ドラマや演劇……何だって良いわ。とにかく、自分の想像力がかき立てられる何かを見つければ良いのよ。そうすれば、どんな物語だって生み出すことが出来る」
「うーん……そういうものかなあ」
「そういうものよ。それに、物語をどう書こうったって、それは書き手の自由。仮にそれが、過去の小説と一致するようなことがあったとしても」
「一致する……って、過去にそんなことでもあったの?」
「昔……ほんとうに昔のことだけれど、小説のアイデアが過去の作品に一致してしまったことがあったわ。それは私も読んだことのない小説だった。……それで批判されることもあったわ。けれど、私は負けなかった。私はきちんとした小説をそれからも書き上げてみせたの」
「それで?」
「……それで、とは?」
「その汚名は返上した、ってこと?」
「……まあ、そうなるわね」
「だったら、良いことじゃないか。別段悪いこともしてないんだし」
「うん。そうね。そうだろうね。……そう思うのが、一般的よね」
「何が?」
「私はひどい劣等感に苛まれることになったのよ。理由は単純明快。私が書いてた渾身のプロットが別の作品で既に使われてました、なんてことが分かったら作家の名折れって奴よ。確かに批判こそされたものの、出版停止などのことには至らなかった。けれど、作家のプライドとしてはもうやられたも同然よ。次の作品が浮かんできても、それって誰かが書いてるんじゃないか、なんて思うこともある。だから、私は作品を書いても書いても没にすることが多くなってきた」
「……それをどうして乗り越えたの?」
「編集から言われたのよ」
編集ってことは、父さんか。
「『自分の書きたいものを出していけば、いつか認めてくれる人が居る』って。それに助けられて、私は今も小説を書き続けてる。だから、あなたも書きたいものを書きなさい。……どういう小説を書くのか、書き終えたら見せてね」
「うん。……最後の言葉については、少し考えさせて貰うけれど」
「あら、そう? でも、良いじゃない。こういうのでアドバイス出来るのって珍しいんだからね。少しは理解して書いてみることね」
「はは。……そうするよ」
そうして。
僕と母さんの会話は、終了するのだった。
◇◇◇
「で、で、どうだったの?」
次の日、いつものように部室に向かうと、既に恵は原稿用紙に小説を書いていた。どんな小説なのかは分からない。読もうと努力してみたが、そう簡単に読めるものでもなかった。……というか、恵はかなり集中しているようにも思えた。だって、部室は教室みたいな感じだから、ちゃんと扉がある。その扉をそっと開けた訳ではないから、音が出ていたはずだ。しかし、その音に全く気づいていない。――どれだけ集中しているのか、ちょっとばかし興味があったけれど、ここで何かしてしまうのも悪いような気がした。
そういう訳で僕はそっと音を立てないように部室の奥に向かうとパソコンを立ち上げた。僕は原稿用紙で書くことはしない。最初はそんなことも考えていたけれど、何となくパソコンで書いた方が良いような気がしたからだ。紙の無駄にもならないし。
で、冒頭の言葉に繋がる。
どうやら恵は僕が来ていたのをきちんと把握していたようで――僕から話を聞きたかったようだった。
何の話かって?
それは言わずもがな――。
「……母さんなら、『好きにやればいい』と言っただけだったぞ。決して、あれを書くべきだとかこれを書くべきだとか言っていない。……まあ、それが一番アリなやり方なのかもな。仕事として小説を書いている以上、そういうスタンスでやるのは何も間違いではないだろうし」
「うーん、分かってはいたけれど、実際に聞くと何だか辛い……。もっと小説家としてちゃんとしたアドバイスをくれるものだと期待してたのに……」
「それを聞きたかったのは、僕じゃなくて恵、お前だろ?」
口からベロを出して、てへと笑みを浮かべる恵。
可愛くないぞ。
「バレた?」
「バレるよ、それぐらい。……あんまり長い付き合いではないけれど」
あんまり、ってどころじゃない。
数日レベルの浅い付き合いだ。
「まあ、私は別に悪いことじゃないと思ってるけれど……、それにしても飯塚真凜先生も意地悪ね。そう簡単には自分のことを教えてくれないのかしら?」
「家族にも教えたくないんだろうよ。実際インタビューも好きじゃないしね。……母さんが小説家と知って、国語の先生や文学少女は良くサインを欲しがっていたよ。あとは母さんのマル秘エピソードとか。そんなこと、教える訳ないし書いて貰える訳がないだろう? 芸能記者でもなければ、サインをあまり書きたがる人でもないんだから」
花束を君に 巫夏希 @natsuki_miko
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