高校性活

@sema

本編

「どこにも居場所がないんだ」

その日僕は、初めてリビングで弱音を吐いた。

静かに消えていったその言葉に、母は少し面食らいながらこう答えた。

「自分で無くしていってるんでしょ」

そうやって形作られたのが、今の僕。


_______________________


 とりあえず軽く、自己紹介をしておこうと思う。

某有名私立高校に通う普通の高校二年生。中学から大学まで一貫だから、環境の変化も当面の将来への不安も無し。

幼いころから習っていて今でも続けているピアノが一応の特技。

趣味はゲームとオーディオと写真で、そこそこのスペックのPCとお気に入りのオーディオ機器、型落ちのミラーレスカメラに囲まれて生きてる。

多くはないがそれなりに友人がいて、中三のときから離れたりくっついたりしながらなんだかんだ続いてる彼女がいる。

それが、僕の全て。

それ以上でも以下でもなく、それだけ。



 どうしてこうなってしまったんだろう、間違えないように生きてきた筈なのに。



 重い目覚め。雀の囀るどうしようもなく爽やかな朝は、私の憂鬱の引き立て役にしかなってくれない。

テストを一週間後に控えた土曜日の午前6時半、硬くて沈まないマットレスの上で僕は一人、朝の訪れに沈んでいた。

とりあえず携帯を開く。現代人の日本人って「とりあえず」が大好きだ。僕も含めて。

とりあえずiPhone、とりあえずインスタ、とりあえずビール。

同調バイアス万歳。

 LINEのアイコンの上で23の数字が踊っていて、僕は昨日自分が寝落ちしたことを悟る。

案の定彼女からは「寝たー?」「ねぇ寝たのーーー???」「んーおやすみー」といった、沢山のメッセージが届いていた。

彼女にささやかな謝罪と朝の挨拶を送信して、ベッドから出る。

僕の通う私立高校は、進学校でもないのに何の意識の高さなのか、土曜日も午前は授業がある。だから、「楽しみな金曜夜」も「三度寝の末目覚めた土曜11時」も僕の日常には無い。

あるのはただ憂鬱な土曜日の朝だけだ。

 いつも通り手早く着替えて髪を直し、朝食をとらずに家を出る。

愛用のプレーヤーとイヤホンでヨルシカの楽曲たちを耳に押し込んで三十分、いつもの駅といつもの準急。

「等身大を歌うとか そんなのどうでもいいから 人よりも楽に生きたい 努力はしたくない」

耳元でn-bunaさんの歌詞が響く。大多数の人はそうなんじゃないかなと思う、少なくとも僕はそうだ。人よりも楽に生きたいし、努力はしたくない。

人の本質なんてどうでもいい。

けれど、考えることを辞められないでいる。

考えない方が、考え「られ」ない方が、遥かに幸せだ。

わかっている。でも僕はやっぱり、考えることから逃れられない。

考えることを辞めたらもう、僕である必要も無くなってしまうから。


 いつもの通学電車の中、軽いバイブの振動を感じて携帯を確認する。

「今日、勉強会の日よね。たのしみー」

彼女からだ。

 きっと彼女は、考えない側の人間なのだと思う。正確に言うなら、昔は考えていた、のかもしれない。明るくて友人も多く、いつも目の前のことに全力。中学の頃はうちの学校の花形であるダンス部に入っていて、全国大会にも何度も出いた。高校に入ってからはクラブを辞めて、自分のしたいダンスを習っている。

 僕が彼女を知ったのは中学二年生の頃だったと思う。何故か友人伝いに僕のLINEを知った彼女は、突然僕にLINEを送ってきた。顔も名前も知らない学年の誰かからの突然のコンタクトに僕はただ困惑したし、良い印象は抱かなかった。けれど、当時クラブの中で多大なストレスを抱えていた彼女とメッセージを交わしていく中で、僕は彼女の纏っていた儚い雰囲気を放っておくことはできなくなっていった。そうして、お互いの顔は知っていたけ例どほとんど直接話したこともないまま、僕らは恋人になった。

インターネット世代な恋愛だなぁと、自分でも時々思ったりする。

 月に一、二回のデートを重ねながら、僕らの関係はもうすぐ二年になろうとしていた。当時彼女が抱えていたストレスも退部と共に今では消え去って、ただ前向きな彼女だけが残った。本当に、強豪クラブのストレスというのは計り知れないものだったのだと思う。ストレス源を断った彼女は自分のしたいことに邁進し、その結果僕の入り込む余地はなくなった。彼女の中で、僕の存在は小さくなっていく一方だ。

もっとも彼女は、そんな自分の中の変化には気づいていないみたいだけれど。。

 そんなことを考えていると、疎外感と劣等感に押しつぶされそうになるので、回想終わり。僕は彼女に「楽しみだね」とだけ返して、電車を降り学校へと歩く。

後はただいつも通りの通学路があって、つまらない三時間の授業があって、「勉強会」が訪れるはずだ。

 

 例によって、眠気で何もわからない退屈な授業が3コマ過ぎて、勉強会の放課後がやってきた。廊下で待ち合わせた彼女と、部活のないテスト期間で人の多い通学路を駅まで歩く。駅に着けば電車に揺られて、テスト期間良く立ち寄る近場の少し大きな駅へと向かった。

駅前にある庶民のイタリアンレストランに入って、二人でミラノ風だかナポリ風だかのドリアを食べて談笑して、チェーンのカラオケボックスに向かう。マットの部屋を希望する旨を伝えて受付を済ませると、ドリンクバーでペプシをついでから僕らは部屋に入った。

勉強会でいつも使う、いわばいつもの部屋。

格安イタリアンで満腹だった僕らはしばらく横になって、ゆっくりととりとめのない話をしたりした。


 しばらくして、仰向けになっていた僕の体に彼女が跨ってきた。

いつもそうだ。中学の頃からの習慣、テスト期間は「勉強会」と称して、格安イタリアンを胃に押し込んで、カラオケボックスで思春期の欲望に身を任せるだけ。

いつも僕からは手を出さない。せめてこの瞬間だけでも、彼女が僕を求めている感覚が欲しいから。


たしかに彼女は中学生の頃と比べればとても前向きになった。目標を持って毎日頑張っている。彼氏という立場で考えるなら、僕はただ純粋にエールを送るべきなのだろう。

もちろん、応援していない訳ではない。いつか彼女の努力が実れば良いと思う。

けれど、やっぱり純粋に応援の気持ちだけを持つこともできない。彼女が前向きに、一生懸命になればなるほど僕が入り込む余地はなくなっていくから。

彼女本人に自覚はないけれど、彼女の中に占める僕の割合は、日に日に小さくなっている。

だから、せめてこの瞬間だけでも、求められていたい。普段は後回しでもなんでも良いから、時々でも良いから、特別な愛が欲しい。


まだお互いに一枚も脱がないままなのに、彼女はゆっくりと腰を揺らし初めて、熱い息が僕の顔を濡らす。つられて僕の鼓動も少しずつ上っていく。

惚けた彼女の顔が近づいてきて、重いキスをひとつ、ふたつ。

それから彼女は黙って僕の手を掴んで、スカートの中のふくよかな臀部まで運んだ。

抵抗するわけでもなく自ら手を出すわけでもなく、僕はただそれを受け入れる。

「ちゃんと触ってよ」

彼女は少し不機嫌そうに言う。

僕はゆっくりと手を強く早くしていく。

しばらくすると彼女の手も僕の体へと伸びて来て、ベルトを外しズボンをこじ開ける。

当然、僕の手も彼女の臀部以外へも伸びていって、邪魔な布を一枚一枚押しのけていく。

ゆっくりとエスカレートしていく行為。僕らは手で、口で、お互いを確かめあっていく。

僕は思う。良いんだ、と。

たとえ入り込む余地がなくても、話しているだけで劣等感に苛まれても、良い。

今こうやって求められる瞬間があるから。

生きている間、ずっと幸せである必要は無いって彼のカントだって言っていた。

一通りお互いを確かめ尽くしたら、僕はリュックサックから取り出した銀の薄いパッケージを破る。世の中で最も苦労して薄くつくられているであろうそのゴム製品を膨れ上がった秘部にあてがって、静かに「いいよ」と彼女に告げる。

彼女はただ待ちきれない様子で顔を紅潮させて、スカートをまくり足を広げる。

ゆっくりと、入り込んでいく。彼女の奥底まで。

前後する僕の体に合わせて、彼女は息を荒げていく。

時折「好き」「気持ちいい」と零しながら喘ぐ彼女の声で僕の脳内は埋め尽くされていって、眼の前の情事以外のことを考えられなくなっていく。

体を繋ぎ、体温を溶かし合った末、僕等は果てた。

 

 彼女はゆっくりと離れて行った。

だんだんと冷静さを取り戻していく頭の中で、ただ僕は思う。

「また一人だな」と。

事が済んだ後、彼女は「何か歌おうかなー」と一人呟き、椎名林檎を数曲、手にとったリモコンで予約した。

僕は椎名林檎が苦手だ。ずっとクラシックのピアノ一本で生きてきた人間にとって、あの不協和音を多用した曲調は苦痛でしかない。

何をするわけでもなく、ただ彼女の歌う嫌に上手な椎名林檎を聞いているうちに時間が来て、僕達は別れた。


結局、独りだ。

彼女とは逆方向の、一人の電車。

仕事なのか遊びなのかは知らないけれど、僕を待つ親はいない一人の家。

彼女と寝た後にいつも訪れる、いつも通りの孤独。

そしてその度に思い出す、あの日の記憶。

中学の頃、あまりに生活に疲れて初めて母に吐いた弱音を吐いた日。

僕が言った

「どこにも居場所がないんだ」

に母が返したあの言葉。

「自分でなくしていってるんでしょ」


そうなのだろうか。

そうなのかもしれない。


彼女から送られてきた「今日ありがと、楽しかった」という幸せに満ちたメッセージ。

孤独に苛まれたまま、ただ既読をつけて返信できない僕。



こういう僕が、僕の居場所をただ無くしていっているのかもしれない。

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