英雄殺し
ありま氷炎
壱
夜空に浮かぶのは、満ち切った月。
地上広がるのは何万ものススキの金色の海原。
「何が英雄よ!このひと殺し」
「覚悟しなさい!」
「殺してやる!」
三人の娘の声がススキ野原に響く。
そうして、体長五メートルほどの機械が動き出した。
頭は風船のように丸く、三つの丸い窓が左右、真ん中についており、それぞれから操縦席が確認できる。中心の操縦席の下にはタコの口のように大砲が備え付けられていて、二メートルほどの八本の足が不気味に動いていた。
足を進めるたびにススキを踏みつぶしていたが、速度を増すと今度はススキが刈られ、幾数もの穂が宙を舞った。
「やっと、この時が迎えることができた」
静かな声で答えたのは宿命の敵、立山だ。
乗る機体は娘達と同じタコ型ロボット。
違うのは操縦席がひとつという部分だ。
立山は機体を操り、向かってくる娘達と相対した。
―――
あの日も、そうこんな風に満月で、みんなでお月見をしようと思っていた。
私と、百合、茉莉花(まりか)はみんなを待たずに、庭に出て、ススキを引き抜いて、遊んでいた。
満月の光で庭先は明るかったのに、急に真っ暗になって、ものすごい音がして爆風が吹いた。気がつくと私たち三人は吹き飛ばされていた。
必死に起きあがってみれば、私たちは庭を越え家から2メートルくらい離れた場所にいて、家であった場所はぺちゃんこになっていた。
「いやあああ!」
最初に悲鳴をあげたのは、百合だった。
「みんな、みんなは!」
そう言ったのは茉莉花で、私はただ呆然と潰された家の上に寝っ転がる機械――ロボットを見ていた。
ゆっくりと起き上がったロボットはとても不恰好だった。風船のような顔に、胴体がなくて、その下に八本の足が付いていた。頭部なのか、胴体なのか、中心についている大砲はまるで口のようだった。
木造の潰された家からは誰の声も聞こえない。
ただ真っ赤な何かが見えた。
「い、いやああああ!!!」
私は今度こそ悲鳴をあげた。
その瞬間、私たちの背後から何かが飛び出した。
それも同じ形の機械で、二機のタコの形をしたロボットは私たちにかまわず、戦いを続ける。
私たちの家だった場所は、潰された上に、大砲で撃ち抜かれた。ロボットの火器はけたたましく音を立て、ススキ野原をめちゃくちゃにし、私たちの立っている場所だけが奇跡的に無事だった。
その日、宇宙からきたロボットは、一人の英雄によって倒された。
英雄――立山イサムはやってきた二体のロボットのうち一体を奪い取り、侵略者を打ち負かした。
被害はススキ野原にひっそり存在していた私たちの孤児院だけ。
けれども、世間には何も知らされなかった。
民家がないところで戦ったため、被害はゼロと報道された。
私たちの友達――仲間が五人、院長先生と奥さんの二人が、七人も死んだのに、被害がなくてよかったねと世間の人たちは、英雄を讃えた。
そう、私たち生き残った三人はその存在を隠蔽された。
命を奪われることはなかったけど、私たちは引越しを余儀なくされ、ある家に引き取られた。
黒い服の怖そうな人たちは、ロボットによって、いや、英雄によって、仲間と先生が殺されたことを他言しないように約束させた。
約束を破ったら、わかっているね、と冷たく言われ、私たちは頷くしかなかった。
新しい家は、三階建てで、一人一つの部屋が与えらえた。
養い人は、女の人。
メガネをかけた、背の高い人だった。
――あなたたち、「英雄」に復讐したい?
誰も触れなかったことに、その人は触れ、私たちの願いを口にした。
「もちろん」
他言はしてはいけない、わかっていたけど私は迷わず頷いた。
私の両脇に立っていた百合も茉莉花も同じ気持ちで、私たちはその人を仰いで、次の言葉を待つ。
「八年待って。あなたたちが無事十六歳になった時に復讐を遂げさせてあげるから。だから、ちゃんと学校いって、勉強もしてね。私にはあなたたちの保護者としての責任があるから」
保護者なのに復讐を支援する、おかしな事を言う。
でも私は当時八歳。
そんな矛盾にも気付かず、ただみんなを殺した英雄に復讐が出来ると暗い喜びを噛み締めていた。
***
新喜多(しんきた)ユウ、それが私たちの保護者の名前だ。
年齢はわからない。
多分三十代だと思う。
私たちの誕生日は祝ってくれるけど、ユウさんは年をとるのが嫌だといって誕生日を教えてくれなかった。
「四葉!誕生日、おめでとう!」
八月三日は私の誕生日だ。
本当はいつかわからない。
私が捨てられていた日が八月三日で、院長先生が誕生日にしてくれた。百合と茉莉花も同じで、孤児院に拾われた日が誕生日になっている。
私の大好きなストロベリーショートケーキを作ってくれたのは、ユウさんだ。
ユウさんは背が高くて黒髪に長髪、メガネをかけた知的美人だ。
料理とかまったく駄目そうに見えるけど、彼女は料理がとてもうまい。料理以外にも掃除とかもちゃんとできて、かなりまめだ。
でも、私たちだってお世話になりっぱなしはよくないので、中学生になってからは交代で彼女の手伝いをしている。
「これ、誕生日プレゼント。開けてみて」
ユウさんは、そう言って長方形の箱を渡した。開けてみてと言われたので、私は素直に包装紙を丁寧に剥がし、中の箱を開ける。
「眼鏡?」
「そう。あなたが欲しがっていたよね?眼がいいから度は入っていないから」
「ありがとうございます!」
「四葉、またこれでユウさんとお揃いとか思っている?ちょっと気持ち悪い〜」
「百合!ちょっと失礼すぎ!そんなこと思っていないから!」
「どうかしら?図星でしょ。眼鏡っ子って案外需要高いのよね。私もやりたいわ、ユウさん」
「茉莉花(まりか)!あんたには必要ないでしょ?それ以上もててどうするの?」
私は悪態をつく二人に返すと、眼鏡をかけた。
透明な青色の眼鏡で、ユウさんの黒縁眼鏡にあこがれていたので、少し、少しだけ落胆する。落胆なんて贈り物に対して失礼だけど。
「よく似合っている。明るい色を選んでよかった。私の黒縁じゃ、あなたの白い肌には重すぎると思ったから」
「そんなことないですよ。ユウさん」
「ふふふ。四葉は、ユウさんと色も同じにしたかったんだよねー」
「そうなの?」
「えっと、あの」
百合、余計なことを!
私は、養い親であるユウさんをものすごく尊敬していて、ああいう大人になりたいと思っている。
だから、髪も長く伸ばしていて、ユウさんみたいに後ろで結んでいた。
「ユウさん。四葉の魔の手に気をつけたほうがいいわ」
「茉莉花!ちょっとそんな変なこと言わないで」
まったくなんてことをユウさんに吹き込むの!
心配になってユウさんを横目で見るけど、ただ笑っているだけでほっとした。
ユウさんとの生活は今ではこんな風にとても楽しい。
だけど、最初の頃は毎晩眠れなくて、どうして私たちだけ生きているのかと辛くなった。学校行くと、「英雄」の話が出てきて、黒い服の人に止められているのに、「英雄」が私たちの「家族」を殺したことを話したくなった。
でもその度に、私たちはお互いに言い聞かせ、必死にこらえた。
生きる気力がない私たちを生かしてくれたのは、あのユウさんの言葉。
――あなたたち、「英雄」に復讐したい?
これは私たちの支えになっていた。
ユウさん自身も「英雄」に復讐したいんでしょ?そのためには、生きなきゃ。そんな風に励ましてくれた。
そうして、数年が立ち、私たちは笑顔を取り戻した。学校でも、友達ができるようになった。
だけど、毎月、満月の夜にはあの情景を夢に見る。それからススキを見るたびに、私はあのロボットを思い出した。
それは私だけじゃなくて、ほかの二人も一緒で、この痛み、辛さを忘れないように、毎月私たちは話し合った。
ある時、意を決して、ユウさんに復讐のことを尋ねた。
すると、もう少し待ってと答えられた。
十五歳の誕生日が来て、私がユウさんから透明な青いフレームの眼鏡を貰った夜。
彼女は、時が来たと私たちを地下に導いてくれた。
この家に住んでから七年もたつのに、私たちは地下室の存在を知らなかった。倉庫の奥の隠れ扉を開けると、エレベーターがあって、何階かわからないけど、下に降りる。
ユウさんに促されて、私たちはエレベーターから降りた。
足を踏み入れると同時に着く照明、そして、目の前には信じられないものがあった。
「どうしてこんなものがあるの!」
「ユウさん、どういうこと?!」
衝撃が大きすぎて口を開けない私の代わりに、二人が声を出す。
「これは、七年前のロボットを改良したもの。あなたたちの復讐の道具よ」
「は?」
茉莉花はユウさんを睨みつけた。
私、私は心臓が痛くて、感情が麻痺していた。
目の前のロボットは、あの時のタコ型だ。家を踏みつぶしたタコ型ロボット。
血色が視界を覆う。
「四葉!」
私を呼ぶ声がして、暖かい何かに包まれた。
***
目を開けて、最初に見えたのはユウさんの心配そうな顔だった。
「大丈夫?」
「はい」
あれは夢だったのかな?
あの人殺しのタコ型ロボット、英雄が乗っていた人殺しの機械。
けれども、私が見たのは夢でもなく、幻でもなく、現実だった。
英雄に復讐をするために、タコ型ロボットを操縦する。
ユウさんは、私たちに強引にそう伝え、嫌がる私たちに操縦の仕方を教えた。
ロボットは私たちのために改造されており、三つの操縦席があった。
左が百合、右が茉莉花、そして真ん中は私が担当した。
一年後、タコ型ロボットを乗りこなせるようになった私たちに、ユウさんが復讐の時を教えてくれた。
場所は、ススキ野原の、私たちの家があった場所。
月が満ちた夜、私たちは「英雄」と呼ばれる男――立山と対決することになった。
「あなたたちは本当に頑張った。その実力を発揮したら絶対に勝てるから自信を持つのよ」
ユウさんは、操縦席から降りた私たちを感慨深そうに眺めていた。
眼鏡の奥の瞳が揺れていて、今にでも泣くのではないかと、思ったくらい。
「十六歳になれば、大人として世間は見てくれる。だから、私は安心して、あなたたちと別れられる」
「ユウさん?それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。私は保護者の任を解かれるの」
「それは、私たちの復讐の手伝いをしたから?」
「いいえ、それはない。時期がきたのよ」
しつこく聞く私たちにユウさんはそう答え、微笑んだ。
数日後、ユウさんは「これまでありがとう」と一言書いた紙を残して、その姿を消した。私たちはユウさんの手伝いをしてきたし、中学生になってからは料理もし始めたので、彼女がいなくても困ることはなかった。
「なにか寂しいね」
百合はスクランブルエッグを口に入れ、私たちに笑いかける。
「そうね」
茉莉花はただそう答え、トーストをかじる。
私はただ黙っていた。
寂しいとかそんな生易しい感情じゃなくて、私はユウさんに捨てられたような気持ちになっていた。
八年間一緒に暮らしていたのに、たった一言で終わる関係だったの?
私は彼女の家族になったと思っていた。
でもそれは、私たちだけだったみたい。
所詮、彼女にとって、私たちと生活することは政府から与えられた仕事だったのだ。
「生活費は私たちが死ぬまでもらえるんだから、気にすることはないでしょ。それよりも立山とどう戦うか、考えよう」
自分の声なのに、自分とは思えない冷めた声。
だけど、そう思うしかないのだ。
ユウさんは私たちを捨てたのだから。
今考えるべきことは、にっくき立山との対決。
私たちの仲間を殺しておきながら、英雄と人々に讃えられた奴。
絶対に後悔させる。
そして同じ目にあわせてやる。
「四葉」
百合と茉莉花は心配そうな目を私に向けた。
そんな目で見ないで、お願い。
「大丈夫だから。それよりまずは学校に行かなきゃね」
「学校!」
「そうだったわ。遅刻じゃないの!」
私たちは朝食を食べ終わることもなく、食器をシンクに放りこみ慌ただしく家を出る。
***
私たち三人は近くの公立の高校に通っている。
他人が他人を引き取るという状況はあまりにも不自然だったので、私たちは事実を少しまぜて、ずっと嘘をついている。
孤児院で育っていたけど、親戚のユウさんが私たちを見つけてくれて、引き取ってくれた。私たちは三つ子という設定になっている。
「見てみて!英雄の特集よ!」
一時限目が終わり、クラスで一番お喋りの子が雑誌を広げていた。
英雄――立山イサムは、線が細くてアイドルみたいな顔をしてる。それもあって彼は世間からもてはやされた。
それでも彼の肉声や動画が公開された事はない。
当時も写真がネットに出回ったり、雑誌で特集されたくらいだ。八年もたち、あの事件は現実味が薄れ話題に出ることのなくなっていたのに……。あれから宇宙人の侵略もないし、あの事件は都市伝説のようになっていたはずなのに。
私の複雑な思いにかかわらず、その子たちは雑誌を囲んで話を続ける。
「かっこいい。本当ヒーローって感じ」
「ヒーローっていうかアイドルみたいだな」
「確かに。この人がロボットを操縦したなんて、アニメとかそういうのっぽい」
クラスメートたちはそれぞれの感想を述べていた。どれも好意的で八年も経つけど、吐き気と怒りがこみ上げてくる。
これ以上教室にいると、怒りをぶちまけそうで私は早々に退散した。
英雄人気はまだ健在で、家に帰るとメッセージを送ると百合も茉莉花も同じように返事をしてきた。
「姉妹」揃って早退っていうのもおかしかったけど、私たちはその日、早退して家に帰った。
「本当、なんで特集なんて組むの?しかもファッション雑誌で?」
「あったま、おかしいわよね」
百合も茉莉花もあの雑誌のせいで、早退を決心したようだった。
八年たっても、私たちははっきり覚えている。
あの夜を、あの綺麗な顔をした英雄が何をしたのか。
***
「眠れないの?」
ベランダから少しだけ形が歪な月を仰ぐ。
満月――復讐を遂げる夜まであと二日だった。
声をかけてきたのは茉莉花だった。
私たち三人の中で、一番大人っぽいのが彼女だ。それは服装もそうで、シャツとズボンという男女兼用でもいけそうなパジャマを着ている私に対して、襟部分が丸くて裾にレースがついている、膝上までの丈のネグリジェに、ぴたりと脚にフィットしたパンツをはいている。
髪をかきあげながら、彼女は私の隣に立った。
「ユウさんが私たちの元を去ったのにはわけがあると思うの。私たちは捨てられたわけじゃないのよ。四葉」
「そんなのどうでもいい」
反射的に私はぶっきらぼうに言い返していた。
暗闇でも、彼女が驚いたのがわかって、謝ろうとする。
「四葉はいつも強がってばかりだわ」
だけど、茉莉花の呆れたような言葉に、謝罪の言葉などどっかにいってしまった。
「四葉。怒った?でも本当のことでしょ。ユウさんがいないのが心細い。だけどそれを認めたくないだけでしょ?」
「そんなことない!」
「嘘ばっか。素直じゃないんだから」
「うるさい〜。何しているの?」
茉莉花に言い返そうとしたけど、声が聞こえて私の注意はそちらに向く。
眠そうな百合が部屋から出てきていた。
その柔らかい髪は寝癖で広まりまくり、爆発といかないでも、かなりすごいことになっていた。
それがあまりにも可笑しくて、さっきまでの苛立ちが嘘のように消える。
「百合。四葉が素直じゃなくて困ってるの。ユウさんがいなくて一番さびしがってるくせに」
「四葉?やっぱり?やっぱりそうじゃないかと思ってたの。一緒に寝ようよ」
「必要ないから!」
なんなの、いったい。
百合に意味深に誘われ、茉莉花はにやにやと笑う。
私は二人から逃げるように部屋に戻った。
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