第48話 レイヴァンス

「…………」

「……アルフレッドさん。あんたはいつからここに居るんだ?」


 目を覚ましたロイは『ワーウルフ』を追いかける程の感情は消沈し、『発光灯』の前に向かい合う様に座るアルフレッドに問いかける。


「さぁね。ここは昼夜なければ環境の変化も全て停止しているんだ。僕たちの体内時間もね。あるのは“道”と“扉”だけ。どれだけの時間が流れているのかは誰にも分からない」

「…………」

「ここは【迷宮ラビリンス】。余程運が無ければ同じ所には戻れない」


 ロイは“後悔”と“悔しさ”に歯を噛みしめる。

 同じところには戻れない。

 その言葉はロイ自身が間違った道へ歩んだと告げる様に突き刺さる。


「……答えがわからなかった……俺は……」

「ひとまず君は運が良かった。僕に会えたからね。そうじゃ無かったら君は『ワーウルフ』に殺されてたよ」

「…………」

「気が済むまで考えると良い。ここの時間は無限だ」

「アルフレッドさん」

「なんだい?」


 諭す事も慣れた様子でアルフレッドはロイを見る。


「……アルフレッドさんがアイツを斬ろうとした、あの技……教えてくれませんか?」

「アレかい? 今の君には無理だよ。使えない」

「……“使えない”んですか?」

「うん。“アンサー”は皆持ってる。ただ、使える条件は人によって異なる」


 “アンサー”。ソレが『ワーウルフ』を退かせた技の名前……


「…………」

「僕の観点から見て君には一生“アンサー”は使えない」

「……俺は」


 仇を討たなければならない。そうでなければ……何のために……『迷宮』まで奴を追いかけてきたのか……

 この“復讐”と“騎士”を天秤にかけて、俺が選んだのは……“復讐”だった。だから……ここで何も出来なければ……俺は何者でも失くなってしまう……


「覚悟が決まったら僕に言うと良い。『ワーウルフ』がどこに居るかは経験則でわかるから引き合わせる事は出来る。けど、次は助けないよ」

「……アルフレッドさん」

「行くかい?」

「俺に貴方の“剣”を教えてください」


 どんな事をしても『ワーウルフ』に勝たなければならない。もう……俺に残されているのは“復讐”だけだから……


「さっきも言ったけど、“アンサー”は教えられない」

「少しでも……強くなりたいんです」


 しばしの沈黙。アルフレッドは少し考え――


「僕の“教え”は実用的になるには途方もない時間と反復の繰り返しとなる。そして、結果としてソレが実を結ぶかは分からない。それでも良いのかい?」

「……お願いします」


 ロイは深々とアルフレッドへ頭を下げた。


「わかった」


 そのロイを見て、アルフレッドは『発光灯』を持って立ち上がる。


「ついておいで。【迷宮】だからこそ、得られる強さを君に教えよう」

「はい」


 ロイも立ち上がると、アルフレッドの後に続く。






「まずは生物的な話からしよう」


 ザッ、ザッ、と砂の地面を踏みしめるアルフレッドはある場所へ向かって歩いて行く。


「ヒトの身体が動く際に全身が駆動している。こうやって歩いてる時も、足だけを動かしている様に見えるけど、腕には力が入ってるし、上半身もバランスを崩さない様に程よく筋肉で固定される」


 動く。と言う動作の中で多くの動力が駆動し望む動きを肉体は現実のモノとするとアルフレッドは説く。


「本来なら一つ一つを意識する事で“動く”事が出来るんだけど、ソレを簡略化してくれているのが脳だ」

「脳……」

「脳は見た事を記録するだけのモノじゃない。理解出来ないと思うけど」

「いえ……昔、教えてもらった事があります」

「へぇ。誰にだい?」

「俺にとっての母親みたいな人です」

「そう。なら話を続けるよ」


 先行して歩くアルフレッドは何処と無く嬉しそうに続けた。


「脳は身体を動かす際に必要な現象を簡略化し、考える必要なく手足を動かす事を可能とする。歩く事。物を掴む事。これらを赤ん坊の頃から意識せずに行える程に脳は高性能なモノなんだ」

「……」

「難しいかい?」

「少し……」

「ふふ。最初の内はみんなそうさ。僕もこの話を聞いた時はずっと首を傾けてたし」


 過去を思い出す様にアルフレッドは微笑む。


「僕が君に教えるのは眠ってる脳の機能を引き出し『限界イメージ』を強く意識する事だ」

「『限界イメージ』……?」


 二人は話ながら通路の角を曲がるとその先は拓けた場所となっていた。

 ぐるりと囲む円形の壁に無数の扉がついており中、場の中心には一本の錆びた剣が突き刺さっている。


「あの剣は……」

「ただの錆びた剣。と、言いたいところだけどね。僕が【迷宮】に入った時からずっとある」


 距離を置いて立ち止まるロイよりアルフレッドは前に出ると『錆びた剣』へ近づき、柄を握る。そして、砂の地面から引き抜いた。


「ロイ、剣を抜いてくれるかい?」


 『発光灯』を近くに置き、向き直るアルフレッドの言葉にロイも剣を抜く。

 『錆びた剣』は斬ることは愚か、突く事さえも満足に出来そうにない。ボロボロの刃を振るっても“斬る”と言うよりも“殴打”に近い攻撃となるだろう。


「ロイ、君は剣を重く感じるかい?」

「? いえ……」

「そうか」


 ふわっ……とアルフレッドの纏う空気が変わる。


「答えを先に見せるよ。見逃さないようにね」


 来る! そう感じた瞬間、『錆びた剣』がロイの喉を貫いていた・・・・・


「!!?」


 いつの間に!?

 空気が変わっただけで、接近する“意”を感じなかった。

 錆びた刃は既に手遅れな深さまで喉を貫いている。それでも反射的にロイは後ろに飛び離れた。


「――――」


 次にアルフレッドへ視線を向けると改めて驚愕する。

 彼は一歩も動いていない。その証拠に砂の地面に出来やすい痕跡はロイが動いたモノ以外には存在しなかった。

 気迫などではない。痛みこそなかったが……リアルに喉を貫かれた感覚は今も残っている。


「今の……俺は――」

「うん。貫かれていたよ。この『錆びた剣』にね」

「でも……傷が無い」

「僕が『限界イメージ』を肉体と合わせなかったからだ」


 アルフレッドはロイの反応に微笑みながら続ける。


「肉体と……合わせる?」

「ヒトが身体を動かす時、基本的にイメージを持つ事は無い。そうする事でヒトは無意識下で、“身体”と“考え”を分離しても生活を成り立たせている。故に剣を振る時に相手の挙動を見て考える事が出来るんだ。ここまではわかるかい?」

「はい」


 ソレは誰しもが持つヒトとしての能力。

 鍛練すればするほど、その精度は上がっていき、時には意識を失っていても剣を振るう事がある。


「故にヒトが常にイメージするのは自分ではなく視界に入る情報の“先”になる。目の前のモノがどう動くか。どの様に処理すれば良いのか。と、言う具合に大なり小なり、ヒトは世界の先を読んで生きている」


 だからこそ――と、アルフレッドはロイを見る。


「相手にこちらのイメージを与える事でソレを現実とする事が出来る」

「……それは、あくまで“イメージ”ですよね? 相手に自分の挙動を与える事で不利になりませんか?」

「“読んだ読まれた”を一つの枠組みに入る戦いとするなら、そうなるだろうね。でも『限界イメージ』はその枠の外から干渉するモノなんだ」

「枠の外……?」

「“読んだ読まれた”と言う概念を無意味とし、自分の動くイメージを寸分も疑い無く相手へとぶつける。これが『限界イメージ』だよ」

「……よく解りません。どういう事ですか?」

「ロイ、この『錆びた剣』で君の身体を両断出来ると思うかい?」


 唐突なアルフレッドの言葉にロイは彼の持つ『錆びた剣』を見る。

 刃の潰れている状態では両断どころか、斬り傷をつける事さえも出来ないだろう。


「無理だと――」


 その瞬間、アルフレッドは踏み込み、『錆びた剣』でロイの胴を薙いだ。身体を刃が切り抜ける感覚に死――


「…………」


 死んでいない。先ほどと同じくアルフレッドは動いておらず、『限界イメージ』だけを向けられたのだ。

 故に今、自分が胴体を両断された事実に生々しく身体が認識し、どっ、と汗が流れ、動機が激しくなる。


「僕は今、君の身体を『錆びた剣』で両断する『限界イメージ』をぶつけた。どうだい?」

「……驚きました。けど――」

「イメージじゃヒトは殺せない」


 ロイの次の疑問。『限界イメージ』は相手へ一方的に押し付ける事が可能である事は理解した。しかし、ソレだけでは敵は討てない。


「今のは『限界イメージ』の初歩だよ。本来の用途は『限界イメージ』に身体を合わせることにある」

「身体を合わせる?」

「『限界イメージ』とは、自分自身が起こせる事象の精度を限りなく高めたモノなんだ。故に、そのイメージ通りに動くことが可能と言う事になる」

「……そんな事――」

「出来ない。所詮はイメージだ。そう思うかい?」

「…………」


 ロイは否定をする気は無いが、『限界イメージ』を見せられた上でもアルフレッドの言葉を完全に理解する事は出来なかった。

 そのリアクションが当然だ、と言わんばかりにアルフレッドは笑う。


「君の考え方は一般的だよ。そう考えるのも仕方ない。しかし……“一般的”の枠を越えなければ歩めない道もある」


 アルフレッドはロイへ説く様に続ける。


「ヒトは自分自身でさえ自分の事を知らない・・・・・・・・・。勝手に限界値を決めつけて見える道を制限している」

「…………」

「まぁ。色々と価値観を話したけど、コレばかりは自分で気づくしかないのも事実だ。他人から教わって理解したつもりでも、己の根源は何も変わらないからね」


 強くなる理由はヒト各々だが、アルフレッドはその口ぶりからして彼は強さに固執してない様子だった。むしろ……今の強さなど歩んできた道中で手に入れたと言わんばかりの口調である。


「君が欲しい強さかな?」


 それは技術的な話ではなく精神的な話だ。きっと、アルフレッドさんの眼には世界は別の形で映っているのだろう。

 故に彼は……この世界の“強さ”の外にいるのかもしれない。その力があれば……ヤツを……


「やってみます」


 ロイの言葉にアルフレッドは微笑む。


「まずはその剣で僕を斬る所からイメージしてみようか」


 向かい合うとアルフレッドへ意識を集中する。


 今、踏み込み、剣を振るうと高確率で避けられる。

 身体強化で急接近する? それとも『攻撃超過』で剣の間合いを伸ばす? イメージは――


 緩急をつけて踏み込み一閃。避けた所を狙って『攻撃超過』でリーチを伸ばし、斬る。


 イメージに合わせて動こうとした瞬間、アルフレッドが踏み込んでいた。『錆びた剣』を袈裟懸けに振り下ろし、肩から脇腹まで斜めに両断される。


「!!?」


 咄嗟にロイは身体を止める。アルフレッドの重心も少し前に出ていた。イメージ通りに踏み込んでいたら間違いなく斬られていただろう。


「ロイ、そんな単純なイメージだと僕の『限界イメージ』に上書きされるよ?」


 こちらのイメージにアルフレッドさんも合わせてきた。そうだ……相手も棒立ちじゃない。こちらの攻めが未熟なら当然、隙をついて斬り伏せてくる。

 もっと……もっと深く……俺の動きを――


「うん。いい集中力だ」


 アルフレッドは、ザッザッ、と歩きロイへ近づく。そして、間合いに入った瞬間――


 高速でロイは突きを放つ。アルフレッドの身体の中心を狙った渾身の一閃。更に『攻撃超過』で間合いを伸ばしている為、見た目以上に切っ先が速く貫く。

 しかし、剣は横へ反れた。アルフレッドは伸びてくる突きに合わせて革の甲にて僅かに軌道を変えつつ身体も半身に反らして回避。半身と同時に『錆びた剣』を突き出しロイの身体を貫く。


「――ハァ……ハァ……ダメ……ですか」

「うん。予想の範囲かな」


 互いにイメージをぶつけ合ったロイとアルフレッドの間合いは変わっておらず、両者とも動いていない。


「ロイ、まだ君はイメージの領域だよ。もっと自分を知り、動きを効率を引き上げるんだ。じゃないと――」


 ドッ、と喉を『錆びた剣』で貫かれて引き抜かれる。

 カッ、と首を『錆びた剣』で切り落とされる。

 ゾフ、と腹に『錆びた剣』が突き刺さる。


 一連の死を連続で受けたロイは思わず剣を落とし、膝をつくと呼吸荒く、四つん這いになった。


「ハァ……ハァ……」

「防ぐ事も叶わず死に続ける」


 『錆びた剣』を手に取ってから一度も近づいていないアルフレッドは『限界イメージ』だけを飛ばしつづけ、そう微笑んだ。






「アルフレッド様の事?」

「ああ」


 ジェシカの言っていた、『迷宮』にて鍵となる“アルフレッド”。その人物と知り合いであるナナリーから『迷宮』打開の情報を知れるかもしれない。


「ジン君は御姉様の事は知ってるのに、アルフレッド様の事は知らないの?」

「その様子だと二人はかなり近い親戚なのか?」

「親戚……うーん。今は違うかな。でも、いずれはそうなるかもね」

「何でだ?」

「ジンは本当に知らないんだ? アルフレッド様と御姉様はとても仲が良いんだよね。前もパーティじゃ一緒にダンス踊ってさ。あまりにも絵になりすぎて皆見惚れてたなぁ」


 ナナリーは幸せそうに当時を思い出して笑う。


「御姉様の経営する学習宿にも何かと顔を出すし。ありゃ、惚れてるね。うんうん」

「……ナタリア――先生はどう思ってるだろうか」

「御姉様も満更じゃない様子だよ。アルフレッド様と会うときはギリギリまで服を選んで鏡の前を何度も行き来するしさ。不意に現れた時は誰よりも眩しい笑顔を向けるし」


 アルフレッド様と関わる御姉様は本当に見てて飽きない、とナナリーは告げる。

 落ち着いたナタリアしか知らないジンからすればその光景はちょっと想像しづらい。


「それで、アルフレッド……様は何者なんだ?」

「レイヴァンス領の次期領主だよ」


 レイヴァンス。その名前にジンは驚きに言葉を失った。


「本名はアルフレッド・レイヴァンス様。メメント領は新参だからさー。繋がりを作る意味でも御姉様とアルフレッド様の交際は、レイヴァンス領とメメント領の両方にとって望まれてる事なんだー」

「……そうなのか……」


 ロイのラストネームも“レイヴァンス”。これは偶然……なのか?


「ん? ほっほぅ……。ジン君~まさか御姉様に惚れてた~?」


 ジンの反応にナナリーはいじる要素を見つけたと悪戯な笑みを作る。


「いや、知り合いに“レイヴァンス”が居るものでな」

「え? アルフレッド様に妹弟は居ないよ? そんな噂も聞いた事ないし」

「まぁ、世界にはヒトが溢れてる。被る事もあるだろう」


 何かしらの核心に触れられそうな気がしたが、今は『迷宮』に関する情報を集めなければ。


「ナナリー」

「なに?」

「アルフレッド様は『迷宮』に関して何か知っているのだろう? 君はその件に関して何か知らないのか?」

「んー」

「些細な事でもいい。脱出の目安になる」


 ナナリーは思い出す様に額に手を当てて目を閉じる。

 言っても良いのかなぁ……いや、緊急事態だし……、などと己の中で開示する状況を精査している様だった。


「ジン君。これから私が言うことは他言せずに墓場まで持っていける?」

「……何かしらの核心があるんだな?」

「約束できる?」


 ナナリーの様子から、やはりアルフレッドは『迷宮』に対して何かしらのコントロールを行えるのか? もしくは、自在に行き来する術を見つけているのか……


「ああ。約束す――」


 その時、カッ! と近くを『光線』が通った。薄闇を照らすソレは嫌でも注目を集め、ジンとナナリーも会話を中断して向き直る。


「今のは……」

「今のって……まさか! ジン君! やった! 帰れるよ!」

「なに?」


 ナナリーは嬉しそうにジンの手を取ると引っ張るように走り出す。


「おい!」

「『ローレライ』が『迷宮』に来てる! きっと、アルフレッド様から話を聞いたヴォンドルさんが派遣してくれたんだ!」


 『ローレライ』を派遣だと? 一体、どういう事だ?

 ジンの中では多くの疑問が重なる。

 『ローレライ』は『太古の魔物』。リンクス司令でさえ時間稼ぎをする事しか出来ない程に危険な存在だ。

 誰かにコントロールされるような存在なのか?


 ナナリーに手を引かれて『迷宮』の角を抜ける。

 その先には拓けた空間が存在しており、壁が円形になっている。そして壁には無数の扉が張り付くように存在していた。

 その空間の真ん中で『ローレライ』は一つだけ拓いた扉を見るように佇んでいる。


「やった!」


 そのナナリーの声に反応し、『ローレライ』は首が180度回転して赤色の眼でこちらを視認する。そして、その首に合わせて身体を向けると、砂の地面をザゥ……ザゥ……と踏みしめて歩いて来た。


“『ローレライ』は三つの状態が考えられる。“緑”は無警戒。“黄”は警戒。“赤”は敵対じゃ。ジン坊よ、瞳が赤色の『ローレライ』を見かけたら、絶対に逃げるのじゃぞ”


 『相剋』の休憩がてら、『ローレライ』に関する事でナルコが教えてくれた情報を思い出す。

 今の『ローレライ』の眼の色は“赤”――まずい!


「ドラ――」

「ナナリー! オレの後ろに居ろ!」

「うわっぷ!?」


 ジンは近づいてくる『ローレライ』に対してナナリーを庇うように前に出る。

 『霊界』を移動し離脱するか? しかし……『迷宮』内での【霊界権能】はあまりにも不確かだ。自分だけならまだしも……ナナリーと共に移動すると何か起こった時に対応が出来るか?


 ジンは【霊界権能】で『ローレライ』を透過して見る。

 その内部は見たことのない構造をしていた。全てが複雑に絡み合った機構によって駆動し、数えきれない程の“紐”が内部を血管のように行き渡っている。ソレは手足や身体の中心にある心臓のようなボックスに繋がっている。


 倒せる……か? いや……魂が見えない。コイツは……生きていない!?

 どうする……どうすれば……どう――


「どいてっ!」


 どんっ、とナナリーはジンを押し退けると『ローレライ』の前に出た。


「ドライ! 承認コード326523。ナナリー・メメント!」






 ナナリーの言葉に『ローレライ』は、ピリリ……と鳴くと眼の色が赤から緑に変わる。


「全く……何をやってたの? 貴方達の敵は誰も居ないし、戦闘装備は制限ロックしてるハズなのに……」

「……何が起こった?」


 ジンは膝をついて頭を下げる『ローレライ』に溜め息を吐くナナリーに疑問が募る。


「本来の移動ルート外に出ると『警戒モード』になるの。いつもなら自分で配置に戻るんだけど……さっきは『交戦モード』だった。おかしいなぁ……ヴォンドルさんに言って見てもらわないと」

「……すまん、何を言ってるのか全く解らない」


 ナナリーは何を言っているのだろうか? しかし、ある事実だけは揺るがない。


「……『ローレライ』はナナリーが使役してるのか?」


 【陵墓】を徘徊する『太古の魔物』『ローレライ』。その正体が今、垣間見えている気がする。


「え? いやいや、この子たちはヴォンドルさんの――あ、ごめん、ジン。この事は話しちゃダメなんだ」


 ホントにごめーん、とナナリーは両手を合わせてこれ以上は話せないと謝ってくる。


「……目の前でここまで見せられて、追求するなと言う方が無理な話だが?」

「そこを何とか! あ! そうだ! それなら……ヴォンドルさんに会ってよ! ジンって口は固そうだし秘密を護るの得意でしょ?」

「いや、そもそも『迷宮』から出れないんだ。その事は解ってるのか?」

「そこは、これから何とかなるよ! まずはこの場でYesかNoを答えてもらおうか!」


 『ローレライ』の秘密。ソレを暴く事は今後、相対した時に大きなアドバンテージとなるだろう。しかし、


「……いや、そう言う事なら遠慮しておく」


 ジンにとっては『ローレライの秘密』よりもロイの事の方が大事だった。一刻も早くアイツを見つけなければ。


「ありゃ、ふむ。どうやらジン君には好奇心よりも譲れないモノがあるようだね……いいね! 私の好感度上がったよ!」

「……それは意味があるのか?」

「とても大きな意味があるよ!」


 にしし、と歯を見せて笑うナナリーに、ジンもやれやれと何度目か解らない溜め息を吐く。






「それで『ローレライ』を使えば元の世界に帰れるのか?」


 なんか、ボロボロだなぁ。と『ローレライ』の様子を気にかけるナナリーにジンは問う。


「巻き込まれて核心した。『迷宮』はあらゆる世界や時代と繋がっているから、扉の一つ一つから世界のエネルギーを検知できるハズ――」


 ナナリーは『ローレライ』に告げる。


「ドライ。私の生体エネルギーと一致する扉を検索して」

「ピピピ――」


 『ローレライ』は膝立ちから身体を起こし、直立して動かなくなった。


「なんだ? 停止……した?」

「今、私の生体エネルギーが存在できる世界と時代を探してもらってる。こんな次元交差領域が出来るなんて……やっぱりこの世界は――」


 一人でぶつぶつ言い出すナナリーの言葉の意味をジンは殆んど理解できない。

 たが、『迷宮』はかなり深刻な現象である事は理解できる。そして、ナナリーがソレを理解しようとしている事も。


「つまり、どういう事だ?」

「簡単に言えば、私達の生体エネルギーは世界と時間で大きく異なるの。それは座標みたいなモノで、世界に対する私達の存在を確立させてる」

「…………具体的に分かりやすく説明してくれるか?」

「つまり、私の生体エネルギーと同じ数値のエネルギーが漏れ出してる扉を見つければ、その先が帰るべき世界ってこと!」


 すると『ローレライ』の首が動く。そして、一つの大きな門へ向かって歩き出した。


「見つけた?」

「ピ、ピピピ――」


 それは、城門のように扉であり、回りに持ち上げる様な機構は何もない。『ローレライ』はその目の前で止まると、片手を下に差し入れる。そのまま軽々しく持ち上げ、行く先を解放した。

 『迷宮』へ射し込むオレンジ色の光は扉の先が夕方である事を示し、その先には麦畑が広がる光景と匂いが流れ込んでくる。


「レイヴァンス領の大麦畑だ。ありがとう、ドライ」

「ピピピ――」


 『ローレライ』の持ち上げる扉をナナリーは、生還! と向こう側へ抜けた。


「ほら、ジン君も帰ろう。私とドライが送ってあげる」

「…………」


 『ローレライ』も向こう側へ行き、ナナリーが微笑みながら手を差し出す。

 その笑顔とナタリアとそっくりだった。


「オレは自力で帰るよ」

「ここまで来たら送るよ! だから――」


 その時、『ローレライ』の目が赤色に変わると、空いてる腕でナナリーを保護し、ジンに向かって顔を向けると『光線』を吐き出した。


「! ドライ!?」

「――ピリリ」


 そして、持ち上げている扉を迷い無く降ろし、『迷宮』との接続を断つ。


 ズゥゥゥン……と重々しく目の前で落ちた扉を確認すると【霊界権能】の透過にて『光線』を回避したジンは実体を帯びる。


「…………『ローレライ』は向けられる『相剋』にも反応する……か」


 深く考える事は多くあった。しかし、ソレを考えるのはオレの役目じゃない。


「……礼を言えないのは心苦しいが」


 最低限の情報は拾えた。そして『迷宮』から自分達の世界へ帰る為の情報も。


 ジンは城門に背を向けるとナナリーの情報をヒントに【霊界権能】を発動。


 オレと同じ時代の魔力を探す――


 透過はしないが、特定の魔力に集中すれば『迷宮』内にいる同じ時代の魔力は認識できる。


「……リンクス司令と……生存者……」


 あっちは既に退却を始めている。そして――


「見つけたぞ、ロイ」


 『ワーウルフ』と戦っているロイを見つけ、【霊界権能】を停止すると駆け出した。






 一体、どれ程の時間が経ったのか……


 首を斬られて死ぬ。

 心臓を貫かれて死ぬ。

 身体を両断されて死ぬ。


 何度も……何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――


「少し休憩にしよう」


 アルフレッドさんは『錆びた剣』を元通りに砂の地面に突き立てるとそう言った。


「俺は……まだ……」

「『迷宮』だと身体は死なない。けど心は死ぬ。休憩は必要さ」


 その言葉に張り詰め続けた糸が切れた様に俺はその場に落ちる様に座り込んだ。

 体感的には……数ヵ月。『限界イメージ』を作り上げようとアルフレッドさんにぶつけているが、その全てが潰されて殺される。


「よいしょ」


 と、アルフレッドさんは『発光灯』を目の前に置いて、向かい合う様に座った。


「随分と高い壁にぶつかっているね」

「…………俺には越えられないかもしれません」


 『限界イメージ』を得る為の道筋に枝分かれは一切無い。ただ、己のイメージを明確にする事の一点のみ。近道も抜け道もない。

 故に何度もイメージするのだ。相手を斬り伏せる明確なイメージを……

 だが、アルフレッドさんには何一つ通じない。こちらの剣を当てるイメージさえも通せずに彼の剣に斬られる。

 考えて、工夫をして、出来る事は全部イメージした。けれど……


「前を見るのは良い。けど、君は“目の前”を見ていない」


 俺が先の見えない道に深く思考しているとアルフレッドさんが言う。


「ロイ、君は剣が重く感じるかい?」


 前にされた質問が改めてされる。


「……いえ……」

「なら君の剣に宿っているのは“己”だけだ」

「……“己”……だけ?」

「斬るときに相手の事は考える?」

「……いえ……そんな間はありません」


 考えるべきはいかにして敵を倒すか……父と隊長の仇である、あの『ワーウルフ』を!


「ヴェッダ」


 俺が二人の死を思い返していると、アルフレッドさんが告げる。


「……?」

「それが、君が殺されかけた『ワーウルフ』の名前さ」

「…………名乗ったんですか?」

「いいや。こうやって向かい合って座った事さえもないよ」


 アルフレッドさんは余談を語るように話し出した。


「世界に生きる全てのモノに名前がある。僕は『迷宮』に長く出入りする事もあって、だいぶ老獪でね。向かい合うと解るんだ」

「……名前を知る事に……意味はあるんですか?」

「あるよ。さっきも言っただろう? 自分の事は自分が一番知らない。だから、一人だと間違いに気づくまで時間がかかってしまうし、修正する事が難しい。でも、自分を見ている“相手”が居るのなら、そこから自分を知る事が出来る」

「…………」

「問題は歩み寄れるかどうかだ。君はヴェッダとは因縁があるのだと思う。けど、自分の殻に籠ったまま剣を振っても、彼には届かない」

「……何を……知れと言うんですか……」


 ヤツを……仇の事を知る? そんな必要はない! ヤツは……俺の身近な人たちを――


「僕も君と同じ様に心の底から恨んだ事がある。何度も何度も、怨み辛みを『迷宮』で吐き出して一時期、大暴れした事もあったよ」


 アルフレッドさんの落ち着いた様子からそんな時期があったなど想像もつかない。


「けど、ある時『迷宮』に流れてきた彼と出会った」

「……彼?」

「『ギレオ』」


 その名前にロイは思わず顔を上げる。


「彼と話して、色々な事に気づかされたんだ。怒りや恨みは己の内側から溢れるモノ。他者へその感情をぶつける事は己の心を燃やす行為だって」

「…………」

「怒りや恨みを燃やすのも良い。けど燃えるには材料や燃料が必要だ。ソレを絶えず燃やし続けたら残るのは空っぽの自分だけ。そんな僕を“大切な人”たちは気づいてくれるのか? って」

「……大切な人……」

「君の心はヴェッダとの縁で燃えているけど、君の縁はそれだけじゃないだろう?」

「…………俺は……感情のままにここに来ました」


 その結果『迷宮』からは出る事が出来ない。だが……もう後悔など考えては要られないのだ。ヤツを……殺す。絶対に……これだけは譲れない。


「時間は平等。白は白。黒は黒。水は低い方に流れる。それが君のいる世界だ」


 アルフレッドさんの諭すような言葉に顔を上げる。まるでリア姉に言われたと思ったから……


「君の心は簡単には変わらないのかもしれない。けど、世界だって簡単には変わらない」


 その時、“遠吠え”が『迷宮』に響く。それは――


「ヴェッダが扉を探してる」

「…………」


 俺は剣を持って立ち上がる。


「ロイ」

「アルフレッドさん。ご指導……ありがとうございました。俺は行きます」

「お礼はいいよ。僕は君に何も教えてあげられなかったからね」


 はい、とアルフレッドさんは『発光灯』を手渡してくる。


「持って歩けば光に釣られてヴェッダが襲ってくる。僕は居ない方が良いだろう?」

「……はい」


 俺が返事をするとアルフレッドさんは優しく微笑んだ。


「ロイ、命に敬意をね」

「……失礼します」


 そう言って俺は『発光灯』を受け取りアルフレッドさんに一礼をすると別れた。






 この時の俺は本当に何も解っていなかった。

 アルフレッドさんの意思。

 彼が『迷宮』に現れた意味。

 そんな事を考える余裕が持てないくらいに……俺の心はヤツを……仇を討つ事だけに染まっていたのだ。

 だから全部解った時には手遅れだった。

 次にアルフレッドさんと会ったのは――戦場だったから……

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呼び水の魔王 古朗伍 @furukawa

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