「裏切り者」


 ベッドで昏々と眠るのは、私たちの養い親であり、敵でもあった立山イサム。

 

 爆発から目覚めると私たちはまた知らない人の家にいた。

 しかも、知らない国で、助けてくれたらしい人も知らない人だった。


 その人は政府の一員で、立山の計画を密かに支援した人だった。

 八年前、立山が私たち三人を引き取った時から計画されていた復讐劇。

 政府の記録では、立山も私たちも死亡となっているはずらしい。


 私たちは新しい名前、人生を歩むことになるだろうとその人は語った。

 立山は、彼に「死」を望んだらしいが、彼の独断でこの家に連れてきたとのこと。

 あの場に放置していたら、立山は確実に死んでいた。

 何度か手術して、彼はどうにか命をつないでここにいる。

 

 けれども目覚めることはない。


 生命維持装置をつけて、彼は眠り続けている。


「イサムをまだ殺したいか?」


 その人の問いに、私を始め百合も茉莉花も答えることはできなかった。

 

「殺すのは簡単だ。このスイッチを切れば、彼は死ぬ。殺したくなったらそうすればいい。彼は死ぬことを望んでいた」


 その人はそうして私たちの前から姿を消した。

 立山には専属の看護婦が付き、彼の命を継続させている。


「私が殺したいと言ったら、邪魔はしないの?」


 ある日私はその看護婦に聞いた。

 すると、それがあなたの意思であればと短く答えた。



「クローバー」

「その名前で呼ばないでくれる?」


 茉莉花は不機嫌に返した私に鼻をならす。


「クローバーって名前、可愛いわね。まあ、私のジャスミンって名前のほうが可愛いけどね」

「ふふふ。一番可愛いのは私のリリィって名前だと思う」


 茉莉花に百合が対抗して答えた。一瞬むっとした顔をした茉莉花だったけど、いつものことだと諦めたみたい。


 私たちの新しい名前は、立山が考えたものだ。

 そのことからして、私は自分の新しい名前が気に入らない。

 私たちの名前を単に英語にしただけの改名とも言えない微妙な名前。 

 そんなことどうでもいいけど。


「どうして二人はそんなに明るいの?立山を殺したいとか思わないの?」


 この場所に来てから二人は何か吹っ切れたように明るかった。

 だからずっと疑問に思っていたことを口に出す。


 すると最初に答えたのは百合だった。


「立山はもう死んだでしょ?あそこに寝ているのは立山じゃなくて、ユウさん」

「そう立山はあの時死んだの。もうあの人はユウさんよ。私たちを育ててくれたユウさん。もし目が覚めたら、私は彼をユウさんとして迎えるつもりだから」


 百合と茉莉花は、はっきりそう答え、私は不快感でいっぱいになる。


「……私は反対だから。あの人は、立山だ。ユウさんじゃない。ユウさんなんてどこにもいない!」

「四葉!」


 責めるような視線が痛くて、私は走り出す。

 二人が追いかけてくることはなくて、私は歩調を緩めた。

 

「あら、クローバーさん」


 気が付くと、私は彼の部屋に来ていて、椅子に腰掛けていた看護婦が席を立つ。

 いつものように、彼女が部屋を去り、私は立山と二人きりになる。


 生命維持装置が規則的に音を立てている。

 自然と、あのスイッチに目が行く。


 これを切れば立山は死ぬ。

 そうすれば、私の苦しみはなくなる。

 きっと。

 

 なんで、立山がユウさんなの?

 ユウさんはなんで、私たちにあんなに優しくしてくれたの?


 ずっと掛けているユウさんの贈り物の眼鏡。

 

 どうして私はずっとこの眼鏡を掛けているの?

 ユウさんは裏切り者なのに。


 私は眼鏡を外すと壁に投げつけた。

 それは弾みで床に叩きつけられ、フレームがゆがんでレンズが外れる。


 度も入っていない眼鏡。

 あってもなくても、変わらない。


「私は、今度こそあなたを殺す」


 スイッチに手を掛ける。


「よ、四葉?」


 くぐもった声で呼ばれて顔を上げると、立山が、ユウさんが目を開いて私を見ていた。

 スイッチに手を掛けた私の指先が震える。


「……い、いよ。殺して」


 彼はゆるりと笑う。


「な、なんで!笑うの?私はあなたを殺そうとしてるんだよ!」


 私の叫びに彼は何も答えなかった。


「なんで、なんで!」


 頭にきて、私は寝たままの彼に掴み掛かる。


「ごめん。何度謝ってもゆるされない。だから」

「だからって!起きたからには簡単に殺さない!二人にも知らせないといけないし!」


 涙が出て止まらない。

 でも不思議とあんなに苦しかった気持ちが薄れていた。

 少し驚いた顔の彼から手を放して、私は茉莉花と百合を呼びにいった。


 

 

「四葉」


 元気になった彼はいつも心配そうに呼びかける。

 私は今日も彼とは口を利かない。

 そんな私を茉莉花も百合も呆れたように見ている。

 

 だけど、私はまだ彼に何を言っていいのか、わからなかった。

 彼を立山とも、ユウさんともどちらでも呼べなかった。


 でもただわかることは、生きていてくれたよかったってこと。

 そして彼を殺したいなんて、もう思わなくなっていたことだった。


 (完)

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英雄殺し ありま氷炎 @arimahien

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