二日後、その時がきた。

 目立っても構わないと私たちはロボットに乗って移動するつもりだった。だけどその日、黒い服の人たちがやってきて、ロボットをコンテナに詰め込み、私たちを車で約束の場所へ連れて行った。


 八年ぶりに訪れたススキ野原。

 前から人里から離れていた感じだったけど、近隣に家がなくなっていて、軍事施設みたいに壁が周りを囲んでいた。

 壁の中はセメントの渇いた場所をイメージしていたのに、そこは何も変わりがなかった。

 ススキが一面に広がり、あの頃の記憶が呼び起こされる。

 車から降りた私は走り出す。

 百合と茉莉花もそんな私に並び、私たちは一直線に家を目指した。

 だけど、走っても、走っても家は見つからなかった。


 そのうち、眩い照明が当てられる。

 目を細めて見上げると、そこにいたのはあのタコ型ロボットだった。


「無駄だよ。君たちの家はここにはない」


 聞き取り難いくぐもった声、だけど、きっと立山だ。

 この世界にタコ型ロボットは二体と聞いている。

 一体は私たち三人が乗る機体、もう一体は英雄立山のものだ。


「そうよね。家はあなたに潰されたもの。もうあるわけないわ」


 衝撃で言葉を発せない代わりに、口を開いたのは茉莉花だった。


「余裕ぶっこいて。待っていて。すぐ殺してやるから!」


 その隣で、百合が息巻く。


 完全にお膳立てされた復讐劇。

 政府は英雄が殺されてもいいと思っているの?

 おかしい、おかしい。

 何か、わけが。

 ああ、きっと、みんな私たちが負けると思っているんだ。

 きっとロボット同士を戦わせて、データでも取るつもりなんだ。そして邪魔者の私たちを立山に始末させる。

 立山とそこそこ戦わせるために、ユウさんはロボットの操縦の仕方を私たちに教えた。

 きっと、そう。

 きっと、そうなんだ。


「茉莉花、百合!絶対に立山を倒そう!そして、どこかに逃げよう」


 ――逃げるところなんてわからない。

 私は単純に復讐を遂げることだけを考えていた。

 だけど、立山を殺した私たちを政府の人たちはどうするの?

 放置?それはきっとない。


 きっと私たちも……。


「四葉。もしかして余計なことを考えてる?まずは、あいつを殺すことを考えましょう。後のことはそれから考えればいいのだから」


 茉莉花は鬱陶しそうに髪をかきあげ、私に笑いかける。


「そうよ。四葉!余分なことは考えないの。じゃないと返り討ちに合うわ!」


 両手に拳を握り締め、訴えるのは百合だ。


「……そうだね。そう。まずはあいつを殺すことを考えないと」


 後の事なんて、後で考えればいい。

 まずは目の前の、八年ごしの復讐を遂げることに集中する。


「そうよ。だから行きましょう!」

「四葉!」


 二人に手を差し出されて私は両手を伸ばし、二人の手を掴んだ。

 

 立山はそんな私たちを馬鹿にしているのか、どうなのか、私たちに照明を浴びせるのをやめ、危害を加えないとばかり、タコのような口を上に向けた。

 そんな紳士的な態度は気に食わなかったが、気持ちを押し込め、愛機へ走る。


 ロボットはコンテナから降ろされ、いつでも搭乗できるようになっていた。

 リモコンにもなっている腕時計のネジの部分を巻くと、ロボットの頭の部分の真下から正方形の平たい金属が降りてくる。それに私たちは乗り、足の踵で板をたたいた。板は重力に逆らって、ゆっくりと上昇して、ロボットの内部に私たちを案内する。

 始めは戸惑ったが、一年も経ち、何も驚くことはなくなっていた。


 担当の操縦席にそれぞれ腰掛け、専用のゴーグルをつける。

 眼鏡の上からかけてもずれない不思議なゴーグルは、私の顔半分を覆う。ゴーグルを通して、目の前の窓を見れば機体の状況を説明するように、火器も状態がパーセンテージと共に表示が現れる。

ロボットの火器は三つ。

 百合の機関銃(バルカン)、茉莉花の散弾銃(ショットガン)、そして私の大砲(ビッグキャノン)だ。

 ビッグキャノンはエネルギー充填までに時間がかかるから、私はもっぱら八本の脚の操作を担当している。

 二人も操作できるようになってるけど、操縦は一人でやる方が効率がいいので、私一人で動かす。

 操縦用のパネルに両手を乗せ、八本の脚が動く様を脳裏に描く。

 ゴーグルが私の思念か何かを受信して、機体に信号を送る。ゆっくりと脚が動き出した。


「準備はいい?」

「もちろん!」

「いつでもいいわよ!」


 掛け声に百合と茉莉花が返してくれて、私は機体を前進させた。



 満月を背後に、立山の乗ったタコ型ロボットは静かに立っている。

 余裕とかしか思えない態度に一気に怒りが燃え上がった。


「何が英雄よ!このひと殺し」


 百合が叫ぶ。


「覚悟しなさい!」


 茉莉花が怒声をあげる。


「殺してやる!」


 怒りの感情を殺意に昇華させ、立山に向かって、機体を走らせた。


 金色に染まったススキが八本の足に刈られ、穂が飛び散る。

 唸り声をあげながら、機体は駆けた。


 ゴーグルを通して窓を見ると、ビッグキャノンのエネルギーは百%と表示されており、すでに有効射程距離だ。


「まずは私が!茉莉花、機体の維持をお願い!」

「わかったわ!まかせてちょうだい。次は私の番よ」

「茉莉花が撃ったら、私も撃つから!」


 私と茉莉花のやりとりに百合も加わり、私たちは攻撃を開始した。


轟音と共にビッグキャノンが火を吹く。

 けれども、立山はいとも簡単に避けた。


「さすが英雄様」


 嫌味を込めてそう言うと、すぐに茉莉花が答える。


「四葉。次は私の番だから、機体を返すわよ!」

「了解」

「私も同時に攻撃するから。同時だったら避けられないでしょう?」

「それはいい考えね」

「じゃあ二人で連帯攻撃だね。だったら、機体をもう少し近づける!」

「よろしく!」


 はもった声で二人に頼まれ、私はゴーグル越しに立山を見る。

 窓には、ショットガンとバルカン砲の有効射程距離が表示されている。

 バルカン砲であればすでに有効射程距離だったが、ショットガンは五十メートルまで近づく必要がある。


「あと少しね」


 そう思った時、立山からバルカン砲による攻撃が始まる。


「くっつ!」

「四葉!」



 ぎりぎりでどうにか避けるが、機体のバランスが崩れてしまった。すぐに起き上がり、立山を探す。

 奴はまだ同じ場所にいて、安堵して再び機体を前進させる。


「的は、的でも動く的か」

「そうよ。四葉。攻撃は私たちにまかせて、機体制御に集中して。百合、射程距離五十メートルに入ったら一気にいくわよ!」

「了解!」


 二人に余計な心配をかけてしまった。

 確かにさっきの攻撃は危なかったし、ここは私が機体を十分に動かして、危険を回避しないと。


「二人とも攻撃よろしく」

「わかってるわよ」

「はーい!」


 私はパネルに置いた手の平をいっぱいに広げ、ゴーグルを通して、ロボットに動きを伝える。

 

「有効距離まで後三メートル!」


 立山も私たちが攻撃するために近づいているのをわかっているはず。

 だから、油断はできない。


「きた!掴まって!」


 立山のビッグキャノンが火を吹き、私は右に機体を動かす。

 動きが少し遅れ、左側を少しだけかすった。


「百合!大丈夫?」

「だ、大丈夫。怖かったけど」

「ごめん。次はしっかり」

「四葉、謝るより次の攻撃を見て。あなたが私たちの命を握っているのよ!」


 茉莉花の言葉に血の色がフラッシュアウトする。


 ――大丈夫。

 二人は生きてる。

 死なせない。絶対に!


「うん!分かってる。まかせておいて」


 私は再び立山を見る。

 奴はまだ同じ位置にいた。

 エネルギーを放出するビッグキャノンと違って、バルカン砲は実際に弾丸を発する。けれども、先ほどの攻撃ではまだ余剰の弾はたくさん残ってるはずだ。ショットガンもいつ撃たれるかわからない。

 ビッグキャノンはエネルギー補填に七分かかるから、しばらくは攻撃に使えない。

 私は立山のショットガンとバルカン砲に気をつけながら、奴との間を詰めようとした。


「いくわ!」

「当たれ!」


 百合と茉莉花の声が同時に発せられ、けたたましい音が始まる。


「上?」


 立山は上空高く跳び、二人の攻撃から身をかわした。


「甘いわね。空に逃げ場はないわ!」

「うまく逃げたつもりだろうけど」


 タコ型ロボットに飛行能力はない。 

 自由に動けないはずなので、いい的だ。

 百合と茉莉花の火器から弾丸が放たれる。


「まさか!」


 同時に立山も攻撃をした。

 立山は稀代の英雄だ。

 誰も見たことがないロボットを奪って、それを乗りこなした上で、倒した。


 私はすぐに機体を移動させた。

 激しい音がして、煙幕が辺りを支配する。


 嫌な予感がして、反射的に後退した。

 すると、立山の機体の影が前方に見えた。

 全くの無事ではなかったが、大きなダメージは見られない。


 ビッグキャノンの状況を見ると、まだ充填が終わっていない。


「このぉ!」

「しぶとい!」


 百合と茉莉花が再び弾丸を放つ。だが、先ほどを同じようにカウンターアタックを掛け、弾丸を相打ちさせた上、機体を寄せてきた。


「くうう!」


 ビッグキャノンが撃てれば!

 

「まだまだ!」

「くらえ!」


 避けれるはずがない。


「まったく」


 ふいに両機の足の先端が接触したのか、立山の肉声が機内に届いた。

 その声は、ぞっとするほど知っている声に似ていて、私の背中が凍りつく。


「四葉!」


 再び互いの銃器の弾がかちあい、激しい衝撃を受けた。

 受身を取るのを忘れた私は、そのまま機体を無残に地面に転がすことになる。


「何やってるのよ!」

「どうしたの?」


 二人は気づかないの?

 二人の声に動揺はなく、ただ機体の操縦を放棄した私への戸惑いを感じた。


「百合、茉莉花……」

「四葉?どうしたの?」

「どこか打った?」


 ――立山の声がユウさんに似ている。


 そう言おうとしたが、私は言葉を呑み込んだ。

 気のせい。気のせい。


 ユウさんはそれは男の人のように背が高かったし、声もちょっと低めだった。

 写真でみた立山は中性的な顔をしていて、アイドルのようだった。


「違う、違う!」


 立山が、ユウさんのわけじゃない!


「四葉?何があったの?」

「違うって?」


 二人の声は私を心配するものだ。


 ――そんなことあるはずがない。そんなこと。


「な、なんでもないから」

「なんでもないって?」

「私が操縦を代わるわ。あなたはそこで見物してなさい。ショットガンとバルカン砲だけで、立山なんてやっつけちゃうから」


 ――立山は、仲間を、院長先生を殺した。

 ――ユウさんは私たちを捨てた。そして、復讐のことを伝え、政府に売り渡した。

 ――そうだ。敵だ。敵だ。


 私に迷いはもうなかった。


「ごめん。もう大丈夫だから。ビッグキャノンを撃つ。茉莉花、操縦お願い。きっと打ち返してくるから、覚悟していて」

「……ええ」

「うん。わかった」


 茉莉花は迷いがちに、百合はしっかり返事をしてくれて、私はビッグキャノンのパネルに手を置く。


 弾道予測にズレが生じないように、しっかりキャノンの口を立山にロックオンした。


「当たれ!!!」


 ビッグキャノンの砲身先からエネルギー弾が伸びていく。


「当たった!」


 私たちは同時に声を上げた。

 立山は打ち返さなかった。

 まともにくらって、頭の部分が大破している。

 操縦席が丸見えになり、そこに人の姿が見えた。


「四葉?!」


 私は茉莉花に預けていた操縦を返してもらい、立山に向かって機体を走らせた。



 立山の機体は完全に沈黙していた。

 至近距離まで近づき、私たちは窓越しに立山の姿を確認する。



「……まって、嘘……」


 百合がかすれた声を出す。


「嘘、嘘よ!」


 叫んだのは茉莉花だった。

 

 ゴーグルが破損して、血が顔を汚していた。だけどその顔が変わるわけもなく……。

 操縦席で血を流しぐったりとしているのは紛れもなく、ユウさんその人だった。


「四葉、どうしてそんなに冷静なの?」

「もしかして!あの時動揺していたのは、このことを知ったから?立山がユウさんだってことを!」


 二人の責め立てるような声が機内に響く。


「そうだよ。だけど、一緒でしょ。立山は私たちの仲間を殺した。そしてユウさんは私たちを捨てた上、政府に売った」

「違う、一緒じゃない!」


 百合が先に反発した。


「だったら、どうなの?ユウさんだから許すの?この人、八年も私たちを騙してたんだよ?」


 百合はいつもそうだ。

 優しい、何が優しさ?仲間を殺されたのに?


「たとえユウさんが立山だったとしても許されることではないわ。だけど、何も聞かないまま殺すのは間違っているでしょう。四葉」


 私の言葉に黙りこくった百合に変わって、口を開いたのは茉莉花だった。


「聞いてどうするの?それは意味があることなの?」

「意味って、聞かなきゃそれも判断できないでしょ?」


 茉莉花を援護するように百合が付け加える。


「君たち、本当におめでたいね。僕はユウとして君たちを騙してきた。この日のためにね。うるさいんだよ。まったく」

「ゆ、立山!」


 動けないはずの立山は顔を上げ、おそらく見えていないだろうけど、私たちの機体に目を向けていた。


「もう終わりにしようか。随分やられてしまったね」


 立山の肉声は、ユウさんと同じ。

 だけど冷たい響きを伴っていた。


「バイバイ」


 彼の別れの言葉と同時に衝撃が体を襲う。


「なっつ!」

「きゃっつ!」

「うっ!」


 それは私だけじゃなく、二人も一緒みたいだった。

 使ったことがない脱出ボタン、押されていないのに作動する。

 私たちが機体から出た瞬間、機体が爆発した。立山の機体の爆破に巻き込まれた形で、爆風も加わる。そうして私たちは遠くへ飛ばされた。

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