第13話 第二章(7)
さて。
原稿用紙を受け取ったところで、僕が小説を書くことが出来るかと言われるとそうではない。そんな簡単に出来るのなら、世の小説家が苦労することはないはずだ。
「……問題としては、幾つかあるんだよな。第一に、僕が小説を書けないことだ」
「それは、慣れていけば良い話よ。絶対に書けないなんてことはないんだから。誰かが書けて、誰かが書けないなんてこともない」
「そうだろうか?」
「そういうものよ。さて! 私も小説を書かないとね。急がないとそろそろ締め切りに間に合わなかったりする訳だし」
「何の締め切り?」
「短編賞の応募よ。一万文字以内で一本投稿するの。締め切りは六月末」
六月末ってあと数日じゃないか。
「でもまあ、やる気が出れば何とか終わるだろうし、そこに関しては気にすることでもないわよ。私にとって出来る出来ないの問題じゃないんだから」
「そういうものなのか……? いや、答えなくて良い」
「ええ……。私、答えたくてしょうがなかったのに」
だから答えなくて良いって言ってるだろ。
「小説はどういうものを書くつもりなんだ?」
「主人公はタピオカ大好きな女子高生をモデルにしようと思って」
「……ちょっと古くないか?」
タピオカブームって少し前に廃れたような記憶があるけれど。
「女子高生探偵っていうのどうかな」
「……かなり設定を盛り込み過ぎな気がしないか?」
「そしていつも飲みに行くタピオカミルクティー店に行ったら、被害者が傷を負って倒れてた」
「……おう」
「そして被害者から情報を聞いて、証拠を集めた彼女は犯人を捜し出すのだった!」
「まあ、ありがちな展開だな」
「犯人はお客さんで、お客さんはお金に困ってたの。そして、お金に困ってたお客さんは口論になって……」
「そして殺そうとしてしまった、と?」
「そういうことー」
「そういうこと、って……。でも、面白そうな気がしないでもないけれど」
「面白そうでしょう? だから、これを出してみようかな、って思う訳よ」
でも、何だか盛り上がりに欠けるような気がしないでもないけれど。
案外最初の殺人事件(実際に人は死んでない)で、盛り上がってはいるのかな?
「でも、それに集中するならテキコミに本は出せないんじゃないか?」
「どうして?」
「どうして、ってお前……。そんな簡単にアイデアが出てくるのかよ」
「既に幾つかストックしてるから問題ないわ!」
「だったら問題ないんだけれどさ……。いや、問題ないのか? ほんとうに?」
「ちょっと、そこで自問自答しないでくれる? 答えた私も疑問符を浮かべる羽目になるじゃない」
それもそうだ。
そもそも、幾つかネタがストック出来ている時点で凄いと思うのだけれど。
「私だって、ちゃんと道筋を立ててるのよ。なんつーの、ロードマップ? 的な奴。きちんと立ててるんだから」
「へえ。例えばどういうロードマップを立ててるんだ?」
「例えば、これから六月末の賞に向けて書いてる。それは、ウェブサイトが主催してる賞ね。ウェブサイトに短編を掲載すると、自動的に選考対象になるの。それにさっきのタピオカ探偵を掲載する。そんでもって、七月にテキコミの原稿を仕上げて……。続いて八月末のファンタジア大賞。ここには、色々と頑張らないとね! 十月にはスニーカー大賞も待ってることだし」
「その、ファンタジア大賞とスニーカー大賞って、どちらもライトノベルなのか?」
「うん? まあ、そうなるけれど。別に良いじゃない、それぐらい」
「ライトノベルって、あんまりイメージ湧かないんだよな……」
「あら、あんたが読んでた『涼宮ハルヒの憂鬱』だって元は角川スニーカー文庫よ? ライトノベルの一翼を担ってたんだから」
「そうなのか?」
「ええ。……そもそも、どうしてあんた、ライトノベルって知ってる訳?」
「……母さんが書いてる小説の中に、ティーンエイジャー向けの小説とかある訳だよ。例えば、ビースターヒーローなんかはライトノベルとして再版されてるし」
「ああ、そうだったわね。私は初版を持ってるし、再版分は新しいファンに向けて出してるものだから買ってないけれど……」
「買ってないんかい! それはそれで問題だろうが」
「いや……。ちょっとね……。母さんに本を買いすぎだとか、新しい本を手に入れすぎだとか、少しは魔女の勉強をしろだとか言われて少しね……」
最後は気になったけれど、それは家庭の事情だ。放っておくことにしよう。
「……ところで、そろそろ何か書かないといけないんじゃないですか?」
そう言ったのは千葉先輩である。
千葉先輩は千葉先輩でさっきからずっとキーボードを叩いてる。余程何か良いアイデアでも降りてきたのだろうか。だとしたら、僕達が介入する必要もないだろう。或いは、邪魔されたくないから、他の人達もさっさと小説の執筆に励め、と言いたいのだろうか?
「……あの、もし気分を害したのなら謝ります」
「何が? 別にそんなこと思った覚えもないけれど……。でも、書かないといけないのは確かじゃない? 特に、真央くんは、書いたことがないんでしょう、小説を。だとしたら、一度書いてみるべきよ。どういう類いのものになるかは別として」
「そういうものですかね……」
「そういうものですよ」
千葉先輩はそう言ってキーボードを再び叩き始める。何だかその様子を見てると、僕も書かなきゃいけないんだろうな、って思うようになってきた。ここに居るからそう思っているだけなのかもしれないけれど。
それはそれとして。
「……じゃあ、お前はテキコミの原稿は未だ手つかずってことなんだよな?」
僕は恵に問いかける。
恵は僕の言葉を聞いてうんうんと頷いた。
「まったくもって、その通りよ! でもまあ、時間もあるし余裕余裕!」
余裕そうに見えないのだが、ほんとうに大丈夫だろうか?
いや、でも本人が大丈夫だと言っているのだから大丈夫なのだろう。きっと。
「……まあ、執筆に移りますかね……」
とは言ったものの。
アイデアが一切浮かんでいないこともまた事実である。
それを考えたら、お先真っ暗で正直何も考えたくない――レベルなのだけれど。
「うーん……」
唸りながら、僕はアイデアを考える。
どんな作品を書けば良いのか、どんな作品にすれば良いのか。
それについて長々と考えることになるのだが、それは今考えるべき話題でもないだろう。
「一度、家に帰って持ち帰ってみたら? 未だ時間は余りあるし。締め切りについても少しは余裕を持ったスケジュールになってるから、そこについて気にする必要性もないし。……それに、小説家のお母さんに話を聞いてみるのもありじゃない?」
「……お前、その話の内容を聞きたいだけなんじゃないか?」
「あら、バレた?」
「バレるわ、それぐらい」
でもまあ。
その意見を受け入れるのも悪くないかもしれない――そう思いながら、僕は原稿用紙を鞄の中に仕舞うのだった。
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